第三章 捜し人は何処?

 首都『テルノアリス』から南西に位置する街、『ディケット』。妙な事件に巻き込まれはしたものの、何とか無事に危機を乗り越え、やっと辿り着くことのできた憩いの場だ。

 だというのに、俺の気分は優れない。快晴の空とは裏腹に、心情風景は曇天そのものだ。

 その理由は、一人の少女の存在にある。

 この街に着いてから、すでに一時間以上が経過しているのだが、その間ずっと、リネ・レディアという黒髪の少女に付きまとわれている。

 しかもそれだけに留まらず、少女は俺に様々な質問を投げ掛けてきたのだ。

「どこから来たの?」

 から始まり、

「何で一人旅してるの?」

 と続き、

「何歳なの?」

 と畳み掛け、

「その紅い髪かっこいいね!」

 などと、謎の褒め言葉まで飛び出す始末。

 そして極め付けは、俺が宿屋を発見した時に起こった出来事だ。

 宿の受付で泊まる旨を宿の主人に伝えると、まるでそれを待っていたかのように、付いて来た少女はこう言ったのだ。

「じゃあ、あたしもここに泊まろ♪」

 少女の妙な発言にかなり困惑したものの、どうにか俺は他人のフリを続け、その場を後にした。全く、同伴者だと思われなかったのが不思議なくらいだ。

 宿での顛末を振り返りつつ、俺は目の前に並べられた、湯気の立つ料理に手を伸ばした。

 俺は今、宿から少し離れた位置にある小さな食堂にて、昼食を取っている。

 無論、一人でではない。

 テーブルに並べられた料理の向こう。反対側の席に陣取っているのは、件の謎少女リネ・レディアだ。

 傍から見れば、友人同士が昼食を取っているように見えるかも知れないが、残念ながらそんな事はない。数時間前にたまたま同じ列車に乗り合わせ、ほんの少し言葉を交わした程度の関係。要するに、赤の他人である。

 現にこの食堂に辿り着くまでの間、俺はずっと沈黙を守り続けた。

 俺が口を利いた相手と言えば、宿の主人と食堂の店員のみ。普通、これだけ長い時間無視をされれば、話し掛ける方も心が折れてしまうはずなんだが……。悲しいかな、テーブルの向こうで美味しそうにミートスパゲッティを頬張っている少女には、その普通が適用されなかったようだ。

