第四章 協力態勢

 ……とかなんとか考えていたのだが、他に頼る所がないのも事実だった。

 我ながら不甲斐ないと思いつつも、俺は道行く人間に声を掛け、『ギルド』の位置を教えてもらいながら『ディケット』の街を歩いた。

 無論、リネ・レディアも同行する形で、だ。

 俺が渋々『ギルド』へ行く事を決めると、彼女は「あたしも協力するよ! ミレーナさんを捜すの!」などと言い出したのだ。

 ミレーナ捜索の手伝いが、自身の目的のついでである事は明らかだったが、正直もう、彼女への対応を諦め始めていた俺は、半ば投げ遣りな形で「好きにしろ」とだけ告げてやった。すると、彼女はまた無邪気に喜んで、俺の後を付いて来たのだ。

 という訳で、食堂から歩く事、およそ十分。『ディケット』の『ギルド』前に辿り着いた俺達は、揃ってある一点を見上げている。

 木造二階建ての建物の上部。切妻型の屋根に近い位置に、『GUILD』と記された長方形型の鉄板が掲げられている。

「ここが『ギルド』かぁ~。立ち寄ってみるの初めてなんだよね」

 こっちの事情を一切知らないリネは、実に呑気な感想を述べてみせる。

「……? ねぇ、入らないの?」

 目的地には着いたというのに、一向に動き出そうとしない俺を不思議に思ったのか、リネが首を傾げながら尋ねてきた。

「……そうしたいのは山々なんだけどな」

 殊更大きな溜め息を吐いて、俺は思わず項垂れた。

 こうして入口の前まで来ても、俺の決意はかなり揺らいでいる。入りたくない、というのが正直な気持ちだ。

 せめてもう少し、立ち寄るのに相応しい理由を作ってくるべきだったよな……。例えば、一体でもいいから『ゴーレム』を退治してくる、とか。

 思えばその『ゴーレム』も、さっきのテロリストと同じかそれ以上に、この大陸での問題として、根強く残り続けているものだ。

『魔術兵器・ゴーレム』とは、今から数百年前に起きたとされる『魔術戦争』において、『魔術』によって造り出された人型の兵器であり、意志を持った人形と呼べる存在だ。

『魔術戦争』時代は、今よりも『魔術師』の数が圧倒的に多く、数々の『ゴーレム』が兵器として造り出され、戦場を荒らし回っていたらしい。

 そして『魔術戦争』、更には『倒王戦争』を経て造り出された数多くの『ゴーレム』達の中で、破壊されなかった一部の兵器達が、荒野に、平原に、山に、あらゆる場所にそのままの形で残っている。

 兵器として造り出された彼らの意志となるものは、ただ一つ。それは、製作者マスターの命令に忠実に従う事だ。

 製作者の命令とはつまり、敵を殺すという事。その命令を、数百年経った今でも守り続ける『ゴーレム』達は、目に映る全ての人間を敵と認識して襲い掛かる。彼らが、彼らの時代に敵として戦った者達の影を、重ねるかのように。

 無差別に人間を襲う彼らは、最早ただの化物と言っても過言ではない。

 その化物を退治するために、『首都』の正規軍とは別に組織された民間の団体。それが『ギルド』だ。

『ギルド』は『ジラータル大陸』に点在する街や村、殆どの場所にある。活動内容は主に『魔術兵器』の討伐だが、他にも運搬業務や災害救助、先程のようなテロリスト一味を捕縛し、正規軍に引き渡すという仕事も行っている。

 多種多様な仕事を行っているため、各地の『ギルド』には、腕利きの猛者達が揃っているという訳だ。

 ……と、あれこれ考えている内に、だいぶ時間を喰ってしまっている。いい加減、悪あがきはこれくらいにしておこう。

 やっと覚悟を決めて歩き出すと、黙って見守っていたリネも、俺の後に付いてきた。

 一歩進む毎に、重たくなっていく足取りと気分。

『ギルド』の情報網を侮るなかれ。例えどんなに小さなものであろうと、所属している猛者達の手によって、噂は瞬く間に大陸中の『ギルド』に知れ渡るとさえ言われている。

 しかも俺の場合、炎のように紅い髪を生やしているという、致命的な特徴がある。仮に名前を知られていなくても、容姿ですぐに露見するはずだ。

 あいつがギルドメンバーと諍いを起こした奴か、と。

 だがよくよく考えれば、俺の話題が常に挙がっているとは考え難い。『あの出来事』は、今から半年くらい前の事だし、あれ以来俺は、できるだけ『ギルド』に立ち寄らないようにしていた。

 対して彼らは、年がら年中『ゴーレム』の討伐やら何やらの処理に追われている。そんな連中が、半年も前に一度起きただけの諍いの相手を、わざわざ覚えているものだろうか?

