第17話

 木葉の居場所を教えてほしい。そう頼む私に、だけど鹿王は困った顔を向けた。

「とは言ってもねえ。僕はヌシ様に、君が木葉の心を乱さないよう何とかするようにと命じられた身だ。むしろ君を止めるのが僕の役目なんだよね」

 グッと唇をかむ。これで木の葉にたどり着ける。そう思っていただけに歯がゆくなる。


「どうしても教えてはもらえないんですか」

 それでももう一度聞いてみる。根気強く頼み込むことで彼の考えが変わることを期待した。だけど、どうやらそれは叶わないみたいだ。

「すまないね。僕はヌシ様の命令には逆らえない。それは君達人間で例えると、しがない中間管理職がトップに直接文句を言うくらいに無理な事なんだよ」

 ふざけているのか本気なのか、とにかく鹿王はそう言って首を振った。

 それを見て私は迷う。このままここで彼を説得するのと、今まで通り自分一人で木葉を探す。果たしてどちらの方がいいのだろう。

「……わかりました。教えてくれないのなら自分で探します」

 そう答えたのは、このまま彼を説得し続けても、結局ははぐらかされそうな気がしたからだ。

 最初に鹿王を見た時、何を考えているか分からないと思ったけど、その印象は今も変わってはいなかった。話をしている時も、かれは時に冗談めかしたことを言ったり、そうかと思うと次の瞬間には急に真面目な顔を見せたりと、まるでいろいろな表情の描かれた仮面を瞬時に取り換えているみたいで、その奥で本当は何を考えているのか掴めない。こんな人を相手に説得を続けるよりも、自力で探した方がいいように思えた。

 もちろん、今まで何日も探して見つからなかったものが急に見つかるとも思えない。

 だけど、さっき鹿王は確かに言ったのだ。「木葉の心を乱すな」と。私が探すことで心が乱れるというのなら、いくらで乱してやればいい。これでもかってくらい掻き乱して、私の前に出てくるしかないってくらいに追い込んでやれ。なんだか一歩間違えるとストーカーにもなりかねないような事を思っているけど、そこは気にしないでおこう。


 そうと決まったらいつまでもこんな所にとどまっていても仕方がない。鹿王に向かって一礼し、森のさらに奥へ進もうと足を踏み出す。

 だけどそれを鹿王が止めた。

「待ちなよ。君の方こそ考え直す気は無い?もしかすると君自身が危ない目に遭うかもしれない。それでも行くというのかい?」

 たしかに生気を失うかもしれないと思うと、正直恐い。だけどそれ以上に、今は木葉に会いたいという思いが強い。たとえ後で後悔する事になったとしても、探しに行く以外の選択肢を選ぶ気にはなれなかった。


「行きます。木葉はそれを望んでないかもしれないけど、それでも私は木葉に会いたい」

 はっきりと自分の想いを口に出す。もう余計な意地を張って後から悔むような真似はしたくなかった。

 それを聞いた鹿王は、フッと小さくため息をつき、肩をすくめる。

「そう。そこまで言うなら仕方ないね」

 分かってもらえたのだろうか、そう思った時だった。鹿王の目が急に鋭く険しい物へと変わった。


 まずい。それを見た途端、一瞬で体が震え、頭に警報が鳴り響いた。今まで何度も妖怪に絡まれたことで鍛えられた、危険を察知する本能が、必死になって危ないと告げてくる。

 慌てて鹿王から離れようとするけど、それよりも早く彼の手が伸びてきてわたしを掴む。

 よく見ると、鹿王の頭にはいつのまにか初めて見た時と同じような、大きな鹿の角が生えていた。


「できれば手荒な真似はしたくなかったんだけど、これもヌシ様の命令なんだ。君がどうしても帰りそうにないときは、力ずくで何とかしろってね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る