 まさしく鋼の心、鋼の精神である。

「……あんた、よっぽど暇人なんだな。もっとまともな時間の使い方しようとは思わねぇのか?」

 とうとう我慢できなくなった俺は、ついそんな風に口を開いてしまった。

 自分が頼んだ牛肉のステーキをナイフで切り分けながら、正面を一瞥してみる。するとその瞬間、丁度顔を上げた所だったリネと、ばっちり目が合ってしまった。

 何がそんなに嬉しいのか、顔の周りで星が煌きそうな満面の笑み浮かべ、言う。

「やっと口利いてくれた! さっきからずっと黙ったままなんだもん。もう一生口利いてくれないんじゃないかと思って、何度泣きそうになった事か……」

 まるで舞台女優のように芝居掛かった手振りで、リネは実にわざとらしく、目頭を押さえてみせる。

 そう言う割には、根気よく話し掛けてきてたじゃねぇか。って言うか一生って。どんだけ付きまとう気なんだよ。

「これ以上付きまとうなら、然るべき所に不審者として突き出すぞ?」

「じゃああたしは、あなたがテロリストを退治した人だって言うわよ?」

「……」

 まるで最初から答えを用意していたかのように、リネは滑らかな口調でそう言い返してきた。

 脅しが通じないどころか、逆に脅しに掛かってくるという強かさ。見た目の割に、何とも恐ろしい少女である。

「わかったよ。俺の負け、降参、全面降伏。どうぞ何なりとご質問下さいませ、ご主人様」

 食事する手を止め、両手を上げてそう告げる。無論、言葉にも表情にも、誠意など一切込めていないが。

「……何か、言葉にいちいち棘があるよね、あなたって」

「延々と付きまとってくる不審者に言われる筋合いねぇっつーの」

 あくまでも冷たく切り返す俺に、リネは色白い頬を膨らませて応じる。が、渋々でも負けを認めた事が効いているらしく、

「じゃあ、今度こそ質問に答えてよね」

 と言って、楽しげに話し始めた。

 我ながら情けないと思いつつも、俺は食事を続けながら、少女の質問に一つずつ答えていく。

 内容は概ねさっきと同じだったが、こっちが答えを返す度に、リネはその黒真珠のような瞳をキラキラ輝かせながら、何度も頷き続けていた。

 何か、好奇心旺盛な子供の相手をしてる気分だ……。

「――じゃあ、そのミレーナって人を捜し出すために、一人旅を?」

「まぁな」

 一通り食事を終えた頃、話はミレーナの事に及んでいた。

 師匠ミレーナとの出会いから、今に至るまでのある程度の出来事などは説明した。が、もちろん彼女の正体などに関する事は伏せている。

 と、食後の紅茶を飲んでいたリネが、なぜか急に躊躇ったような表情になった。

「……あのさ。もう一つ聞きたいことがあるんだけど、いい?」

「何だよ?」

 まだあるのか、と思いつつも、俺は特に深く考えずに問い返した。妙に畏まっているリネの様子が、ほんの少しだけ気になったからだ。

 だが――

「あなたって、『魔術師』なの?」

「!」

 その言葉が飛んでくる事など、俺は微塵も考えていなかった。少女の質問を許容した、自分の浅はかさを呪うが、もう遅い。

 意表を突かれ、取り繕う事もできないまま、俺は呆然とリネを見つめ返した。

 リネの方も、俺の表情から何かを察したのか、少し慌てた様子で言葉を付け足す。

「さっき列車から降りる時、あなたが退治した人達を見ちゃったんだ。そしたら、三人ぐらいだっけ? まるで炭みたいに黒く焼けてる人がいたから、もしかしたらと思って……」

「……」

「……ごめん。もしかして、指摘されたくない事だった?」

「……いや」

 気遣わしげな顔をするリネから視線を外し、俺は思わず押し黙った。少しでも間をもたせようと、テーブルに置かれているティーカップに手を伸ばす。

 にしても参ったな……。列車での一件、やっぱやり過ぎだったか。いかにテロリストが相手とはいえ、あれだけの大立ち回りを演じたんだ。見る奴が見れば、それが『魔術師』の仕業だと見抜ける事だろう。

 さっきリネは冗談めかして、こちらの素性を明かすなんて言っていたが、本気でそんな事をされては堪ったものじゃない。面倒事を避けるためにも、ここは正直に認めてしまうべきだ。

「あんたの言う通り、俺は『魔術師』だ。炎系統の『魔術』が専門でね。連中を退治する時にも、それを使ったんだ」

 認めはするが、素性を全て明かしてしまうほど、俺はお人好しじゃない。ミレーナの正体を話していない以上、『深紅魔法』という単語も口にしないのは当然の措置だ。

 そんな俺の苦労を知るはずもないリネは、なぜか嬉しそうな表情で、

「やっぱりそうなんだ! ねぇねぇ! 何かやってみせてよ!」

 なんて呑気な台詞を口にしやがった。何だその、一発芸披露しろみたいな軽いノリは!

「俺は大道芸人じゃねぇんだよ」

 苛立ち紛れに吐き捨ててみるが、好奇心旺盛少女様に効果は薄いようだ。俺の言葉に対して、「えっ、見せてくれないの?」と言いたげな表情を浮かべている。

 正直、心の疲労感が半端じゃない。本人にそんな気は恐らく、多分、きっとないのだろうが、会話を重ねれば重ねるほど、話そうという気概が削がれていく一方だ。

 ……って、そうだよ。何もこいつの質問にばっかり答えてやる必要はないんだ。

「あんたの方はどうなんだ?」

「え?」

 突然の質問が意表を突いたらしく、リネは目を丸くして、僅かに首を傾げる。

 別段、彼女の生い立ちに興味がある訳でもないが、一方的にやられっぱなしってのは面白くない。少々時間が掛かろうとも、やられた分はやり返してやろう。

 ……うーん。我ながら妙な気概だ。

「さっきから俺ばっかり質問に答えてて、不公平じゃねぇか。あんたの方こそ、少しは自分の事を説明したらどうなんだ? どこから来たのかとか、一人旅してる理由とか、それくらい教えろよ」

「ああ、そっか……。そうだよね」

 素直に納得した様子のリネは、その華奢な腕を組んでウ~ンと唸り始める。何をどう話したものかと思案しているような顔付きだ。

 しばらく無言で待っていると、話す事を決めたのか、リネは腕組みを解いて口を開く。

「どこから来たかって言われると、この街から西の方、かな。一人旅してる理由は……、特にない」

「ふぅん……」

「…………………………」

「って終わりかよ!」

 あまりにも簡略化されていた返答内容に、思わず声を張り上げてしまった。まるでこっちの気概を見透かし、嘲笑うかのような所業だ。もしかしてこいつ、ワザとやってんじゃねぇのか?

