第21話 帰り道でバッタリ

 ……はぁ

 ため息をついたのは今日何度目だろう。学校が終わり、とぼとぼと帰路に就く。


 美紀の誤解はあの後も解けないままだった。まあ、それに関しては今は忘れよう。どう勘違いされようと事実無根なんだから、余計なことはせずに否定を続ければ、いずれは誤解なんだと分かるはず。


 それより問題なのは朝霧君の方だ。結局一度も話せないまま、それどころか美紀に言われた挙動不審が気になって、それからは目で追う事も出来なくなってしまった。

 朝霧君も私を見ていたし、私がずっと見ていた事はもう気づかれているだろう。引かれてしまったのかもしれない。


 もしそうなら、話をするためのハードルがまた一つ上がってしまった。せっかく妖怪の事を話せる人ができたと思ったのに、こんなしょうもない事で何も言えなくなってしまうのだろうか。そう思うと、ますます気持ちが沈んでいく。


 目の前で信号が赤へと変わる。足を止めて立っていると、私の隣に後ろから来た自転車が止まった。何気なくそっちを向くと、そこにはたった今考えていた顔があった。


「朝霧君?」

「五木──」


 そこにいたのは朝霧君。自転車から降りて、私と同じく信号が変わるのを待っている。


 何か話をした方がいいのかな。そう思うけど、とっさに言葉が出ない。

 妖怪のこと? ずっと見ていたこと? どっちもいきなりは難しいよ。


 そう思っていると、自転車のカゴに、いつかと同じ麻の鞄が入っているのが見えた。確か、入院しているお母さんのお見舞いに使っていると言っていた。


「お見舞い、毎日行ってるの?」


 こういう会話なら普通にできる。いや、できたと言うべきか。

 けれど今は、ずっと見ていた事で引かれているんじゃないかと心配して、こんな話でさえも緊張してしまう。


「だいたいは。家まで取りに戻ると時間がかかるから、学校に持ってくる事にしてるんだ」


 心なしか、朝霧君の声も固いように思う。やっぱり引かれているのかな。落ち込みつつも、なんとか会話を続ける。


「大変じゃない?」


 家族はお母さん一人と言っていたので、今は家に帰っても朝霧君一人ということになる。高校生にとってそれはかなり負担が大きいだろうし、お見舞いに行くのも毎日となると大変だろう。

けれど、朝霧君はそんなそぶりを全く見せずに言う。


「たいしたことないよ。家族だから」


 私にとってお婆ちゃんがそうであるように、朝霧君もたった一人の家族を大事に想っているんだとわかる。


 信号が青へと変わり、私たちは歩き出す。そのタイミングで、朝霧君は自転車を押したまま、私に言った。


「少し話したいんだ。隣いいか?」

「えっ……」


 一瞬言葉が出なかった。改まってそんなことを言うなんて、どういうつもりだろう。


「ダメか?」

「う、ううん。」


 答えながら、彼が何を言おうとしているのか考える。

 学校では今日一日、全くと言っていいほど会話なんて無かった。だというのに、今になってわざわざ話しがあるというのは、やっぱり私の奇行についてだろうか。


 覚悟を決め、朝霧君の言葉に耳を傾ける。

 朝霧君はためらうように、所々間を置きながら話し始めた。


「五木も気づいているかもしれないけど……実は今日一日……」


 間違いない。やっぱり私が見ている事に気づいて、迷惑に思ってたんだ。

 ショックだったけど、考えてみたら当然だ。誰だって、訳も知らずに人からじろじろと見られたらいい気分なんてしない。決して困らせるつもりなんて無かったけれど、そんなのは言い訳になりはしない。

 なら、私がしなきゃいけない行動は一つしかなかった。


「ごめんなさい!」


 朝霧君が話を終えるより先に頭を下げる。迷惑に思っていたのなら、訳を話して全部謝ろう。覚悟を決め、大きく息を吸い込むと、これまでの経緯を一気にまくしたてた。


「私が朝霧君の事ずっと見てたのは、話がしたいなって思ったからなの。妖怪が見える事、今まで誰にも言えなかったけど、朝霧君だったら言えるって思って。でも、もしかすると朝霧君は、あまりそういう話しはしたくないかもって思って、そしたらなかなか言いだせなくなって……それで……ずっとじろじろ見てました…………」


 勢いよく話し始めたのはいいけど、最後の方は恥ずかしさが勝って途切れ途切れになっていた。真っ赤になりながら全てを言い終わると、もう一度頭を下げて朝霧君の言葉を待つ。


(何も言わない。呆れられたのかな)


 恐る恐る顔を上げると、朝霧君はぽかんと口を開けたまま私を見ていた。


(やっぱり呆れられてる)


 不安と恥ずかしさで胸がいっぱいになる。できることなら、このまま逃げだしてしまいたかった。


「………えっと……五木?」


 長い沈黙の後、ようやく朝霧君が口を開く。私はまるで、死刑宣告を待つ被告人のような気分で耳を傾けた。


「それって、何の話?」

「えっ?」


 朝霧君が困惑した顔で私を見てる。だけど困惑しているのは私も同じだった。それが理由で話しかけてきたものとばかり思ってたのに。


「だって……それを言いに来たんじゃないの? ずっと見ていて、ストーカーみたいでキモいって思ってたんじゃ……」

「思ってないよ!」


 慌てて否定する朝霧君。じゃあ、さっき私の言ったことは全部勘違いだったってこと?

 頭の中を嫌な予感が広がっていく。


「間違ってたらごめん。それってつまり、五木もずっと俺のことを見てたってこと?」


 勘違いであることが決定した。

 そのこと自体は嬉しい。けれどたった今、私の今日一日の奇行を暴露してしまった。気づいてなかったのに、わざわざ自分から全部しゃべってしまった。


「やっ……それは……違ってて……」


 何とか否定しようとしたけれど、口から出るのは意味の無い言葉ばかりだ。おまけに、焦って終始セリフは噛みっぱなしだ。全身から汗が噴き出てきて、顔から火が出るくらいに恥ずかしさで一杯になった。


「五木? 大丈夫? 五木?」


 恥にまみれた私の耳に、朝霧君の声が聞こえてくる。けれど今の私には、それがどこか遠くの出来事のように思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る