 油断するのは早いが、身構え過ぎるのもどうかと思う。ここはいつも通り、今まで通りに振る舞うのが正解だろう。

 そうさ。何も怖がる事なんてない。俺は自分が正しいと思った事をしただけなんだから。

 どうにか心の整理をつけ、俺は『ギルド』の中に足を踏み入れた。

 入口に扉という物はなく、一歩踏み入るとそこは、どこか酒場のような雰囲気を醸し出していた。

 さっきの食堂には及ばないだろうが、丸い木製のテーブルが行く手を遮るかのように、不規則にいくつか配置されている。一番奥に見えるカウンターの向こうには、大小様々な棚が置かれていて、書類以外に酒瓶らしき物も仕舞われている。どうやらこの『ギルド』では、本当に酒を出しているらしい。

 入口左手には、二階へ行く為の階段が壁に沿って設置されている。が、用があるのは二階ではなく、建物の一番奥だ。

「凄い……。何かみんな、ホントにこれから戦いに行くみたい」

 先導する俺の後ろで、リネが周囲を見回しながら呟いた。

「まぁ、討伐を目的に動いてる奴が殆どだからな。人捜しの情報を求めてここに来る奴なんて、俺達くらいだろ」

 肩越しに反応を返しながら、俺も辺りを一瞥してみる。

 視界の及ぶ範囲には、まるでこれから戦争でも始まるんじゃないかというような、多種多様な格好をした人間が大勢いた。

 背中に、何を分断するつもりなのかわからない巨斧を担ぐ大男もいれば、リネのように華奢な身体をした女が、その身長よりも長い槍を片手に、他の仲間と酒らしき物を飲みながら談笑している姿もある。

 以前『ギルド』の仕事に関わった時もそうだったが、日頃から単独行動が身に付いている俺は、酷く居心地の悪さを感じたものだった。

『ギルド』に所属している人間は、ほとんどが『魔術』とは無縁の者だ。故に戦力強化の観点から、彼らは『ゴーレム』を退治する際、連携と共闘に重きを置いて行動している。

 それこそが、彼らと俺との決定的な違いだった。

 一人旅である以上、旅先で『ゴーレム』に襲われれば、当然俺は一人で対処するしかない。そんな行動指針を持っていたからこそ、俺には彼らの言う、集団戦闘の概念がいまいち理解できなかった。

 一貫して個人主義。それも、彼らから反感を買った理由の一つだったのかも知れない。

 ……と、そんな事をぼんやり考えながら、丁度一階の中程まで来た時だった。

「久しぶりにその顔を見たな」

「!」

 横合いから聞こえたその声に、俺は心当たりがあった。

 見るとそこには、白と黒の特徴的なラインが入ったローブを着た、銀髪碧眼の少年が立っていた。

 少年と言っても、俺より二つも年上の彼は、もうすぐ青年と呼ばれるようになるかという年齢だ。風貌にも、どこか落ち着いた雰囲気が感じられる。背中に、鍔の形が違う二本の剣を担ぐ姿も、相変わらず勇ましい。

