2 またんかァ!

「……なんで来た?」


 だらしなくソファにの転んでいるブローディが頬杖をつきながら、部屋へと通された訪問者に口を開いた。


「な、なんのことでありますか?」


 癖のある黒い髪を首の後ろで一つに縛り、見慣れない茶色のスカートを履き、同じく茶色のポンチョを被り、どう見てもカミラにしか見えないがあの地味な黒縁の眼鏡をかけていない若い女性が挙動不審に答える。


「あのなカミラ。一般的な令嬢はそんな言葉づかいしねえから」

「わ、わたくしはそんな名前ではないであります」


 カミラとしか思えない女性は直立不動で答えた。その間違った対応をしている様子にブローディは眉間に寄った皺を指で解す。


「じゃあどんな名前だ?」

「そ、それはですね……カ……」

「カ?」


 カミラと思しき女性は額に手を当て汗を拭った。


「カ、カイゼルであります!」

「それは男の名前だ!」

「わ、わたくしは男であります! へ、変な奴らに追われていて、女装して逃げているであります!」


 だらだらと汗をかくカミラと推測される女性がそう主張した。


「その主張激しいデカイ胸は飾りだと?」

「気に入っていただけましたか!」

「……カミラ、お前話を聞いてんのか?」

「ス、スミマセン……」


 嬉しそうに自分の胸を下から支えて誇示していたカミラと睨まれる女性は、ブローディの呆れた言葉にシュンとしてしまう。


「つーか、お前。カミラって呼ばれて素直に反応スンナ」

「いえ、似ていた名前だったのでつい反応してしまったのであります!」

「最初の一文字しか合ってねえ!」

「あうぅ……」


 ソファに腰掛ける姿勢に変えたブローディは頭を抱えた。眼の前の女性はどう見てもカミラだ。毎日見ていた部下を見間違えるはずもない。それが例え、履いたことも無いスカート姿だとしてもだ。


「それにな、さっきから話しかけてんのはうちの家令であって、俺じゃねえからな?」

「なななんたる失敗!」


 失敗に頭を抱えるカミラと推し量られる女性の様子に、ブローディの背後に控える家令が苦笑いを浮かべている。ド近眼のカミラは眼鏡なしでは殆ど見えないのだ。

 恐らくは変装のつもりで眼鏡をかけていないのだろうが、そんな状態では行動もままならないはずだ。

 そもそも令嬢としてもこんな時間にうろつくものではないし、まして騎士として行動不能などありえないことだ。


「で、本当の名前は?」

「あの、カミラ、であります。でもブローディ副団長の知ってらっしゃるカミラではなく、その、別人であります!」


 またも直立不動で答えるカミラと名乗る女性がブローディを副団長と呼んだ。カミラは脳筋で賢くはない騎士だがここまでとはブローディも思っていなかったのか、がっくりと頭を落とした。


「……じゃあどこのカミラなんだ?」

「そそそれはですね……そう、三番街の路地裏にある……古物商の……一人娘のカミラであります!」


 カミラ汗を拭きながら適当な事をでっち上げた。バレバレなのにも気がついていないのか、カミラは自信たっぷりの笑みを浮かべる。


 ――古物商ねぇ。エンドーサ男爵の次女じゃなくて庶民の娘ってか。口調も直らねえのか元のままだし。何考えてんだか。


「あ、あやしい男につけられて申し訳なくもこの屋敷の戸を叩いたであります!」

「なんと、それは大変でしたね。ここはアジャクス侯爵家の屋敷。怪しい人物が入って来ることはできません。ご安心を」


 割り込んだ家令が深々と頭を下げた。 


「……おい、勝手に話を進めるなよ」

「年貢を滞納すると、痛い目にあいますぞ?」

「年貢なんてねえと!」

「カミラ様。身を匿う間、当屋敷で働いてみませんか? 追われているとなれば外には出られないでしょう。屋敷内で時間を持て余すようであれば、手伝っていただけるとわたくしとしても助かります。なにせ旦那様はこの屋敷を引き払うおつもりでしたので、使用人もわたくししかいないのですよ」


 ブローディを無視して家令はカミラに話を持ち掛けた。引き払うという言葉に当惑するカミラを見て更なる追い打ちをかける。


「旦那様が暇になると聞きつけたどこぞの令嬢が押しかけて来るやもしれません」

「や、やるであります! ブローディ様の為ならば、この身体を捧げて尽くして尽くして尽くしまくる所存であります!」


 カミラは焦りの表情を浮かべつつもは元気に手をあげた。


「勝手に決めるなよ」

「おや、使用人の雇用についてはわたくしめが責任を負う契約となっております。カミラ様が粗相をした場合、わたくしが責任を取りますので旦那様にはご迷惑をおかけすることはありません」