「あ、あれ? あたし、何かおかしな事言った?」

「……まぁいいや。あんたの詳しい生い立ちになんて、別に興味ねぇし」

「むっ、またそういう言い方して――」

「けど、いい加減答えてもらうぜ。何だってあんた、そうやってしつこく俺に付きまとってくるんだ? まさか、何の理由もなく付いてきたなんて言わねぇよな?」

「! それは、えっーと……」

 改めて理由を問い質すと、リネはやや困惑したような表情を浮かべて口籠る。

 一体何がそんなに答え辛いのか知らないが、話す気がないなら仕方がない。

「よし、わかった。そっちがその気なら、こっちも覚悟を決めてやる。さっきの一件を告発されるのと引き換えに、然るべき所にあんたを突き出すまでだ。注意しても付きまとうのを止めない不審者です、ってな」

「……」

 リネは視線をテーブルに落として、無言を貫いている。その表情が一瞬、悲しげな色を帯びた気がしたが、俺は無視して立ち上がろうとした。

 すると、その時。

「前に一回だけ、噂を聞いた事があったの」

「! ……あん?」

 意を決したように口を開いたリネの態度に、俺は浮かせていた腰を再び下ろした。

 よほど重要な事を語ろうとしているのか、彼女の表情は真剣そのものだ。

「噂って、何の?」

「どんな人間が相手でも絶対に殺さない、殺そうとしない、炎を操る紅い髪の『魔術師』がいるらしい、って」

「!」

「これってディーン、あなたの事だよね?」

 真摯な眼差しでこちらを見つめ、リネは断言するかのように告げた。

 対して俺は、自分の存在が噂になっている事に少々驚くと共に、妙に納得してしまった。

 俺はこれまで、行く先々で様々なトラブルに巻き込まれてきた。その内容は、大抵争い事が絡むものだったせいで、必然的に『魔術』を使って戦う羽目になったのだ。故に、リネが口にしたような噂が流れるのも、至極当然な流れなのだろう。

「列車であなたが戦ってる姿を見た時に、もしかしたらと思ったの。そしたら案の定、テロリストの人達はみんなあんな風に……」

 炎で焼かれていた、という事か……。つまりさっきリネは、ある程度の確信を持って俺に尋ねてきたという事だ。

 あなたは噂になっていた、紅い髪の『魔術師』なのか、と。

「多分、その噂の対象が俺だってのは、間違いないだろう。けど、それが俺に付きまとう理由と、どう繋がるんだ?」

 率直な疑問をぶつける俺に対し、リネは尚も真剣な表情で語り続ける。

「列車を襲ったあの人達は、誰も死んでなかった。人殺しって揶揄されてるはずの『魔術師』と、殺し合ったはずなのに。……だから知りたくなったの。あなたが一体、どういう人間なのか。人殺しなのに、どうして人を殺さなかったのか。自分の目で、確かめたくなったの」

 真摯な言葉と、真剣な表情。遊び半分で口にしている訳ではないようだ。

 ふーん、意外と真面目な表情も浮かべられるんだな。

 ……にしても。

「何でそんな事確かめたがる? 仮にも人殺しって揶揄されてるような奴が相手なんだぞ。もしもその噂が別人の事で、俺が平気で人を殺すような『魔術師』だったら、どうするつもりだったんだ?」

「……それは……」

 切り返す言葉が見つからなかったのか、リネは言い淀んでやや目を伏せる。

 そう。今こうして、俺達が何事もなく会話しているのは、あくまで結果論でしかない。

 もしも俺が殺戮を由とする『魔術師』だったなら。しつこくまとわり付いてくる少女を、気紛れに弄ぶような人間だったなら。リネは間違いなく、無事では済んでいなかっただろう。それだけ得体の知れない『魔術師』に関わろうとするのは、愚かで危険な行為なんだ。

 もちろん、全ての『魔術師』がそうだという訳じゃあないが、それでも決して、低い確率だとは言い切れない。そして恐らく、リネもそんな事は充分理解しているはずだ。

 にも拘らず、彼女は自ら『魔術師』に関わる事を選んだ。逆に言えばそれは、相応の覚悟を以て望んでいるという事に他ならない。

 ならば、彼女がそれだけの覚悟を決めている理由として、考えられるのは……。

「もしかしてあんた、『魔術師』に何か因縁があるのか?」

 思い付いたままの考えを、単刀直入に尋ねた瞬間だった。伏し目がちだったリネの表情に、ほんの僅かにだが暗い陰が差した。

 よほど話し辛い事なのだろう。能天気な質問を繰り返していた姿はどこへやら。リネは弱々しく俯いて、黙り込んでいる。

「なるほど。話せないって訳ね」

「……ごめんなさい」

 謝るくらいなら最初から付きまとうな、と口にしようかとも思ったが、リネがやけにしおらしい顔で謝るので、無理矢理溜め息に変換しておいた。

 どうやら彼女には、詳しく語れない事情があるようだが、素性を完全に明かしていないのはこっちも同じだ。

 秘密があるのはお互い様。ならば、これ以上の詮索は野暮というものだ。

「話はわかった。けど確かめるったって、これからどうするつもりなんだよ? ……言っとくけど俺は、あんたの願いを叶えるために、さっきみたいなテロリストを探し出して戦う、なんて真似は御免だからな」

