第28話【良薬は口に苦し】

 光が収束すれば【一角獣ユニコーン】の姿は、既に無く、依代とした黒毛の馬が鼻をぶるぶると鳴らし、佇んでいた。

 ふぅ、どうやら、盟約が結ばれたようですね。

 私の腕の中には、螺旋状の溝が入る白い角があった。

 何はともあれ、これでジュリアンの父親は助かるはずです。

 それにしても、あからさまに身体が重いですね。体力と言うか、この場合は精神力と言った方が良いのでしょう。ゴッソリと削り取られたように感じます。

 ふらつく身体を支えつつ、立ち上がると辺りを見回した。


「上手く行ったようだな。しかも、魂の契りを交わすとは、よっぽど一角獣イデアに好かれたらしいな」


 アリーシャがいつも通りのキラキラフェイスで近寄ってきた。


「おい、ダリエラ、それ大丈夫なのか?」


 アリーシャの後に続いて、ダリオが目を白黒させながら、何やら心配気に聞いてくる。

 はて、それとは、なんのことでしょう?


「嗚呼、奇跡を目の当たりに出来るとは、魔導考古学者の冥利に尽きます」


 エイブラムと言えば、瞳を爛々と輝かせて、よく分からないことを口にしてた。

 今、この男と関わるなと私の心が警鐘を鳴らす。

 そう、そんなことよりもだ!

 私が口を開こうとした、その時!


「オマエ、本当に、大丈夫なのか?!」


 ダリオに腕を取られると、引っ張られるようにして、自分の真正面へと私を立たせたなら、ジーッと顔を見つめてきた。

 その顔は、眼差しは、真剣そのもので、いつもみたいな、ふざけた感じが全く見られない。


「ダリオ、痛ッ、痛いです。離して下さい。何が、そんなに心配なのですか?」


 そんなダリオの態度が、私に気恥ずかしさ覚えさせて、顔を熱くさせる。だから、自分の機微をダリオに悟らせたく無いが為に、大して痛くもないのに、態と大袈裟な態度を取り、突っ慳貪に言い放ってしまう。


「ダリオ、もう、いいだろ。多分、ダリエラは、自身に起きた事を、まだ、理解していない」


 見兼ねたアリーシャがダリオの肩に、ポンッと手を置けば、言い聞かせるように言葉する。


「ほら、ダリエラ。これで、自身の姿を見て見るといい……」


 場の空気を緩和させてくれる。そんな柔和な笑みでアリーシャが、私を見ると手鏡を差し出してきた。


「あ、どうも……」


 不意に差し出された手鏡を受け取る。

 何が何やらわからないですが、どうやら推察するに、これで自分の姿を確認しろと言う事ですね。

 そうして、手渡された手鏡で自身を写す。

 

「お、うわ、しろいっ!」


 写しだされた姿に驚愕の声を上げてしまった!

 普段通りの姿が写しだされる筈だったのに、そう、例えるなら、格ゲーの2Pカラーみたいな感じになちゃってた。

 手鏡使ってあらゆる角度から自分の姿を写せば、黒い猫耳が、薄紅色の癖付いた髪が、次いでに睫毛や眉毛までもが、真っ白に、多分、尻尾も白くなってると思われる。


「はぁ、ま、真っ白ですね……」


 私は何処か他人事のように、思わず呻いてた。


「おいおい、何、感心してんだよ。自分のことだろ」


 ダリオが呆れるような目で私を見言ってくる。


「そうは言われましても、自分でも、何が何だかわかりませんし、それに身なりが変わっただけですし、身体の何処にも変調をきたしたような感じもみられませんから、まっ、この際、イメージチェンジしたと思って、この姿を受け容れたらいいかなと……」


