第27話【神降ろし】

 アリーシャの出で立ちからは、想像出来ない繊細な筆さばき。

 ……人を見かけで判断するのは、やめておきましょう。

 私は、生まれて初めての化粧をアリーシャより、施されていた。

 手に持った手鏡で、自身の変わりざまを見ていると、なんて言うか感慨深いものがありますね。

 館の魔女の皆からも、よく化粧くらいしたらと言われてましたし、でも、なかなか億劫になるのも、私の場合は仕方ないのだけど。

 どうせなら、これを機に化粧をすることを覚えるのも、良いかもしれませんね。


「よし、これくらいでいいだろ。ダリエラ、後は、この装束に着替えてくれ」


 アリーシャが、そう言って化粧を終えれば、側に置いていた桐箱から、純白に煌めくドレスを取り出し、それを私へと手渡してきた。


「あ、はい、わかりました」


 差し出されたドレスを、私はおずおずと受け取る。

 手に取った瞬間、その滑らかな手触りからシルクだと確信出来た。

 それにしても、このドレスって、やっぱり、アレですよね……。

 見た目からして、ウェディングドレスそのもの。

 物凄く着替えたくないですけど。

 私が躊躇し憚っていると、


「どうした? 渋い顔をして?」


「いえ、その、余りにも高価そうなドレスでして、色々と戸惑ってしまって、汚してまわないかと思い。どうにも憚られまして」


「ああ、それなら遠慮などしなくとも大丈夫だぞ。どうせ、儀式を始めてしまえば、装束は汚れてしまうのだから」


 この純白のドレスを着用したくないから、取って付けた言い訳したけど、アリーシャは、まるで意に介してない。

 はぁ、ですよね、無駄な足掻きをやめて、私は、手渡されたドレスを着用した。


「これで、良しと。さてと、ダリエラは、少しココで待機していてくれ、私はまだ外で儀式の準備をしなくてはならないのでな。準備が出来次第、呼ぶから、もう少し辛抱してくれ」