 俺は彼の傍まで走り寄ると、その肩を軽く叩いた。

「ジン! 久しぶりだな! 元気だったか?」

「ああ、特に変わりない。お前も相変わらず、といった感じだな」

 そう言ってジンは、フッと優しげな笑みを零す。嫌味じゃなく、こういう時のこいつは、本当に爽やかだ。

 彼の名はジン・ハートラー。ついさっきまで、俺が気にしていた人物とは彼の事であり、何度か交流を繰り返した友人と呼べる存在である。

「ディーン、知り合いなの?」

 少し遅れて俺の許に歩いてきたリネは、興味深げに尋ねてきた。

 一瞬、答えを返すのが面倒になった俺を嗜めるかように、ジンが素早くリネにお辞儀をする。

「初めまして、ジン・ハートラーと言います。失礼ですが、あなたのお名前は?」

「え? あ、えと、リネです。リネ・レディア。初めまして」

 呆気に取られる俺の横で、リネはあたふたした様子でお辞儀を返した。

 初めて会った時からそうだが、ジンは初対面の人間に対する礼儀がしっかりしている。自分で言うのもなんだが、俺とはエライ違いだ。

「それにしても珍しいな。お前が『ギルド』に顔を出す事自体珍しいのに、まさか女の同行者がいるとは……。お前の師匠が知ったら、泣いて喜ぶんじゃないのか?」

「え? 師匠って?」

 話が不味い方向へ転びそうだったので、俺は慌ててジンの肩を掴んで、リネに背中を向けさせた。そして彼女に聞こえないよう、小声で事情を説明した。

「その話はしないでくれ。ミレーナを捜してるって事はあいつにも話してるけど、ミレーナの正体とか俺が弟子だとか、その辺は一切説明してねぇんだ」

 以前、ジンにだけは俺の素性について話しているので、彼は殆どの事情を知っている。だからだろう。相変わらずこんな事を続けている俺に、ジンは呆れた様子で言う。

「また、騒がれるのが嫌だとかいう理由か? 全く……。そんな事いちいち気にしてたら、人間関係の幅が広がらないぞ?」

「う、うっせぇな。俺の勝手だろ?」

「大体あの子とどういう関係なんだ?」

「何て言うか……、テロリストを退治した仲?」

「どんな仲だそれは」

 と、俺がリネに対して言ったのと同じようなツッコミを、律儀に入れてくるジン。

 しかしふと、その端正な顔に疑問の色が浮かぶ。

「――ちょっと待て。テロリストだって?」

 久しぶりに友人と会った事で気が緩んでいたせいか、俺はうっかり口を滑らせてしまった事に今更気付いた。

 ジンは俺と違い、正式に『ギルド』に所属している人間だ。彼の前で『テロリスト』などという単語を口にすれば、追及を受けるのは目に見えている。

 恐る恐るジンの顔を覗き込むと、銀髪の友人は案の定、やや鋭い目付きでこちらを見つめていた。

「お前まさか、さっき起きた事件に……」

「……悪い。関わってた」

 相手が相手だけに、下手な誤魔化しは通用しない。我ながら、実に呆気ない自白の仕方だった。

 浅く息を吐くジンの表情から察するに、辟易しているのは間違いない。

「お前の顔を見た時から、何となく嫌な予感はしていたが……。その様子からすると、さては事情を説明せずに逃げてきたな?」

「いやー鋭い! やっぱさすがだぜ、ジン!」

「……小一時間ばかり説教が必要か?」

「ごめんなさい反省してます」

 友人の声が明らかに低くなった瞬間、俺は即座に平謝りに徹した。やはりこの男、ふざけてやり過ごせるような相手ではない。

 やれやれと言いたげな顔を浮かべつつも、ジンは再び息を吐き、表情を緩める。

「まぁ、お前にも事情があるのは理解している。今回は目を瞑るが、例え友人でも次からは容赦しないぞ。いいな?」

「……わかったよ。悪かったって」

 最後にもう一度詫びを入れた所で、俺はジンから身体を離した。

 すると背後から、少女の声が聞こえてくる。

「ねぇ、二人で何話し込んでたの?」

 ああ、そういえばこいつもまだいたんだっけ。

 一人蚊帳の外に置かれていた事が不満だったのか、リネはどこかいじけたような顔をしている。

「別に大した事じゃねぇよ。――そういえばジン。お前何でこの街に、しかも『ギルド』にいるんだ?」

「何、単なる偶然さ。この街に立ち寄った直後に、『どこかの誰か』が列車襲撃犯を捕えたらしいと小耳に挟んだから、少し様子を見に来たんだ。だがまぁ、事件の方は早めに収拾がつきそうだから、俺も本来の仕事に戻らなきゃいけないんだが……」

