第3話 特訓開始 (創作)

 思わぬ展開に、目が点になる。


 周りを見渡すと、ミキは信じられない、といった様子で目を見開き、ユウはなぜか目をウルウルさせ、尊敬の眼差しで俺を見ている。


 それに対し、フトシとシュンは、


「一体この爺さんは、何のヨタ話をしているのか」


 といった、懐疑的な眼差しだ。


「……証拠をお見せしよう……アウルート・ステフィア!」


 老人が呪文の様にそう口にして、杖を掲げると、目の前に、RPGでよく見るようなステータスが表示された。

 自分だけでなく、全員分が見える。


「……貴方達の世界で最も馴染みがある形式で、全員分の能力が見えるようになったはずですじゃ……その称号をご覧くだされ」


 俺は、彼の言葉にしたがって、しっかりとステータスを確認した。


 名前:ヒロ

 称号:勇者候補

 戦闘力:580

 生命力:600

 魔力: 320


 最低限のシンプルなステータスだが、確かに称号は勇者候補、となっている。


 その他のメンバーの概要は……。

 

 名前:ミキ

 称号:魔術師

 戦闘力:130

 生命力:250

 魔力: 300


 名前:ユウ

 称号:治癒術師

 戦闘力:120

 生命力:280

 魔力: 280


 名前:シュン

 称号:弓使い

 戦闘力:320

 生命力:350

 魔力 :100


 名前:フトシ

 称号:商人

 戦闘力:5

 生命力:500

 魔力: 0


 と表示されていた。


「勇者候補……俺が……本当に……でも、どうして……」


 つぶやく俺に対して、アイザックは


「潜在的に、それだけの素質があった、ということですな。この世界においてはそれだけの存在価値がある……他の皆様も、なかなかにすばらしい能力ですじゃ。この世界においては、それぞれ100もあれば、一流の証となる……うん? 戦闘力たったの5? ……(ゴミめ……)」


 最後に一言、吐き捨てるように言った言葉があったが、よく聞き取れなかった。


「……今、皆様のステータスで高い、低いがあると思うが、これはその称号にも由来する。例えば、魔術師であれば、戦闘力が低くとも、その魔術で相手を倒す事ができるのですじゃ。それに、修行を積めば、個々の能力をさらに上昇させることができまずぞ。そうして、最終的には邪鬼王を倒せば、貴方達は元の世界に帰れるはずなのですじゃ!」


 アイザックは高らかに宣言した。


「……帰れるんですか? よかった……」


 ユウは、心底安心したような表情だった。


「なるほど、レベルを上げて最後の魔王を倒す……定番ですね。確かに、物語によくあるパターンだ……ちなみに、その邪鬼王とか言う奴の戦闘力はいくらぐらいですか?」


「53万ですじゃ」


「勝てるかっ!」


 俺は即座にツッコミを入れた。


「……あの……私達以外に、その邪鬼王に召喚された人達はどうなったのですか?」


 ミキが心配そうにそう尋ねる。


「邪念が少ない者は邪魔なだけなので、解放……というか、捨てられていることじゃろう。運が良ければ、人里に辿り着いて生き延びているかもしれん。しかし、邪念の強い者は邪鬼王によって、魔物へと肉体改造されているはず……自分の過去も忘れて、ただの邪鬼王の手先となるのですじゃ」


「……そんな……その人達を救う方法は?」


「改造された肉体を滅ぼすしかありませぬ。そうしてやることで、死よりも悲惨な運命から救うことになるのですじゃ」


 アイザックの答えを聞いて、全員絶句してしまった。

 とにかく、今の状態では到底邪鬼王に太刀打ちできない、と分かった俺たちは、この日から早速、基本的な剣術や魔法の練習を夕方までみっちり行った。


 そして翌日から実践形式の本格的な修行を開始することを取り決め、その後はゆっくりと休むことにした。


 幸いにも、アイザックの屋敷はかなり豪華で、人数分の客間が用意されていた。

 また、十代後半の、ショートカットで可愛らしいメイドが一人いて、俺たちの食事の準備をしてくれた。


 人見知りするのか、あまり喋らず、一見無愛想に見えるが、なかなか料理の腕は良くて、俺たちは不安を抱えつつも、待遇面は不満無くその夜を過ごすことができたのだった。

 

