第2話 会社まるごと異世界召喚 (創作)

※今回のお話は、土屋の創作ラノベの内容となります。

----------

 またやってしまった。


 俺、ヒロユキは、仕事のミスで、上司であるフトシ(その本名からつけられたニックネーム。体型もそんな感じ、四十歳ぐらいの中間管理職)に怒鳴られてしまった。


 このフトシという上司は瞬間湯沸かし器のようにすぐ熱くなり、怒鳴り散らす。

 後輩のシュン(これも名前から付けられたニックネーム)が、


「あの、フトシさん。ここは僕も手伝いますから」


 と、割って入った。


「む……そうか。まあ、君がフォローしてくれるなら大丈夫だろう」


「はい、頑張ります」


 と、爽やかな笑顔で答える……そして俺に対しても、にこやかに


「一緒に頑張りましょう」


 と言ってくれる……まあ、彼は好青年なんだが、それだけに自分のふがいなさが目立ってしまうし、それとなんとなくだけど、どこか見下されているような気がしていた。


 意気消沈しながら自分の席に戻ると、


「……ヒロ、気にしなくてもいいよ。フトシさん、怒鳴るだけで自分では全くなんにもしてくれないんだから」


 と、同僚のミキが声をかけてくれた。

 俺は苦笑いで頷いた。


 ミキは、小学生の頃からの幼馴染みで、偶然にも同じ会社に入り、入社三年目の今年、同じ部署になって、しかも席が隣になったのだ。


 彼女は小柄ながら、ボーイッシュで、整った顔立ち。サッパリした性格で、社内でも結構人気がある。

 俺とは気心が知れていて、仲も良いのだが、幼い頃から知りすぎているせいもあってか、恋人同士、という雰囲気ではなかった。


「ヒロさん、ごめんなさい、私のミスのせいで……」


 申し訳なさそうにそう謝ってきたのは、これまた隣の席の新入社員、ユウだった。


 彼女は短大を卒業したばかりの二十歳で、セミロングの綺麗な髪に、アイドル顔負けの美貌と、俺からすれば完璧な美女……いや、ちょっと童顔なので、美少女といっても良いぐらいだった。


 そんな彼女に話しかけられただけで、顔が熱くなるのが分かる。


「いや、君のせいじゃないよ……俺もきちんと確認できてなかったわけだし……っていうか、あんなの誰も気付かないよ、フトシさんだって目を通してたはずなのに……」


 と、つい愚痴が出てしまった。


「……ありがとうございます、ヒロさん、優しいんですね……」


 ユウが、目をウルウルさせながらお礼を言ってくれる……それだけで幸せな気分だった。

 ……なぜか、ミキに軽く足を蹴られたが。


 と、そのとき、突然事務所が……いや、事務所の入った二十階建てのビル全体が、ガタガタと音を立てて揺れ出した。


「え、なに……地震!」


「怖い……キャァァァ!」


 突然大きな横揺れに変化し、両隣の二人の美女が俺の腕に抱きついて来た。

 それはそれで、頼りにされているようで嬉しかったのだが、それもほんの一瞬だった。


 建物が崩れるのではないかと思うほどの大きな揺れに、俺自身、パニックにならないように身構えるだけで精一杯だった。


 フトシもシュンも、ただ大声を上げているだけで何もできない。

 そして照明が消えて、ふっと意識が飛ぶような感覚を覚えた。


 ――気がつくと、薄暗い奇妙な場所に座り込んでいた。

 右腕にミキが、左腕にユウがしがみついたままだ。


「……えっ……どうなったの?」


 恐る恐る目を開けたミキが、不思議そうに周囲を見渡している。

 ユウも、同様に顔を動かしているが、言葉が出ないようだ。


 今座っている場所は、ひんやりと冷たく……少なくとも、先程までのフロアカーペットではない。

 っていうか、そもそも、俺は椅子に座っていたはずなのだ。


 しかし、今目の前には、机も、椅子も、おおよそ現代社会における事務室に存在すべきオブジェクトが、何一つ存在していなかった。


 ただ、縦横二十メートル、高さ三メートルほどの、石造り、という表現方法しか浮かばない、無機質な、そして閉ざされた空間が広がっているだけなのだ。


 奇妙な事に、照明が存在しないのに部屋全体がほんのりと明るく、全景は把握出来ている。

 十メートルほど先に、フトシとシュンが、抱き合いながらキョロキョロと顔を動かしていた。そして自分達が必要以上に密着していることに気付き、慌てて離れていた。


 三分ほど経った頃だろうか。隅の方の壁が光を放ち、壁面の一部が消失したかと思うと、その奥から、頭から足元まで続く白色の長い衣装――フード付きのローブという表現がいいだろうか――を纏った、七十歳は過ぎていると見て取れる老齢の男性が入ってきた。