 前半部分は明らかに面白がっている様子のジンだったが、後半になるに連れ、その表情が真剣な物へと変化していく。

「お前に会ったのも何かの縁だ。ディーン、悪いが少し、俺に付き合ってもらえないか?」

「……? 何だよ、急に改まって」

 問い詰めようとする俺を、ジンは軽く右手を上げて制した。透き通った水面のような碧眼で周囲を一瞥し、告げる。

「少し場所を変えよう。ここで長話をするのは、お前には都合が悪いだろ?」

「え? あ、ああ……」

 こちらへの配慮を忘れない友人に感謝しつつ、俺達は一旦、『ギルド』の外へ出る事にした。

 出入口へ向かう途中、先導しているジンが、肩越しに振り返りながら口を開く。

「ところでディーン。お前、本当に彼女と一緒に旅をしてるのか?」

 黒髪の少女を一瞥するジンに倣い、俺もリネに視線を送ってから、溜め息混じりに告げる。

「何言ってんだ、そんな訳ねぇだろ。こいつとはさっき知り合ったばっかで――」

「あー、またそういう冷たい言い方するー! 一緒に事件を解決したのに、何で仲良くしてくれないの?」

 否定しようとした俺の言葉を遮って、リネは傷付いたとばかりに抗議の声を上げてくる。

 カチン、という音が頭のどこかから聞こえた気がしたので、俺は『ギルド』の外に出た所でリネの方に向き直り、人差し指を突き付けた。

「知るかそんな事! 言っとくけどなぁ、俺はまだてめぇを信用した訳じゃねぇんだよ! 馴れ馴れしくしようとすんな、鬱陶しい!」

「うわーん、ジンさーん! ディーンが虐めるー!」

「だぁぁぁぁっ、もうっウザってぇぇぇっ!!」

 助けを求めるようにジンの背後に回り込み、実にわざとらしい台詞を吐くリネ。その仕草が腹立たしくて、思わず俺は両手でワシャワシャと髪を掻き回してしまう。

 相手が幼気な少女である以上、暴力に訴える訳にもいかないし、そもそもジンの眼の前でそんな真似ができる訳もない。苦行だ、これは単なる苦行でしかない!

「さっきからいまいち事情が呑み込めないんだが……。とりあえず、知り合いなのは確かなんだろう?」

「……まぁ、不本意ながらな」

 ジンを混乱させる訳にも行かず、渋々認めてみるものの、視界の端では、リネが不満そうに頬を膨らませている。ウッゼなぁ、あいつ……。

「ならこの際だ。お互いの事情を詳しく知る為にも、どこか落ち着いて話せる場所を探さないか? 俺も、お前に話しておきたい事があるんだ」

 それは、ついさっき言い掛けていた事だろう。どことなく不穏な気配を漂わせるジンの口調は、長い話になりそうだと予想できる。

 そして目下の所、俺を悩ませているリネの存在。

 これらを一気に解決するには、ジンの言う通り、会談の席を設けるのが正解なのかも知れない。

「しょうがねえなぁ……」

 承諾の証代わりに浅く息を吐き、俺はやや項垂れる。

 こうして、俺達が話し合いを行う事は、済し崩し的に決定となったのだった。




 ◆  ◆  ◆




 話し合いの場所を決めるにあたって、判明した事実が一つ。それは偶然にも、ジンが俺達と同じ宿屋に宿泊しているという事だ。

「俺が泊まっている宿の部屋はどうだ? あまり広くはないが、この人数なら問題ないだろう」

 そう切り出したジンの言葉に甘え、彼が宿泊しているという宿へと足を運んだ俺とリネは、建物を前にして固まってしまった。こんな偶然があるのか、と。

 駅から程近い場所にある、茶色い煉瓦で造られた三階建ての宿屋は、どこかゆったりとした雰囲気を醸し出していて、旅の疲れを癒すには最適な場所だ。

 宿について早々、ジンが宛てがわれた二階の一室へと直行した俺達は、ソファーに腰を下ろしている。

 座り心地は良いのだが、俺の隣を陣取った少女の意図が気になって落ち着かない。

 もちろん悪い意味で、である。

「――なるほど。事件の経緯は大体わかった」

 テーブルを挟んで、ジンに列車での出来事を説明する事、約十分。彼は現状にようやく得心がいったらしく、腕を組んで数回頷いてみせた。その上で、緩い笑みを浮かべながら言う。

「付いてくるくらい許してやったらいいじゃないか。別にお前に危害を加えようとしている訳でもないし、事件の際に助けられたのも事実なんだろう?」

「そりゃまぁ、そうだけど……」

 簡単に言ってくれるよなぁ……。相手してたら疲れる一方なんだぜ?

