第20話【魔獣の咆哮】

合成魔獣キマイラ

 人智を超越し、禁忌を犯した外法のワザによって造成された魔物。

 その得体は羆や象よりも巨大で、般若の様な狒々の顔を持ち、鋼の如く鋭い純黒の体毛で覆われた虎の胴体に、毒々しく滑り輝く紫の大蛇、紫蛇の尻尾を生やす。そして、自在に操るいかづちと、体内に宿す毒気で、襲い来る敵に破壊と死を齎した。



 私は【一角獣ユニコーン】の捕獲用に準備していた道具の入る皮袋リュックを手に取って。急ぎ天幕を出た。


「それにしてもさ、人間って奴は、業の深い生き物だよね。あんなの造って、世に放つのだから、傍迷惑もいいところだよ」


 私と並び走るオルグが、怪訝な顔して言ってくる。

 実際、アレを目の当たりにしたからこその、本音だろうなぁ。


「……そうですね。どういう理由があるにせよ、アレは多分、厄介極まりない存在だと、何となくわかりますから」


「いや、何となくなんかじゃなく、絶対に厄介な魔物だよ。オイラが生きてきた中でも、中々に醜悪な存在だと思うよ」


 オルグは何が感じることがあるのだろう、そんな事を口にする。

 天幕から数分もせずに、先ほど【合成魔獣キマイラ】が居た場所まで、やって来たのだけど、何処にも姿が見えない。しかし、既に何らかの戦闘行為があったのはわかる。

 辺りには、黒焦げの歪な物体が数体転がっていた。

 そこから、プスプスと立ち昇る黒い煙と、嫌な臭いが鼻を薙いだ。

 コレって、肉の焼けた臭い?! チッ、やな予感しかない。これは、考えたくありませんが、多分、アレですよね。

 見たところ【合成魔獣キマイラ】が何かししでかしてくれたようで……。


「どうしたのさ? そんな怖い顔して? もしかして、怒ってるのかい、キョウダイ」


 私の顔を下から見上げるように覗いてきたオルグが訊ねてきた。


「いえ、怒っていません。いや、怒っているのかもしれません……」


 自分の感情がよくわからない。ただ、理不尽に命を奪われる。この行為が物凄く腹立たしい。転生前の自分じゃ、起こり得ない感情。あの時の私は、生きてるけど、死んでるみたいなもんでしたしね。


「まっ、キョウダイが気にする気持ちは、わからんでもないけどさ、だけど、このまま、怒りに身を任せ行動するのは、頂けないけどね……」


 どうやら、オルグのやつ、私に落ち着けと言ってるみたいですね。


「ご心配痛み入ります。けど、もう大丈夫ですから」


 私は笑みこぼし、そう応えた。


「そうかい、なら、いいけどさ……」


 私が余りに素直過ぎる態度と、自分のらしくない行いに、オルグは照れ臭さかったらしく、そっぽ向き言葉を返してきた。

 ククッ、中々カワイイ奴ですね。


『構えっ!!』


 聞こえてくる声の方に視線を送れば、狩人ハンター達が【合成魔獣キマイラ】を取り囲むようにし、弓矢を構えていた。


「あんな所に?! 早く合流しないと」


 私がそちらへ向かって走り出すと、戦闘が始まった。


『放てぇ!』


 リーダーらしき老年の一人の狩人ハンターが叫ぶ!

 ヒュッヒュッと弦がしなり、矢が発射される音。

 一斉に放たれた矢が【合成魔獣キマイラ】目がけて放物線を描く。


「クッ、カカカッ!」


 と狒々の様な甲高い遠吠えを見せた【合成魔獣 キマイラ】それは嬌声にも似た嘶きだった。

 それと同時に【合成魔獣キマイラ】の全身が金色に輝き出し、純黒の鋼の体毛が逆立ち、バチッ、バチバチッと放電するように稲妻が放射状に走り抜けた!

 無数に放たれ矢だったが【合成魔獣キマイラ】の肉体に傷を負わす事なく、寸での所で、全ての矢が稲妻に打ち焼かれる。


『く、態勢を立て直すぞ! 一旦、距離を取れ!』


 それを見た老年の狩人ハンターが、狩人ハンター達に向け指示を出すも、時既に遅し【合成魔獣キマイラ】の方は、それを見越したかのように動く。

合成魔獣キマイラ】の巨大な体躯が更に大きくなった様に見えた。それは【合成魔獣キマイラ】が、その巨躯を仰け反らせて、破裂しそうなくらい胸を膨らませている為に、そう見えたのだ。

 攻撃態勢に入った【合成魔獣キマイラ】は、仰け反らせた反動を利用して、顔を突き出せば、膨らました頬、窄めた口より、勢いよく紫煙の霧を吹き出した!