 右手には木製の長い杖を持っており、上方の先端は傘の柄のようにフック型になっている。

 その姿は、まるでファンタジー映画に出てくる魔法使いのようだった。


「……どうやら成功したようじゃの。皆様方、気分は悪くなっておられぬかな?」


 老人は、わずかばかり笑みを浮かべながらそう口にした。


「あの……一体、何がどうなっているのでしょうか? 成功って、どういう事ですか?」


 まるっきり事態が飲み込めず、とりあえず俺は、事情を知っていそうなその老人に現状を確認した。


「今の状況をすぐに理解できるはずもないでしょうな。まずは、落ち着いて話ができるところへ案内しましょう。皆様方、ついてきてくだされ」


 老人はそう言って、我々の了解など得ることもなく、先程、光と共に壁が消失して出口となったその場所へと歩き始めた。


 一瞬、両脇のミキやユウと顔を見合わせたが、状況的に老人の後をついて行かざるをえない。

 俺は意を決して立ち上がり、彼の後を追った。


 ミキ、ユウも、そして今だに惚けた顔をしているフトシもシュンも、俺の後に続いた。

 石造りの細い廊下を進み、階段を上がると、より広く、明るい廊下へと出た。


 両脇は白い壁面で、太い柱が建ち並んでいる。

 廊下の高さは、五メートルはあるだろうか。天井がドーム型になっている。

 窓から日の光が差し込んでくる……どうやら、先程までの場所は地下だったようで、外には庭園が広がっているのが見えた。


 俺も、会社のみんなも驚いて窓に駆け寄り、外を眺めた。

 まるでテーマパークにある、西洋風の城の内部にいるような感覚だった。


「……ちょ、ちょっと待ってよ! ここ、どこなの!?」


 ミキが、半分パニックになりながらそう叫んだ。


「……それをこれから、説明しようとしているところじゃよ……さあ、この部屋にお入りくだされ」


 重厚な扉を開いた老人に促され、俺も、そして納得いかない表情のミキも、さらには今だ夢の中を歩いているような残りも三人もその部屋に入った。


 そこは会議室のようで、それほど広くはないが、八人ほどが座れる木製の会議机、椅子が置かれていた。


 窓からは明るい日差しが入っており、それを遮るように、老人はカーテンを閉めた。

 促されるまま、全員席に着く。


 長方形である会議机で、窓側の短辺に老人が座り、俺とミキ、ユウがその老人から左手側に、その対面にフトシ、シュンが座った。


「……さて、この状況を説明するにあたってじゃが……皆様の世界の言葉で説明するとすれば……『異世界召喚』という単語はご存じですかのう?」


 会議机の上座に座った老人が、皆にそう問いかけた。


「異世界召喚? まあ、言葉の意味は分かりますが……まさか!?」


 俺は大声を上げた。

 それに反応したのは、一つ後輩の男性社員、シュンと、意外にも、新入社員のユウだった。

 フトシはきょとんとしていたし、ミキは首を傾げている。


「……ヒロ、意味、分かるの?」


「まあ要するに、童話とか、ゲームの世界とか……現実世界から、そういう空想の世界の中に飛ばされることだよ。ファンタジー風の世界が多いけど」


 俺の説明に、シュンも、ユウも頷いている……シュンは若い男性だから、そういうゲームの世界に転移するような話を知っていてもおかしくないが、ユウがすぐに理解したのは意外だった。


 課長代理で、四十歳を過ぎているフトシは、頭からはてなマークが出ているような感じだったが。


「ふーん……なんとなく、そんな映画とかあったような気がするけど……え、それが今、現実に起きているってこと?」


 ミキが、青ざめながら老人にそう聞いた。


「そういうことですじゃ」


 老人は深く頷いた。


「……そんな馬鹿なっ! そんなこと、実際に起きるわけ無いじゃないか……だいたい、あんた一体、何者なんだ! ここはどこなんだ! あんたが俺たちを、こんなところに運んだのか!?」


 俺はちょっとムキになってそう質問した。


「……一つ目の質問については、これは自己紹介が遅れましたな。私はアイザックと申します。私が与えられている称号は『賢者』……それを言ったところで、理解していただけるとは思いませんがの。そして二つ目の質問については、ここは貴方達が元々居た場所とは、次元を平行する世界ですじゃ。魔法が存在し、魔物が徘徊する……ただ、貴方達も、何らかの『物語』として、この世界のことをご存じのようですがのう」


「……そんな……だって、それは『空想の世界』じゃないですか……」


 ユウが、震えるような声で初めて発言した。


「まったくの『空想』ではなく、平行世界は互いに影響しあい、人々の記憶や、夢の中に現れるものじゃ……そのことは追々説明するとして、先ほどの三つ目の質問、貴方達をこの場所に運んだのが私、というのは、半分は正解で、半分は間違いですじゃ」


「……どういうことだ?」


「貴方達をこちら側の世界に引きずり込んだのは、闇の化身……『邪鬼王』と我々が呼んでいる存在。そやつが、現時点で持っている最大魔力を用いて、貴方達が日々を過ごしていた建物ごと、こちら側へと転移させてしまったのですじゃ」


「……建物ごと、だって? 二十階建てのビル、丸ごと?」


 大きな驚きの声を上げたのは、シュンだった。


「そう……その目的は、自分の配下とすべく、異世界の、邪念を持つ人材を召喚すること。しかし、これはほんの『おまけ』に過ぎぬ。真の目的は……異世界で最も有能な人材である『勇者候補』を召喚し、闇に染め上げること……しかし、それだけはなんとしても阻止せねばならぬ。そこで私も最大限の魔術を駆使し、邪鬼王の召喚術から、『勇者候補』と、そして同じ部屋にいた四人を、いわば『強奪』し、あの地下室へと隔離したのですじゃ」


 老人は、淡々と、しかし、信じられぬ事を口にした。


「勇者……勇者だって……一体、誰が……」


 俺の、焦ったような声に対して、老人は真っ直ぐに俺を指差した。


「……貴方ですじゃ」


「……え、お、俺?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る