「ええ、大丈夫ですから、気にしないで下さい」


 私の準備を終えたなら、アリーシャはそう言って丸太小屋ログキャビンを出る。

 室内には、私と一匹。


「それにしてもさ、孫にも衣装とはよく言ったもんだよね」


 私の足下で寛いでいたオルグが、後ろ足で 耳裏を掻きながら皮肉る一言。


「そんなこと言われなくても、自分自身が一番よく分かってますから」


「アレ、ちょっと怒ってる?」


「別に、怒ってませんけど」


 そう、これまた自分でも意外にムッとしている。だいたい、いつも斜に構えてるオルグの言葉を真に受けるなんてことないのに、何故か今は引っかかるのだ。


「う、なんか、ゴメン……」


 オルグも私の機微に何かを感じとったらしく、素直に謝罪してくる。


「はぁ、もう、怒ってませんよ」


 あまり引きずるのも煩わしいので、話を終わりにする。

 そうこうしている内に、丸太小屋ログキャビンの扉がドンドンと叩かれた。


「待たせたな、ダリエラ。準備が整ったから外に出て来てくれ」


「はい、わかりました」


 返事を返して、私は丸太小屋ログキャビンの戸口へと立ち、軽い深呼吸をし、扉を開けた。

 外に出るとエイブラムとダリオ率いる傭兵団の面々の視線が私に集中する。


「ほぅ、イイじゃねぇか。益々惚れそうだ」


 悪そうに口角を引き上げたダリオが、私の全身を舐めるように見てくれば、恥ずかしげもなく、そんな言葉を吐いてくる。


『え、アレって、嬢ちゃん?』


『ま、マジかよ』


 私の変わりざまに傭兵団の団員達は、目を白黒させていた。


「溜息が出るとは、この様なことを言うのですね」


 爽やかな笑みなのだけど、何処か恍惚の表情を見せているエイブラム。

 この人も、サラリと恥ずかしことを言う。

 私はこの状況を脱したいが為、アリーシャに歩み寄れば声を掛ける。


「あの、アリーシャ。私はどうすれば?」


「ああ、では、始めるとしようか」



一角獣ユニコーン】を現世に呼び、留める為の儀式【神降ろし】

 一頭の牡馬を依代とし【一角獣ユニコーン】を現世へと誕生させた。

 何故、儀式を行うのかと問えば、この【弓闘士アローダンの森】を維持する為。

 現在は【弓闘士アローダンの森】と呼ばれている、この広葉樹林帯は、かつて精霊の森と呼んでおり、森人の民が代々、管理、維持を任されていた。

 そんな森人の民の一族の長でもあるアリーシャが、現在それを担っている。

 そして、その最たる事こそが【神宿りの儀】。

 人が魔法を扱うには魔力、その素なる魔素が必要。

 魔素とは自然界に空気のように、そこかしら湧き出ているもの。

 しかし、時にコレが災厄を呼ぶ。

 精霊の森では、通常より魔素の発生が多量で、それをエサとする魔獣や魔物が多く集まる。

 それは仕方のない事なのだけど、集まる魔物や魔獣でも消費しきれないほど、精霊の森が発生させる魔素には際限がない。

 なので、魔素の淀みが出来て、終いには瘴気となり、人々に害を為す。

 程度が軽ければ、人の手で対処も可能らしいのだけど、時に人の手に余る状況に陥る場合がある。その時に必要になる祭事。

 それが【神宿りの儀】なのだそうです。



 泉の辺りには、祭壇が作られており、簡易的な木杭の柵で周りを囲い、その中に一頭の黒毛の馬がいた。


「これより【神宿りの儀】を行う。ダリエラ以外の者は、少し、この場を離れておいてくれ。ダリエラは、私に付いて来てくれ」


「はい……」


 私は深く頷き、アリーシャの後に続く。

 祭壇の前まで来れば、アリーシャより説明を受ける。


「難しいことは何もない。ただ、先に教えた、言霊で、精霊の思念に呼びかけさえすれば、後は流れのままで大丈夫だ」


「はぁ、流れのままでございますか」


 流れのままと言われてもピンとこないですね。不安しか浮かんで来ないのですけど……。


「心配しなくとも、ダリエラ自身に害が及ぶことはない。だから、心置きなくやれば良い」


 私の心を見透かしたかのように、アリーシャが言う


「わかりました。そこまで言って下さるなら、もう、悩みません」


「そうか、なら、後は任せた」


 私の肩を二、三度ポンポンと叩き、祭壇を離れたアリーシャ。

 とは言ったものの、やっぱり不安は残ります。何せ、こんなこと初めてしますから。

 でも、悩んでたってしょうがないのも事実。

 それに、何だってやろうと腹はくくった筈。

 だったら、早いとこ儀式を済ませて、ジュリアンの元へ行くだけです。

 私は一度だけ大きな深呼吸をし、祭壇の前へと歩を進めた。

 そこで、祭壇の前で傅けば、両手を組み合わせて、神事の言葉を口にする。


「祈れる御霊は光そのもの。真理そのもの。神の器そのものである。いかなる時も森羅万象の光と共にあり、我らを侵すものは何ものもなし。真の祈り、真の言霊を捧げ続ける者の願い、叶え給え……」


 祝詞を言い終えたなら、祭壇の周辺の空気が瞬時にして冷気となった。

 吐く息が白み、震えが来るくらいに寒い。

 やがて、黒毛の馬が嘶けば、月の光が馬へと注ぐ。

 眩ゆい程の光が辺りを包み、そして光が無くなると、現れたのは、キラキラと煌めく金色の鬣と真っ白な馬体。加えて額に生える螺旋の角。

 正に雄々しく神々しいと言う言葉が自然に浮かぶ。

 

「これが【一角獣ユニコーン】」


 私は神々しさに当てられ、息を呑み呟くだけだった。

 

「我を呼びし者は、其方か?」


 私の頭に直接響くる声。もしかしなくても、目の前の……。


「我を呼んだのは其方か?」


 またも、頭に直接響く。どうやら間違いないようですね。


「はい、私が貴方をお呼びしました」


「ほう、其方が我を呼んだか……フッ、これは珍しい。其方は神呪持ちか」


 目の前の【一角獣ユニコーン】一切の表情が変わらないのが何とも言えない。

 それにしても、シンジュとは、何のことでしょう?