 態勢を立て直すべく狩人ハンター達が、散会しようとした矢先の出来事。

 その吹き付ける霧に、なす術なく飲み込まれていく狩人ハンター達。


『な、なんだ?』


『く、しまっ…………』


『う、動かん』


 紫煙の霧の中から、狩人ハンター達の呻きが聞こえる。

 徐々に霧散する霧の中から現れた狩人ハンター達は、微動だにせず突っ立て、その場より動こうとしない? いや、違うのか? 動きたくても動けないのか。

 

「キョウダイ、彼処にいる人間達、どうやら、指一本動かせないでいるね。あの紫色した煙は、たぶん毒霧だよ。見たところ、アレは致死性の毒じゃないけど、即効性のある麻痺毒っぽいよ。オイラ達も、おいそれと近づかない方がいいね」


「オルグ、説明ありがとう御座います。でもね、そんな事を聞かせられたら、尚のこと、急ぎませんと! 『魔力還元マジック・リダクション』」


 私は【魔力闘法】を行使すれば、運動、身体能力を向上させた。

 

「はぁ、やっぱ、そうなるのね……」


 軽く項垂れながら、オルグが呟く。

 私は、そんなオルグを尻目に、走るスピードを上げた。


「あ、ちょっと、待ちなよ! キョウダイ!」


 背中より聞こえるオルグの叫び声など、お構いなしに、私は一人【合成魔獣キマイラ】の下へと急ぐ。

 お願いですよ。間に合って下さい……。

 私は、心の中でそう強く願っては、見たものの。

 その思いは、虚しく散ってしまう。


「クック、キッキキー!」


合成魔獣キマイラ】が、歪で卑下たような笑い顔を見せたかと思えば、それが始まる。

 いかづちが、動くことままならない狩人ハンター達に、轟音を轟かせて雨あられのごとく降り注ぐ!

 一方的な虐殺。次々と人が一瞬にして消し炭と化す。それは目も背けたくなる光景。

 轟く轟音が止むと、一人の老年の狩人ハンターだけが、立ち竦んでいた。

 老年の狩人ハンターを見下ろす【合成魔獣キマイラ】。

 そして口角を釣り上げて、醜悪に顔を歪めた。

 こいつ、笑ってるのか? もしかして、態と、その狩人ハンターだけを残した?

 思い違い……いや、ま、まさか?!

 私の頭の中で、過ぎる悪い予感。私は限界以上の魔力を身体へと注ぎ、爆発的にスピードを上げる。

 耳奥で聞こえるギシギシと軋む骨と肉体。

 だけど、やはり、無慈悲な瞬間が訪れてしまう。

合成魔獣キマイラ】のアギトが大きく開かれたなら、狩人ハンターの上半身に喰らいつく! ブチブチ、ブチブチと肉と臓物が千切れる音と共に、口腔へと飲み込まれた上半身が、いとも容易く噛み切られた!

 それを美味そうに、ガリガリと咀嚼する【合成魔獣キマイラ】の姿。口元より滴り落ちる血流が、その悲惨さを物語る。


「くっ…………」


 あまりの惨たらしさに、顔を背け、足を止めてしまいそうになるのを、私は必死に堪えて前進した。

 難を逃れた狩人ハンター達が、呆然と立ち尽くし、口々に悲愴な言葉を吐いていく。


『くそったれ、話が違うじゃねぇか』


『ば、バケモンだ。俺達じゃ、手に負えねぇ』


『ち、ちくしょう!』


 これは、非常にマズイ。恐怖が伝染してますね。

 斯く言う私も、恐怖にやられそうになりましたが、何とか堪えれましたけど、あの圧倒的、攻撃力と残虐さに、普通の感性の持ち主なら、恐怖に陥るのが必然でしょう。

合成魔獣キマイラ】が狙って、この惨状を作り出した訳ではないでしょうけど、これ程、効果的な恐怖の演出はない。

 何にせよ、今が好機!