 茶化すつもりでそう口にした瞬間、リネはパッと顔を上げて慌てたように言う。

「そ、そんな事頼んだりしないよ! ディーンには怪我してほしくないもん」

「……!」

「とにかく、ディーンに付いていけば、『魔術師』の事が色々わかるんじゃないかなぁと思って……」

 こうしてしつこく付きまとってくる、という事らしい。まだ釈然としない部分はあるものの、彼女にも一応、明確な理由があったようだ。

 それにしても、一体どういう立場のつもりでそんな台詞吐いてんだよ、お前。

 ディーンには怪我してほしくない。

 反射的になのか、或いは意識的になのか。いずれにしろ、リネの口から出た言葉の真意は、俺には全く掴み切れなかった。

 俺達の間に沈黙が下りる事、数十秒。その間、色々と考え込んでみたものの、やはり俺の意見は変わらない。『魔術師』に拘る理由とやらが気にはなるが、バカ正直に付き合ってやる義理はないだろう。こっちにだって都合はあるし、やるべき事はいくらでもあるんだ。

「悪ぃけど、あんたの相手をしてられるほど暇じゃないんだ。『魔術師』に付きまといたいなら、他の奴を当たってくれ。もちろん人畜無害な奴をな」

「そ、そんなぁ! 他の奴って言われたって、捜す宛てがないんだもん!」

「それこそ俺の知った事か。――じゃあな、好奇心旺盛な不審者さん」

「ちょっ、ちょっと待ってよー!」

 会話を無理矢理終わらせ、俺は昼食の代金を支払うため、荷物を持って席を立った。

 すると、リネは慌てた様子で席を立ち、またもや俺の後を追い掛けてくる。どうやら彼女はまだ、自らの目的を諦めていないらしい。

 離れる気配がないのは鬱陶しいが、とりあえず無視しておこうと決め、俺は食堂の入口近くにあるカウンター席に近付いた。

 店内のテーブル席と比べ、レジも兼ねたカウンター席に座っている客は少ない。ふと見ると、カウンターの向こうにいる店主らしき女性の背後の棚には、手入れの行き届いたグラスと一緒に、何十種類もの酒瓶が所狭しと置かれている。どうやらこの食堂は、夜は酒場として営業しているらしい。

「――なぁ。ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな?」

「ん? どうしたんだい?」

 昼食の代金を支払う際、俺は女店主を呼び止め、こう切り出した。

「この人を見掛けた事ないか?」

 俺はマントの内側から一枚の写真を取り出し、女店主に差し出した。その写真には、四、五歳くらいの紅い髪の子供と、金色に煌めく長い髪を生やした二十代前半の女性が、笑って写っている。

 幼い頃の俺と、若い頃のミレーナだ。

 若い頃、なんて口にすると、どこからともなく彼女の鉄拳が飛んで来そうだ。

「今から十年ぐらい前の写真だから、少し雰囲気が変わってるかも知れねぇんだけど……」

「捜し人かい? う~ん、そうだねぇ……」

 カウンターの上に置かれた写真を覗き込みながら、女店主は顎に手を当て、難しい表情を浮かべる。

 すると横合いにいたリネが、女店主と同じように写真を覗き込みながら、なぜか楽しそうに口を開く。

「ねぇ。もしかしなくても、一緒に写ってる男の子ってディーンだよね?」

「……だったら何だ」

「だよね! わぁ~可愛い~!」

 本人を眼の前にして、よくそんな台詞吐けるな。って言うか邪魔すんじゃねぇよ!