 翌日。


 朝から、賢者アイザックとともに、魔物と戦う訓練に臨む事となった。

 アイザックの館は湖畔にぽつんと存在しており、最も近い町でも二十キロ以上離れているらしかった。


 すぐ裏手の森には危険な魔獣が存在しているが、普段は結界を張って屋敷に近づかないようにしているという話だ。


 なぜそんな場所に館を建てたのか聞いてみると、そうしなければ自分の魔力目当てで近づいて来る者が多すぎて鬱陶しいかららしい。


 ちなみに、彼の魔力は1000を超えているという。それでも、邪鬼王の百分の一にも満たないらしいが。


 そんな彼と共に敷地を出て、森との境界付近で待機。

 全員、それぞれの特性に見合った基本的な武器や盾、弓、杖を持たされている。

 上司のフトシだけは、戦闘能力がほとんどないので、逃げやすいように軽い革鎧しか纏っていないのだが。


 アイザックが結界の『網の目』を緩めていくと、途端に一匹の、豹(ひょう)のような生き物が飛び出して来た。


「……オオザコヤマネコじゃ。動きが素早く、噛みついてくる。まあ、基本的に自分より戦闘力の高い生き物には襲いかからないのじゃが……」


「ひぃ……うぎゃあああぁぁ!」


 アイザックの言葉が終わらないうちに、フトシが右腕を噛まれた。


「フトシさん、俺が助けますっ!」


 シュンがそう叫んで弓を構え、フトシに噛みついたままのオオザコヤマネコめがけて矢を放った。

 ヒュン、という風きり音の後、見事、命中した……痛みで暴れているフトシの太ももに!


「うぎゃあっ! 足も噛まれたっ!」


 パニックに陥っているフトシは、もんどり打って転び、もがいているっ!


 おそらく、あんなヤマネコ程度、俺がここに来る前に少しだけ練習した「ホリゾナル・スラッシュ」一撃で倒せるのだが、何しろフトシが大暴れしているので、彼ごと切り裂いてしまいそうで技が出せない。


 そうこうしているうちに、彼の生命力が、500から470に減っているのが見えた。


「ふむ……フトシ殿は戦闘力はからっきしだが、勇者候補であるヒロ殿に次ぐ生命力を持っておる。痛いだけで、致命傷に至るまではまだ間がありそうですな」


 アイザックは冷静に分析しているが、さすがに可哀想になってきた。


「……フトシさん、ごめんなさい……こうするしか助ける方法がないです……出でよ、火球ファイアボール!」


 ミキが持つ、教鞭ほどの短い杖から、赤色に輝く光の玉が飛び、フトシに直撃して、彼は炎に包まれた。


「うっぎゃああぁぁ、あっちー!」


 フトシの絶叫がこだまする。

 オオザコヤマネコは炎に驚いて、ようやくフトシの右腕から離れた。


「今だっ! ホリゾナル・スラッシュ!」


 俺は一気に距離を詰め、俊敏な獣の体を一閃した。


 ……ほんの一秒後、オオザコヤマネコは黒い煙となって霧散し、後にはキラキラと輝く宝石のような石が落ちていた。


「……ふむ、綺麗な魔石になったようじゃの……これは価値がある。さすが商人、パーティーにいるだけでドロップ率が上がるのう……」


 なんかよく分からないが、フトシの存在が役に立ったようだ……って、そんなことよりも、彼の容態が心配だ……服は焦げ、右手と左足から出血し、ピクピクと痙攣している。


「……さあ、ユウ殿、貴方の出番じゃ。彼を癒してあげなされ」


 アイザックに促され、ユウははっとした様にフトシに駆け寄った。


 彼女に使える魔法は、止血、気付け、鎮痛、生命力回復(初級)と、最初っから複数あると聞いている。


「フトシさん、今助けます……まずは、止血ヘモスト!」


 彼女の右手が光り、じわじわとにじみ出ていた右手と左足の血が止まる。


「じゃあ、次……気付レストラティブけ!」


 彼女が魔法を唱えた瞬間、アイザックが


「あっ……」


 と声を出した……刹那、


「……うっぎゃあ、痛てぇー!」


 意識を取り戻したフトシが、再びもがき、苦しみだした。

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