「お、オマエなぁ……悩んでる俺が阿保みたいだろ」


 私の悠長な態度に、ダリオは肩をがっくし下げたなら、片手で顔を覆い隠して、うな垂れて首を振り、大いに呆れるのだった。


「フフッ、心配しなくとも、それは一時的なものだ。一角獣イデアの御霊とダリエラの魂が少し混じり合った為に起きる現象だ」


 私とダリオの会話にアリーシャが助け船出し、事の詳細を語ってくれた。


「おお、それが噂に聞く魂の癒着という奴ですね。ほぅ、そう言う事でしたか。勉強になります」


 アリーシャの説明を聞き、驚嘆の声を上げたエイブラム。

 なんだか、一人だけ、会話のベクトルが違うけど……よし、気にしないでおこう。


「それよりも、すみませんが、アリーシャ。今、時間にしてどれくらいか分かりますか?」


「ふむ、そうだな……月の角度から見るに、夜更けに入る前と言うところだろう」


 アリーシャの返答で、私は思考する。

 もうすぐ深夜帯ですね。黒魔術を発動してから、約三十六、七時間と言うところだけど、ココでは、空間のねじ曲がりにより、時間の流れが遅いとのこと。

 私が思うに数時間程度のズレがあるとして、大凡、四十時間程度、経過してると見なす方が確実かな。

 それで、これからどうするかです。私が計算するに【乙女リンネアの泉】からカンタス村まで、移動するのに大体、丸一日掛かります。

 付け加えるなら、道中、何事もなくスムーズに行けばの話です。

 普通に考えれば、明朝に出発するのがセオリーなんですけどね……でも、そうなると、村に着くのが、結構ギリギリになっちゃうんですよ。

 はぁ、やっぱり持ってくるべきでした【魔法の箒スティンガー号】、邪魔になるからとつい、置いてきたのが間違いでした。

 嗚呼、後悔先に立たずとはこう言う事なんですね。

 ウダウダ悩んでいても、始まりませんし、気持ち切り替えて、明日の下準備しておかないと、多分、明日は休む暇ないくらい忙しくなりそうですから……。



 翌朝、アリーシャと別れると、私達一行は、カンタス村を目指し出発する。

 道中、昼間は割とスムーズに進めましたけど、夜になると一転して、魔物や魔獣の遭遇率が上がり、戦闘になることが暫し。まぁ、傭兵団の団員達が相変わらず、狂ったように魔物や魔獣を狩ってくれましたから、危険な事はあまりなく、弱冠、道程の進行が遅くれはしましたが……それ以外は何事もなく、順調に行きました。

 私のわがままで皆様には、大変迷惑を掛けましたが、それも、もうすぐ終わりです……。

 鬱蒼と生い茂る木々、薄暗い獣道が終わりを迎え、切り開かれた大地と薄靄かかった朝空が見えてきた。


「ふぅ、やっと、着きましたね」


 私は汗を拭い去りながら、エイブラムとダリオの二人を見た。


「ふんっ、こんなの屁でもねぇな」


「ええ、長い道のりでしたね。ダリエラ、ご苦労様です」


 ダリオは鼻高たかに胸を張り、エイブラムは私を労う一言。

 

「エイブラムとダリオには、後日、何らかの形で、御礼をさせていただきますね。今は、少しでも刻が欲しいので、此処で失礼致します」


「ああ、楽しみにしてるぞ」


「いえいえ、御礼だなんて、とんでも無い。私の方こそ御礼がしたいくらいですよ」


 私の言葉を聞き、嬉しげにニヤつくダリオと謙遜をして見せるエイブラム。


「では、急ぎますので……」


「おお、気つけろよ」


「ダリエラ、頑張って下さい」


 各々の返事を聞けば、私は一度だけ頭を下げ、その場を後にすれば、ジュリアンの屋敷へと急ぎ向かった。


 日が昇り始め朝焼けに染まる空の下、ジュリアンの屋敷が見えてくる。一歩、一歩、屋敷に近づく度に緊張感が増して行く。

 柄にもなく緊張してますね。私は思い巡らす。事前準備も、確りとやった筈、カンタス村へ出発する前夜、丸太小屋ログキャビンにて薬の調薬をしましたし、それに、薬の効果、効能も立証済みです。