「それでどうなんだ? 見覚えはあんのかよ?」

 隣のリネが鬱陶しくて、つい催促するように詰め寄ると、女店主は少し不満そうに顔をしかめる。親切に考えてやっているのに、と言いたそうな表情だ。

 しまったと思ったものの、時すでに遅し。女店主は写真から眼を離し、グラスの手入れをし始めながら告げる。

「さぁねぇ。見掛けた事はあったかも知れないけど、残念ながら覚えてないよ。こういう商売だから、客の出入りが激しいもんでね」

 ……まぁ、そうだろうな。ミレーナが行方不明になったのは、今から一年くらい前の事だ。最近と言えば最近だが、それでもかなりの月日が経っているのは間違いない。

 記憶も情報も、時間が経てば埋もれてしまうし、何よりこの街には立ち寄っていない可能性だってある。そんな状況では、有力な情報を期待する方が酷だろう。

「悪い、邪魔したな」

 短く告げて踵を返すと、背後から女店主が、

「いやいや、力になれなくて申し訳ない。早く見つかるといいね」

 と声を掛けてきた。さっきのやり取りで気分を害してしまったと思ったが、どうやらそうでもなかったらしい。

 それにしても、早く見つかるといい、か……。確かにその通りだ。

 ミレーナの行方を捜し始めて、すでに一年。彼女が立ち寄りそうな場所や地域は、重点的に回ったのだが、それでも何一つ手掛かりが見つかる事はなかった。

 この広大な『ジラータル大陸』の大地は、東西南北ほぼ均一の形で広がっていて、その至る所に街や村が点在している。その中から人間一人を捜し出すのは、決して容易な事じゃない。況して手掛かりが一切ないとなると、さらに絶望的だ。このまま一生見つけられない可能性だってあるんじゃないかと、本気で思ってしまう。

 食堂を出て、街の通りの一角で歩みを止めた俺は、何をする訳でもなくその場に佇んだ。……さて、これからどうしたものか。

「――ねぇねぇ。提案があるんだけど」

 不意に右隣から聞こえた声に、俺は何の疑問もなく振り向き、そして固まった。

 歩きながら思案していたせいか、今に至るまで本気で気が付かなかった。例の黒髪少女、リネ・レディアが、当たり前のようにそこにいる事に。

 と言うか、いい加減我慢の限界だった。

「そうかそうかよーしわかった。お望み通り実力行使に出てやるよ。火葬と土葬、どっちが好みだこの野郎」

「なっ……何で台詞と行動が物凄く物騒になってるのかなー……?」

 両手を組んで指の骨を鳴らす俺から、やや距離を取りつつ、リネは苦笑いを浮かべる。

 そんな膠着状態を十数秒続けたものの、さすがにこのままでは話が進まないと思い直し、俺は一旦溜め息を吐いてから、改めてリネに問い掛ける。

「何だよ、提案って?」

「あの、あたしから言うのも何なんだけど。手掛かりを掴みたいなら、『ギルド』に行ってみたらいいんじゃない?」

「……! 『ギルド』、ねぇ……」

 恐らくリネからしてみれば、それは至極妥当な提案だったんだろう。だが俺には、彼女の提案に諸手を挙げて賛同できない理由があった。

 その理由とは、さっきの列車テロ事件に関わった人物として、事情聴取を受けるのが面倒だから……というものだけではない。

 俺が乗り気じゃない事を雰囲気から察したのか、リネが心配するかのような表情で言う。

「あっ! もしかして、あなたがさっきの事件の関係者だって、あたしが『ギルド』の人にバラすかも知れないって疑ってる?」

「別にそういう訳じゃねぇよ」

「じゃあ、何で行き難そうにしてるの?」

 若干首を傾げ、不思議そうに尋ねてくるリネに対し、俺は思わず黙り込んでしまう。

 実は以前、俺はたった一度だけ、『ギルド』の仕事に関わった事がある。その際、あるギルドメンバーと諍いを起こし、以来一部のメンバーと折り合いが悪くなったのだ。

 が、別段その事自体を気にしている訳じゃない。今でも俺は、自分が間違った事をしたとは思っていないし、だから彼らにどう思われようが知った事じゃない。

 ただ問題なのは、当時のメンバーの中で唯一、俺に味方しようとした人物がいた事だ。

 その人物は俺と違い、正式に『ギルド』に所属しているため、恐らく今でも事件の当事者達と顔を合わせる機会がある。

 だからこそ俺は、どうしても気にしてしまうのだ。俺が『ギルド』に顔を出す事で、その人物に少なからず迷惑が掛かってしまうのではないか、と。

 悪い想像ならいくらでもできる。

 例えばその人物が、俺と仲良く話している所を、他のギルドメンバー達に目撃されてしまうとする。結果待ち受けているのは、その人物への謂れのない迫害だ。

 そんな展開だけは御免被る。なぜなら『彼』は俺にとって、友達と呼ぶべき存在なんだ。

『アイツ』を窮地に立たせる訳にはいかない。例え何があっても、絶対に。

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