第3話 適正検査

 クロは剣の得意な少年だった。

 クロと親しくなったことで、ヒカリは練習に行き詰まったときなど、彼の指導を仰ぐようになった。


「適性検査では、教官の前で各武器の訓練成果を見せるんだ。それで、どの武器が一番自分に向いているかを判断してもらう。適性があると認められた武器が、自分の担当になるんだよ。龍狩りは基本、担当武器のみを使用して行うらしい」

 クロが教えてくれた。


「狩りのとき、ひとり一種類しか武器を使えないのね」

「山道を歩くのに、ひとりで四種類は持ち運べないからね」

「そっか」

「ヒカリは希望の武器とかあるの?」

「ううん、まだ全然そこまで考えてない。すべての武器を一定の水準までは使いこなせるようにはなっておきたいんだけど……」

「そうだね。その後は、教官がうまく見極めてくれるさ」

「クロはやっぱり剣が第一希望なの?」

「うん」

「得意だもんね」

「いいや、まだまだだよ」

「……適性検査のこと、他の子たちはどう考えているんだろう……」


 ヒカリはふと気になって、訓練部屋を見回した。午後の訓練部屋は、人もまばらだ。

 最初のうち、子どもたちは真面目に自習練に打ち込んでいたが、時間が経つにつれ、離脱者が増えた。

 きちんと自主練を行っている顔ぶれは、今や十数人程しかなく、その中でも一日も休むことなく練習をしているのは、ヒカリとクロ、そして眼鏡をかけた少女の三人だけであった。


 眼鏡の少女は今、ヒカリとクロに背を向け、射撃の練習を行っていた。

 ヒカリとクロは後方に置かれたベンチに腰掛け、休憩をとっているところだ。室内は銃声が響くので、ヒカリとクロの会話はたびたび途切れた。

 やがてどちらからともなく練習場所に戻った。眼鏡の少女は練習熱心で、その姿を眺めるうちに、二人は焦りを覚えてきたのだった。



 ◇



 訓練最終日、適性検査が行われた。


 子どもたちはいくつかのグループに分けられた後、ひとりひとり教官の前で武器の腕前を披露していく。

 ヒカリのグループを見ることになったのは、スガワラと名乗る目つきの悪い男性教官だった。スガワラは教官の中でただひとり制服を着ておらず、教官仲間から異端者扱いを受けているように見えた。


「もう一度弓を構えてみろ」

 四種類の武器を使って見せた後、スガワラが言った。ヒカリは言われた通りに構え、矢を放つ。その後何度か姿勢などを修正された後「おまえはやっぱり弓だな」と告げられた。


「弓ですか……」

「おまえは運動能力はそこそこ高いが、パワーが足りない。だから剣や槍は向かないだろう。集中力の高さとバネの強さを考慮して、弓が一番向いていると判断した」スガワラは淡々と理由を述べた。


 ヒカリはこれまで何度かスガワラの指導を受けたことがあるが、彼は決していい教官ではなかった。無気力で不愛想な態度、およそ真剣に子どもたちのことなど見ていないかのような、投げやりな視線。滅多なことでは表情を崩さず、何を考えているのかわかりずらい。基本的に口で教わるより見て覚えろというスタンスの彼が、子どもたちに具体的なアドバイスすることは少なく、本気で指導する気があるのかも疑わしかった。

 そんなスガワラのことを、ヒカリは苦手に思っていた。

 だからスガワラが意外な程自分の特性を掴んでくれていたことに、驚いた。と同時に嬉しくなった。

 見ていないようで、スガワラはきちんと個人の能力を見極めてくれているのかもしれない。


「わかりました。頑張ります」

 ヒカリは思わず、声を弾ませた。

 そして次の受検者に場所を譲るため、壁際に寄った。


「お、お願いします……」眼鏡をかけた少女が、おずおずとスガワラの前へ進み出る。


 自主練の際によく見かけた子だ、とヒカリは気が付いた。

 上擦った声、忙しなく動く瞳――少女はとても緊張している。無理もない。この適性検査で担当武器が決まってしまう、大事な局面なのだ。


 少女は銃を手にした瞬間から、激しく震えだし、構えることさえできないでいた。

 気負いすぎている。おそらく第一希望が銃なのだろうと、ヒカリは少女の様子から見当をつけた。

 狩りの際、剣や槍では間合いが近いため、龍の攻撃に晒される危険が高い。そのため遠距離攻撃のできる銃や弓を希望する者が多いのだ。


「検査を受けるの、やめておくか?」一向に撃つ気配のない少女を見て、スガワラが訊いた。「その場合、他の受検者とのバランスを見て、担当武器を何にするか決めさせてもらうが」