 昨日、途中で立ち寄った中継基地ベースキャンプで、毒に侵されたであろう人達を数人見つけ出して、言葉悪いけど臨床実験させて貰ったのだ。

 一人一人に対して、服用する薬の量を調整し、効果の程を確認しました。

 仮にも薬師を名乗らせて頂いてますから、ぶっつけ本番で薬を使用するなど、怖くて出来ません。

 兎も角、やれる事はやりました。後は、ジュリアンの父親に【一角獣ユニコーン】の角で作り出した妙薬が効くか、どうかだけです。

 屋敷の門扉を潜り抜け、玄関前までやって来た。


「緊張してるの?」


 私の足下で、ちょこんと座るオルグが、それとなく伺ってくる。


「まぁ、それなりには……」


 軽く笑みを浮かべて見たものの、多分、上手く笑えてない。

 オルグも敢えて、それ以上は突っ込んでこず、沈黙を守ってた。

 私は緊張で固まる身体の力抜く為、一息吐けば、その勢いを利用し、ドアノッカーをドンドンと叩く。

 暫くして扉が開くと、中からジルが顔を出した。顔には疲労の色が色濃く表れている。私が察するべくもなく、この、三日間、気が気じゃなかったでしょう。


「はい、どちら様でしょう?」


「ただいま戻りました。ジルさん!」


 私は、これ以上ない至上の笑顔を作った。


「へ、え……もしかして、ダリエラ様ですか?」


 上から下へと食い入るように私を見たなら、大いに戸惑いつつ返ってきた言葉。

 うん、当然の反応ですね。想定内ですから。


「はい、もしかしなくても、ダリエラで御座います。少々事情がありまして、この様なナリをしておりますが、正真正銘のダリエラです。ご心配なく」


「そうで御座いましたか。人違いでなく、安心しました」


 そう言ってジルは安堵し、笑みを返してくれた。


「諸々の事情は後ほど、説明いたします。それで、ジルさん、中に入っても……?」


「あ、すみません。どうぞ此方へ」


 私が急かし、ジルがそれに気づけば、室内へと通される。

 広間に向かう途中、私はジルに用事を頼む。


「ジルさん、お湯を沸かして下さい。後、綺麗な布をご用意願いますか」


「はい、畏まりました。では、早速に……」


 私を一瞥し、頷けば台所に向かった

 ジルと別れて、私は一人広間を目指す。そうして、辿り着いた広間の扉を少々、乱雑に開き中に入った。

 室内に漂う冷気とそこはかと感じる闇。魔法陣の片隅で燃え上がる蝋燭に目をやれば、どうやら間に合ったようです。後、数時間で黒魔術の効力無くなると言ったところかな。


「う、んん、ダレ?」


 魔法陣の側で、毛布に包まり寝ていたであろうジュリアンが、眠い目を擦りながら目を覚ますと、私に焦点を合わす。


「おはようございます。ジュリアン。ただいま戻りました」


「ん、え、えっと、ダリエラさん?」


 ジルと同じく大いに戸惑ってくれるジュリアン。はい、これも想定内です。


「間違いなくダリエラですよ。この理由は後で説明しますから、今は、お父上の方が先決です」


 私は真っ白になった髪を一房掴んで言った。


「うん」


 戸惑いの色は隠せてはいないけど、何とかそれを飲み込んで頷くジュリアン。

 黒魔術の効力が切れるまで、私は施術の為の準備を始める。

 これと言って大したことをするつもりもないけど、その場その場で慌てたくないのと、自分の集中を高める為の精神統一みたいな感じでもある。

 私は鬱陶しく伸びた髪を掻き上げたなら、革紐で髪を結い上げた。

 先ずは、鞄より取り出したるは、ピンク色の小瓶。中身は【一角獣ユニコーン】の妙薬で満たされている。

 理由は単純、時短する為。

 そう、元より時間がないので、薬を煎じてる暇がないだろうと考えて、あらかじめ煎薬し魔法薬と入れ替えて置いたのだ。

 普通の小瓶と違い、魔法薬に使う小瓶は、特殊で効力や効能を持続させてくれる。付け加えると密封状態を維持できれば、半永久的に保存可能な超便利アイテム。

 準備を整え終わった、丁度その時、陶器製の盥を抱えて広間に戻って来たジルを確認すれば、


「まだ、時間はありますけど、そろそろ頃合ですね……」


 私は徐に蝋燭の火を吹き消した。

 そうしたら、肌寒いと感じていた冷気が、そこはかとなくあった闇が、消えて行く。

 魔法陣の上で横たわるジュリアンの父親の青白かった肌が、刻が経つ毎に赤みがかかってくる。

 ジュリアンの父親を観察していたけど、どうにも違和感が消えない。

 そう、呼吸をしていないのだ。横隔膜が上下に動いていない。

 私はすぐさま、父親の胸、心臓の辺りに耳を当てた。

 耳を澄ますも、鼓動が聞こえてこない。いや、辛うじて動いているか。

 不味いですね。早く処置しないと手遅れになる。

 私は拳を握り、心臓の位置を確認し、ドスンッと胸を殴打した!


「ダ、ダリエラさん、何を?」


 私の取った行動に驚愕したジュリアン。


「しっ、黙って……」


 私はそれを叱責し黙らせたら、再び父親の胸に耳を当てた。弱いか?