 不機嫌そうなブローディも何のその。家令はシレっと言い切る。


「それに追われている婦女を危険に晒すのが紳士のやる事ですかな?」


 ニヤリと笑う家令にブローディも舌打ちしか出来ない。


「大体、カミラに何ができるんだよ。こいつ脳筋だぞ?」


 もはやブローディにはこのカミラは別人だとの前提を守る気もない。


「だ、大丈夫であります! 子作りから育児まで、どんとこいであります!」

「範囲狭すぎだ! 偏り過ぎだろ!」

「お、お望みとあらば、縄でも三角木馬でもでもなんなりと! ブローディ様のご希望にそったプレイも可能であります! でもアッチは、イヤで、あります……」

「縄も三角木馬もいらないから! それにアッチってなんだよ!」

「花も恥じらう乙女にそれを言わせるなんて、副団長はドSであります!」

「ドS言うな!」


 すっかりのぼせあがって真っ赤な顔を両手で隠すカミラと、こめかみを指で解すブローディ。そしてそんな二人をニコニコと眺めている家令。

 三者三様の思惑が交差する。


「そもそもここに来たのだって、誰かに追われてるなんてウソだろ」

「わたくしはカミラでもそのカミラではないであります!」

「わけわかんねえ……怒らないから本当の事言えよ」


 ブローディはこめかみを解し続ける。本当に頭が痛くなりそうだった。


「よ、嫁にして欲しくて押しかけたであります!」


 眼鏡をかけていないカミラは間違えてソファの後ろの家令に縋り付く。


「だからそれは家令であって俺じゃねえから!」

「旦那様、嫉妬は見苦しいですぞ?」


 家令に抱き付く様にすがるカミラにブローディは即突っ込むが家令に華麗にリターンされた。


「違うから。横から入ってくるなって!」

「お、お慕いしております!」


 慌てて否定するブローディに声を頼りにしたカミラが顔を寄せる。鼻と鼻が今にもくっついてしまう距離にあるのだがカミラには良く見えてない。


「近い、近寄り過ぎだ!」

「カミラ様、そのまま押し倒しておしまいなさい」

「イ、イエッサ!」

「ちょ、落ち着けって」

「お、おいしくいただいてほしいであります!」

「またんかァッ!」


 カミラに抱き付かれ、主張激しい胸に押しつぶされそうになっているブローディの叫びが屋敷に木霊する。





 家令が用意したミルクたっぷり珈琲をすすりながら、ブローディとカミラは対面する。カミラには隠し持っていた眼鏡を掛けさせた。

 野暮ったい眼鏡で美人な顔を隠してしまうのは非常に勿体無いのだが、見ていると襲い掛かってしまいそうになる自分を認めているブローディは鉄の意志で押し通した。


「カミラ。お前父親に黙って来てるだろ」

「ドキッ!」

「心の声は口で言わなくていい」


 ブローディはため息をつく。カミラは正直すぎる所があるのだ。美点ではあるが欠点でもある。

 だがブローディから見ればそんなところも可愛いと思う点でもある。

 見掛けはダンディーでもむっつりは隠せない。


「お前の父と俺は同期だって事くらいは知ってるよな?」

「は、はい! 知っているであります!」


 カミラは膝の上に手を置き、ピッと背筋を伸ばした。地味メガネの奥の黒い瞳は何かを期待しているのかブローディを捕まえて離さない。


「万が一の時は俺が父上とか呼ぶんだぞ?」

「父は了承済みであります!」

「既に調教済みかよ……」

「孫の顔はまだかとせっつかれております!」

「俺にとっては子供に当たるよな、その子って? ってかせっつくなって!」

「子供は三人は欲しいであります! 長女に長男、ついで次女が良いであります!」

「既定なのか?」

「長女が先だと姉弟が平和なのは実体験で証明されております!」

「無駄に現実的だな、おい」

「ダーリンと呼んでも?」

「なんか俺、置き去りにされてねぇ?」

「それは了承でありますか?」

「更に置き去りだ!?」


 ブローディはカミラとの微妙にかみ合わない会話に疲弊しテーブルに突っ伏した。

 騎士とはいえ遅い時間に女性を放り出すわけにもいかず、カミラはニコニコと嬉しそうにブローディの屋敷に宿泊したのだった。

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