 不満に思いつつ、横目でリネの様子を窺ってみる。

 ジンという協力者を得たせいだろう。リネは良い返事を期待するような眼差しで、俺の事を見つめている。

 彼女の思い通りに事が運ぶのは非常に癪だが、ここで折れなければ、話は平行線を辿ったまま先へ進まなくなる。

 これはあくまでも時間を無駄にしないための措置なんだ、うん。耐えろ、ディーン・イアルフス。

「あーもう、わかったよ。お前の好きにしやがれってんだ」

「わーい、やったー!」

 諸手を上げて嬉しがる少女を目にするのが、腹立たしいやら悲しいやら。

 色々思う所はあるにしろ、とりあえずリネから視線を外し、俺は閑話休題とばかりに、ジンに声を掛ける。

「ところでジン。列車テロの件、お前はどう思う?」

 声色からこちらの意思を察したのか、ジンは真剣な表情になって口を開く。

「計画を立てた人間が他にいるかも知れない、という可能性の事か?」

「ああ。確証はねぇんだけど、俺はその計画を考えた奴は、『魔術師』なんじゃねぇかと思ってる」

「……」

 俺が意見を述べると、ジンは視線を逸らし、難しそうな顔を浮かべて押し黙った。

 初めは、頭の中で情報を整理している最中なのだろうと思ったが、すぐに異変に気付いた。

 たまにしか顔を合わせないとはいえ、付き合いが長くなってきたからこそわかる。ジンがこういう表情を浮かべる時は大抵、話題にし辛い何かを抱え込んでいる時だ。

「そういえば、さっき話したい事があるって言ってなかったか?」

 故に俺は、追い討ちを掛けるつもりでジンにそう問い掛けた。彼とは以前からこうして、遠慮のないやり取りを交わしている。

 やがて観念したかのように、ジンは少々重苦しそうに話し始めた。

「実は今、元老院からの依頼で、ある調査をしている最中なんだ」

「調査って何の?」

「現政権の顛覆を狙って、反王族派のテロリスト達が集結している、という噂の真偽を確かめる調査だ」

「何だって……?」

 つい数時間前にテロリストと対峙したばかりの身としては、ジンの言葉はこの上なく現実味を帯びたものに感じられた。

 さすがに不穏な空気を察したのか、リネが真剣な顔付きでジンに尋ねる。

「そんな噂、一体どこから広まったんですか?」

「最初に噂が囁かれ始めたのは二ヵ月ほど前。『首都』から東に二十キロほど離れた所にある、『ツェペル』という街だったそうだ。それから日を追う毎に北、南、西と、噂は徐々に広まり、今では各地の『ギルド』にまで届いている」

「じゃあまさか、俺がさっき戦った奴らって……」

「ああ。噂になっているとされる、テロ集団の一味だった可能性が高い」

 確かに、可能性は充分考えられる。現に列車の屋根で相対した時、奴らは高らかに宣言していた。『倒王戦争』の生き残りとして、かつての『魔王軍』に与した者として、現政権に自分達の意志を示すのだと。

 そんな危険人物達の存在が噂になるという事は、相当大掛かりな事を計画しているはずだ。もしかしたらあの列車テロは、これから起きる事象の、ほんの一部に過ぎなかったのかも知れない。

「お前の事だから、その調査ってのも大詰めに差し掛かってんだろ? なら何か他に、わかってる事はねぇのかよ?」

「……」

「……おい、ジン?」

 さっきから、やけにジンの口が重い。重過ぎると言ってもいいくらいに、彼は何かを話し辛そうにしている。

 俺が訝しく思っている事に気付いたのか、ジンはまるで、誤魔化そうとするかのように話を続ける。

「察しの通り、一つだけ有力な情報がある。実はとある街で、テロリストと思しき人間と接触している、『魔術師』の姿が目撃されているんだ」

「! そうなのか?」

「ああ。だからお前の予想は、恐らく当たっている。俺はこの事実を、『首都』の元老院に報告しに向かう途中だったんだ」

 ジンは一旦言葉を切ると、今まで以上に真剣な表情を浮かべ、真っ直ぐこちらを見つめてきた。

「そこで相談なんだが、今回の一件を解決するため、俺と一緒に『首都』へ向かってくれないか? 相手側に『魔術師』がいるとなると、軍や『ギルド』の人間だけでは対処し切れない事象も、充分起こり得るからな」