 もう一度です。

 またも、父親の胸を殴打する。

 すると、ジュリアンの父親が詰まる息を吐き出すように咳き込んだ!


「ゴホ、ゴホ、ゴホ……ハァ」


「ふぅ、良かった。取り敢えず一安心です」


 私は深く息を吐き出して、肩の力を抜いた。そして、ニッコリと微笑んで、ジュリアンとジルを見た。

 しかし、予断を許さない。辛うじて取り止めた命。


「ジュリアン、お父上のお名前を教えて貰えますか」


「は、はい、名前ですか。ラルゴと言います」


「ラルゴさんですか。ありがとうございます。ラルゴさん? ラルゴさん? 聞こえますか、ラルゴさん?」


 ジュリアンに礼を述べたら、私はラルゴへと向き直り、ラルゴの意識を確認する為、耳元で名前を呼んだ。


「う、う、う……あ、あ」


 どうにか意識は繋いでるようで、私の声に反応してくれた。

 意識があるなら大丈夫かな……。

 私は側に置いていたピンク色の小瓶を手に取ると、薬を服用させるべくラルゴの口元に小瓶の口を持って行く。


「ラルゴさん、薬です。飲めますか?」


「あ、あ、う……」


 意識はあるけども、心身が憔悴しきっていて、動くに動けないと言うところかな。

 どうしたものか? 何となしに、ジュリアンとジルに視線を送れば、二人とも心配気な面持ちで固唾を飲み見守っている。

 はぁ、方法はあるにはあるけど、気が進まない。ってより、やりたく無い。

 どうする、どうする、うぅ、やっぱり、やるしかないか……。

 そうですよね、人の命がかかってるから、もう、やる、やってやるさ!

 自問自答の末に出した答え。

 私は、小瓶の中にある妙薬を口いっぱいに含めば、ラルゴに口移しで薬を飲ませるべく、唇を塞いだ。

 うぅ、何が悲しゅうて、ほぼ見ず知らずのおっさんと接吻せにゃならん。

 それも、結構、濃厚なヤツですけど。

 ラルゴの狭まる舌を、舌先で押し返し、妙薬を喉奥へと注ぎ込む。

 男と接吻なんて、初めてなのに。なんか泣けてきた。でも、正確にはファーストキスでは無いけど。私のホントの初めては、シェーンダリアだ。

 ぐでんぐでんに酔っ払ったシェーンダリアにされた、酒臭いキス。

 ラルゴの喉仏が上下に動き出せば、薬を少しづつ服する。


「ハァ、ハァ、これで大丈夫だと思います」


 妙薬を全て注ぎ終えたなら、すぐさま唇を離した私は、苦い顔になるのを必死に堪えて、平静を装いつつハンカチで唇を拭った。

 ラルゴの土気色だった肌が、徐々に戻り始め、目の下のクマも薄くなり、そして何よりも、壊疽を起こし始めていた部分が正常の肌へと変化していたのだ。

一角獣ユニコーン】の妙薬の効能が、思ってた以上に幅広いのが功を奏した。


「ジュリアン、ジルさん、ラルゴさんの容体は、安定しました。もう、心配する事は無いでしょう」


「ホント、ホントですか?! ダリエラさん」


「はい、保障します。しばらくは、安静にしないとダメですけど。直ぐ動けるようになりますよ」


「うぅ、うぅ、ありがとうございます。ダリエラさん」


「宜しゅうございましたね。坊ちゃま」


 これ以上ないくらい、嬉し涙流すジュリアン、それを温かな眼差しで、見守り肩を抱くジル。

 うん、良いことした。良かった、良かった。


「あ、私は少し、外の空気を吸いに行きますね」


 そう言って、私は一人屋敷の外へと出る。


 

「はぁぁ、最悪ぅ、ぅう、最低です……嗚呼!」


 外に出た途端、大きな溜息を吐き出して、肩を落とし、愚痴を零し、頭を掻き乱した!


「ヒドイ顔だよ。キョウダイ」


「オルグ、今は、そっとしてて……」


「ああ、わかったよ……」


 私は扉に寄っ掛かり、ズルズルと座り込むと、青々とした空を見上げる。


「今日は天気が良いなぁ……」


 降り注ぐ陽の光に、口の中で広がる良薬の苦味に、顔を顰めた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る