「だ、大丈夫です。撃てます」

 少女は慌てて首を振り、小声で答えた。

 だがやはり手が震えていて、狙いを定められないでいた。


「もうちょっと待ってください。できます。きっとできますから……」

「そんな状態でいざ狩りに出た時、どうやって龍を狙うつもりだ? 受検者はおまえだけじゃないんだ。後ろがつかえてる。もういいから、下がれ」


 スガワラの冷たい声が響き、とうとう少女が泣き出した。

 これ以上は見ていられない。

 ヒカリは咄嗟に、少女の傍へ駆け寄った。震えている手を包むように握り締め、言い聞かせる。

「落ち着いて。大丈夫。あなたが努力してきたこと、わたしは知っているよ。ずっと、あなたが頑張って練習している姿を見ていたから。自信を持って。あなたはできる。絶対にできる」

 少女の手の震えが、少しおさまった気がした。


「あ、ありがとう……」

 消え入りそうな声で、少女は言った。

 ヒカリを見つめる少女の目の色は、さっきまでとは明らかに違っていた。


「いつも練習している通りにやればいいんだよ」ヒカリはそう言って、少女の傍を離れた。


 少女は十発撃ったうちの八発を的に当て、検査を終えた。




 ◆   ◆   ◆   ◆




 その夜、イヌはベッドに寝転がり、手鏡を覗いていた。

 手鏡は初日にこっそり持ち込んだものだった。私物の持ち込みは禁止されていたが、こればかりはどうしても処分しきれず、下着の中に忍ばせておいたのだった。


 鏡でにきびをチェックしながら、イヌは報告する。「わたしは銃に決まったよ」


 たいして練習に打ち込んではこなかったが、昔から要領が良く、本番に強いタイプだ。見事第一希望だった銃の担当に決まり、イヌは機嫌がいい。


「ヒカリは?」床の掃き掃除をするヒカリに、イヌは尋ねた。


「わたしは弓だよ」

「えー? 大変じゃん」

「そう?」

「だって狩りをするためには山に入るわけでしょ? 弓を持って山道を移動するとか、だるくない? かさばるし」


 イヌは若干気の毒そうな表情を浮かべてヒカリを見たが、とうのヒカリは特に気に病んでいないようだった。


「いよいよ明日は、寮へ移動か」イヌは話題を変える。

 

 龍を狩る者のことを、狩子と呼ぶ。支部の敷地内には狩子のための寮があった。

 今日で訓練をすべて終えたので、明日からは訓練棟を出て、寮での生活がはじまる。

 支部は山深いところにあるため、狩子だけでなく、支部長や教官、医療スタッフなども全員支部内で寝起きしていた。

 

「今夜でこの狭くて硬いベッドともさよならできるね。寮ってどんな感じなんだろう。きっとこの部屋よりはマシだよね」

 

 訓練棟はあまり日が差し込まない造りになっているため、常になんとなく息苦しい。そんな環境なので、布団やシーツは湿気を含み、寝心地が悪かった。


「ねえ、それよりさっきからわたしばっかり掃除してるだけど」ヒカリが弱々しく抗議の声を上げた。「イヌにも掃除手伝ってほしいな」

 次に訓練棟へ入る者のため、今日のうちに自分たちが使っていた宿泊部屋の掃除を済ませておくよう、教官から言い渡されているのだった。


「えー? でももう終わりかけでしょ? ヒカリ、このまま最後まで掃除お願い。わたし今日疲れちゃってさあ……」イヌは半身を起こし、面倒くさそうに言った。

 どんなわがままを言っても、基本的にヒカリは怒らない。今も小さく肩をすくめただけで、掃き掃除に戻っていった。


 しばらくすると、ヒカリが声を上げた。「あれ?」


「どうしたの?」

「うん、なんか箒の先に引っかかってる。なんだろう」


 ヒカリはベッドの下に箒を深く突っ込んだまま、答えた。少し角度を変えて柄を動かし、何か掻き出す。

「これが引っかかっていたみたい」

 出て来たのは、くしゃくしゃに丸められた紙だった。前回この部屋を使っていた者が、捨て忘れたのだろうか。


「広げて見せてよ」深い意図はなかったが、イヌはそう声をかけた。


 ヒカリは紙を拾い上げ、言われたとおりに広げて皺を伸ばした。

 そこには「ダマサレテイル」「ゼンイン、シヌ」という文字が書き殴ってあった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る