「あの、つかぬ事をお聞きしますが、シンジュとは何でしょう」


「何の事とは、おかしなことを言う。其方は神に会ったことがあるだろうに……」


 さも当然だろうと言う言葉が返ってくる。

 ん? カミ、神、あっ、


「もしかして、私を此方へ転生させた神様のことでしょうか?」


「ああ、そうやもしれぬな。其方は神に選ばれし人の子。その証拠に、額に神呪が刻まれているだろう」


「シンジュですか。これは聖痕と呼ばれるものではないのですか?」


「ん、聖痕、ああ、そう言えば人間達が、そんな風に呼んでおったな」


 なんか色々と聞きたいことが山程あるのだけど、今は、そんなこと聞いていられない。

 

「ときに、其方は、何用で我を呼んだのだ?」


 私の心を読むかのように話題が変わる。


「それはで御座いますね…………」


 私は必要なことを掻い摘み説明する。



「なるほど合点が言った。そう言うことなら、我の角を切り落とせばよかろう」


「え、あの、そんな簡単に切り落としても大丈夫なのでしょうか?」


「ああ、何ぞ問題などない。我もまた、神と呼ばれし存在。所詮この体は依代にすぎんからな。死することなどない。案ずることなど何もありはせん」


 ものすごく簡単に事が運ぶのですが、はたして大丈夫なのだろうか。


「其方の願いを聞届ける、代わりと言ってはなんだが……我と契約してくれんかね」


 やっぱ、そんなこたぁないか。そりゃ、無償でホイホイ角はやれませんよね。

 契約か、どんな契約なんだろうか?


「契約で御座いますか? 私などと契約しても、大丈夫なのですか」


「問題ない。いや、寧ろ其方と契約がしたい」


「私とで御座いますか。ときに失礼とは存じますが、契約とはどの様なことなのですか」


「我の御霊と其方の魂を結び付けるのだ。そうさな、魂の盟約とでも言っておこうか。其方の魂は未だ穢れを知らん。それに神呪を賜ったほどの人間。我に安寧を齎せるのに、此れほど相応しいのはおらん。それと我との盟約を果たせば、我の力の恩恵を授ける。其方がいつ如何なる場所に居ようと、我は其方の招きに応じおうぞ」


 早い話が魂の盟約をすれば、力を貸してくれて、且つ何処にでも召喚されますよと言うことですよね。

 けど、いくつか疑問が残りますし、今すぐハイ契約しますとは、なかなか行かないのもあります。


「どうした? 早よう返事を聞かせてはくれまいか」


「え、えっと、あ、その…………」


 思考の整理が追いつかず、言葉が出てこない為に、まごついてしまう。

 う、そんなに急かさなくても、もう少し考える時間を、それに、コレって簡単なことでもないし……。

 そんなことを思いつつ、目の前の【一角獣ユニコーン】を恨みがましく見てしまう。


「何をそんなに悩むことがある? ほう、もしかして、其方をとって食おうなど我が思っているとでも思うまいな。それならば、心配は無用だ。我と盟約を結べば其方の疑問など全て消え失せるわ。だから、早よう、我と盟約を結ぶのだ」


 随分と押しの強い神様だこと、それ程強く言われると、色々と勘繰りたくなるのが人間なんですが……。


「ここまで言えども、首を縦に振らんのか。其方も中々に強情よのぉ。しかし、如何様に考えても、辿り着く答は一つしかないだろう。先の話を聞けば、我の力以外で、其方が救いたい人間が助かるとも思えんが……」


 此の方、ホントに神様だよね。外堀埋めて逃げ道塞ぐなんて、めちゃ、イヤらしくね。

 うぅ、権力に屈したみたいで嫌だけど、進むべき道が一つしかないなら、覚悟を決めますか。


「さぁ、どうするのだ?」


「はい、決めました。貴方様との盟約を結ばせて頂きます」


「なに! そうか、それは良かった。ならば、早速だが、盟約を結ぶとしよう」


 声のトーンが一段上がる。ものすごく嬉しそうですね。

 その変わりざまに、私はすっごく不安です。


「我、精霊が森の王にして、神の導なり、汝と交わす魂の契り、我、御霊を以て、汝が貞潔を護らん。『神薏禊結ル・シエル・ド・ヴァージュ』」


 頭の中で響き渡るは【一角獣ユニコーン】が詩。

 そうして、鳴り響いていた詩が終われば、眩ゆい聖光が、私を包み込むのだった————

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