「そりゃまぁ、協力するのは全然いいけど……」

「そうか、良かった」

 安堵したように微笑みを浮かべ、ジンは軽く息を吐く。

 そんな友人の姿が、なぜか酷く焦っているように見えた。まるで、早くこの話を切り上げようとしているかのような、奇妙な違和感。

 内心疑問に思う俺を他所に、ジンは窓の外へと視線を送りながら言う。

「だいぶ日も暮れてきている。『首都』への出発は明日にして、各々旅の準備を整えよう。――当然、キミも付いてくるんだろう?」

「はい! もちろん!」

 ジンに問われ、無邪気な笑顔で即答するリネ。二人のやり取りを複雑な思いで見ていた俺は、一瞬口を開き掛けて、結局は噤んだ。本当は横槍を入れてやりたかったのだが、入れたら入れたで、後々面倒な事になりそうな予感が、嫌というほどしたからだ。

 我ながら、妙な第六感が働いてるよなぁ……。

「なら、キミは先に準備を始めていてくれないか? 俺とディーンはもう少し、今後についての詳しい話を詰めておくから」

「わかりました。――じゃあ、また後でね♪」

 立ち上がってジンに会釈した後、リネは柔らかく微笑みながら、俺に小さく手を振ってきた。

 わざわざ手を振る必要があったのか不明だが、特に反応を返さない俺を他所に、リネは嬉しそうに、軽やかな足取りで部屋を出て行ってしまった。

 正直な所、俺は未だ、リネに気を許し切れていない面がある。だからこそ、やけに懐いてくるリネの態度に、戸惑いを覚えてしまう。

 やはり、彼女のあの遠慮のなさは、自分の目的を達成しようという気概の表れなのだろうか。

 閉じられた部屋の扉に、しばらく視線を送っていた俺は、頭を切り替えてからジンの方に向き直る。

「――それで、要件はなんだ? わざわざあいつを先に行かせたのは、何か聞かれたくない話があるからなんだろ?」

 リネが退室した事で、ようやく切り出せたその言葉を、ジンは降参だと言いたげな様子で受け取り、やや苦笑する。

「お前が彼女に素性を話してくれていれば、こんな回りくどい事をする必要もなかったんだがな」

「あん? どういう意味だよ」

「今回の一件が少なからず、お前の素性に関係している事だからだ」

「!」

 告げられた瞬間、俺はやっとジンの意図を理解した。

 ジンがやけに早く話を切り上げようとしていたのは、俺の素性を知らないリネを、会談の席から外すのが目的だったのだ。つまり彼の様子がおかしかったのは、他でもない俺への配慮を優先するが故だった、という事になる。

 確かに回りくどいやり方だが、あの少女に対しては効果的だったかも知れない。下手に「二人だけで話がある」なんて言えば、しつこく喰い下がってくる可能性は充分あったからな。

「悪いな、余計な気を遣わせちまって……」

「俺にそう思うのなら、早くあの娘にも話してやるんだな。後回しにすればするだけ、話し辛くなる一方だぞ」

 面倒な役回りをさせてしまったせいか、ジンは仕返しとばかりにそんな事を言ってきた。

 耳が痛い発言ではあったが、今はそれよりも気になる事がある。

 先ほど彼はこう言った。今回の一件が少なからず、お前の素性に関係している、と。

「一体どういう事なんだ? 俺の素性に関係してるって……」

「とある街で、テロリストと思しき人間と接触している『魔術師』の姿が目撃された、と言っただろ? その目撃された『魔術師』が、お前のよく知る人物だったんだ」

「……!」

 放たれた言葉が鼓膜を通過した瞬間、俺は全身が凍り付いていくような感覚に襲われた。

 嫌な予感、どころの話じゃない。ジンの言葉はもう、それそのものが答えになっている。

 俺がよく知る『魔術師』など、片手の指で足りるくらいしかいない。

 その中で、俺の素性に関係する人物など、一人しかいない。

 まさか、まさかまさかまさか――


「ミレーナ・イアルフス」


「!!」

 自分の耳を疑い、硬直する俺に畳み掛けるかのように、ジンは静かな口調で告げる。

「お前の、師匠だ」

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