合成魔獣キマイラ】は、夢中で老年の狩人ハンターを貪っているし、それに加えて、周りの狩人ハンターが恐怖に慄き、戦意を失ってるのが【合成魔獣キマイラ】も、わかってるらしく気を抜いている。

 だからこそ、その油断スキを突かしてもらいます。

 私は【合成魔獣キマイラ】の死角へ回り込むべく、人一人がやっと通れるくらいの路地に入ったなら、そこから三角飛びの要領で建物の上へと駆け上った!


「ふぅ、こんなことなら、魔法の箒、持って来れば良かったな。それじゃ、行きますか!」


 屋根上まで上がったら、一息吐いてターバンの隙間から垂れてくる汗を拭う。で、柄にもなく私は気合いを入れれば、屋根伝いに【合成魔獣キマイラ】目指して疾走する!

 さてと、魔法を使うにも、この場所では、やたらめったら高威力の上級魔法が使えない。使いたいのは山々なのだけど、下手したら中継基地ベースキャンプごと、消し飛ばす恐れがあるんですよね。例の惨状が頭に浮かんでくる。

合成魔獣キマイラ】を打倒するなら、それくらいの魔法を使わないと、ダメなような気がするんですが……ま、この際、仕方ない。

 なので、なるべく小規模で、威力のある魔法を選んで使っていかないと……。

 あっ?! だったら、アレ、試してみますか。

 今から試すのは、シェーンダリア自ら、珍しく教示してくれた魔法で、二つの異なる属性を掛け合わせることによって、より強力な魔法を作り出せる【複合魔法バインド・マジック

 すっかり油断しきっている【合成魔獣キマイラ】の巨大な背が見えてきたなら、私は気付かれないように詠唱を始めた。


「燃え盛りしは紅蓮、群れ集えよ我が手に、灼熱の魔弾とならん……『爆炎火球ファイヤーボール』」


 手のひらを上に向け翳すと、その上に火の玉が出来上がる。

 そのままの状態で、私は屋根上より跳躍すれば、爆炎火球ファイヤーボールを【合成魔獣キマイラ】に向けて投げ放つ。

 そして、再度詠唱を始めた。


「風を従えし龍神、大空を震わし地を舞い上げろ。立ち昇れ、塵風!『竜巻トルネード』!」


合成魔獣キマイラ】を中心に集まり出す旋風が、やがて狂風となり、火球をも吸収すれば、炎渦巻く火柱に変化して、天へと立ち昇っていく。

 私が、地上へ着地するのと同時に火炎の竜巻が【合成魔獣キマイラ】を覆い尽くした。


「ぐぅ、うぉぉ、ぐぅ、うぉぉ!」


 と、雄叫びのような、悲鳴のような、苦しみもがく鳴き声が、炎の火柱の中から聞こえた。

 凄まじいまでの爆炎にジリジリと肌が焼かれるのを感じる。

 我ながら、やり過ぎたか?

 爆炎が徐々に収まる中【合成魔獣キマイラ】の姿を確認しようとするも、砂煙が舞って、その状態を視認することが出来ない。

 鳴き声が止んでいる。死んだのか? それとも生きているのか?

 それさえも分からない最中、砂煙がボワッと揺れるのが、目端に見て取れた。

 そこを注視しようとした。その時、恐ろしく素早い影が動く。影の正体は【合成魔獣キマイラ】の尻尾である紫色の大蛇。

 所々、表皮が焦げつく紫蛇が怒りを露わに、大口を開けて鋭い牙を私に突き立てようと、襲い掛かって来た!

 ガチンッと歯が噛み合う音。私は咄嗟に、その場を飛び退き、攻撃を躱す。


「危ない、危ない。めちゃ怒ってますね」


 紫蛇が、再び攻撃態勢を取れば、私はそれを難無く躱した。

 紫蛇は、止まることを知らず、執拗に私を攻めまくる!

 こうも、防戦一方だと、埒があかない。

 反撃しようにも、魔法の詠唱する間を与えてくれない。

 だったら、隙を作ればいいだけのことです。

 私は、背中に背負う皮袋リュックの外側に付いたポケットを手探りに探り当てたら、中から亜こぶし大の鉱石を取り出した。

 よし、この【爆轟石】なら、紫蛇を倒せないまでも、目眩しくらいには使えるから、その隙を突いて態勢を立て直せば、此方も反撃出来る筈。

 しかし、この時、私は知らなかった。

 既に【合成魔獣キマイラ】に躍らされていたことに……。

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