特設:季節のお菓子コーナー

ずんだ餅~田舎の風習

 このお話はあくまでフィクションで、作中の謂われ、伝承等、あくまで創作であります。念のため。


     ★   ★   ★    ★   ★   ★


「この前おばあちゃんちに行ったの、いつだっけ」


 僕は汽車の窓越しに緑の風景を眺めながら、なんとなく聞いた。答えが知りたいわけじゃない。退屈すぎて何か言ってみたかっただけだ。


「さぁ」


 お母さんは、相変わらず不機嫌だ。お父さんの実家に行くときは、いつも、そう。不機嫌。

 僕も、正直言って、田舎に行くのは好きじゃない。何もなくて、退屈で、みんななまってて何しゃべってるのかよくわからないし。でも、お父さんがどうしても、っていうからお母さんも僕もしょうがなく、数年に一度、お父さんのお盆休みに泊りがけで出かける。

 あーあ、健太のところは家族でハワイに行くって言ってたなぁ、宗一は塾の夏合宿。田舎に行くなら塾のほうがまだいいや。帰りにターミナル駅でみんなとマクドでおしゃべりするのも楽しいし。

 田舎にはマクドもピザ屋もない。茶色い煮しめと漬物と冷やしたきゅうりとトマト。あとスイカ。

 僕はこれから過ごす地獄のような48時間を考えた。夜、朝、昼、夜、朝、ひょっとするともう一回、昼。少なくとも5回はまずいご飯を食べて、おばあちゃんのどうでもいい話の相手をして、畑仕事を手伝わされるんだ。


 無人駅に降り立った僕達一家3人を出迎えたのは、線路脇にのびのびと咲き誇る雑草と、行方不明の人を探す張り紙だけだった。古いのから、まだ新しいのまで、5枚。ひなびた駅にしては多い。


 駅から歩くこと、20分。ばあちゃんの家についたのは、2時すぎだった。久しぶりに見たばあちゃんの家は、一段と寂れていた。父さんが先頭に立って、ドアを開ける。


「帰ったよー」


 父さんの声に、奥からばあちゃんが顔を出す。


「ああ、よぐぎだね。あがれ、あがれ」


 父さんと母さんに続いて、僕も「おじゃまします」と、上がりこむ。家全体にカビくさいような、温かく湿ったような、変な匂いがする。玄関の先がすぐ茶の間になっている。ちゃぶ台のそばに父さんと母さん、僕はその後ろのほうに控えめに座る。


「今、ずんだ餅作ってだんだっちゃ」


 ばあちゃんがでかい皿いっぱいに、うす緑色のぺったりしたものを載せて、いったんひっこんだ台所から茶の間へ入ってきた。


「今、皿と箸と…ああ、麦茶もな」


 母さんが立って、台所のばあちゃんに「手伝いますか?」と声をかける。ついでに持ってきた菓子の箱も渡す。

 その間、僕は初めて見る緑の物体とにらめっこしていた。


「いただきます」


 母さんから皿と箸を受け取り、大皿にたっぷりと盛られたそれをひとつ取り、かぶりついた。

 うまい。枝豆の香りがする甘いあんこが餅のまわりにたっぷりついていて、餅はとろりと柔らか。ばあちゃんの家で初めておいしいと思える食べ物にであった。


「これ、なに?」

「ずんだ餅。食ったごどねぁーがい?」

「ずんだもち」


 面白い名前だ。っていうか、ずんだって何だ?

 ずんだ、ずんだ。

 ずだ袋。ずだずだ。ずんだった、ずんだった♪


「ずんだって、何?」

「何って、ずんだは、ずんだだっちゃ」


 これだから、ばあちゃんとの会話は疲れる。そういう意味のない答え、期待してないし。

 父さんが、代わりにスマホでさっと調べて答えを教えてくれた。


「ずんだもちの名前には、いろいろないわれがある。大きく豆を打つ『豆打餅』説と、戦のじん内において太刀たちで豆を切り刻んだ『じんだちもち』が訛った『陣太刀餅』説とがある…とさ」


 ばあちゃんは、父さんの説明に「ふぅん」とうなっている。


「それだげでねぁーよ」


 いつの間にか、縁側からいとこの耕作兄ちゃんが顔を出していた。手にはスイカをぶら下げている。


「この村だけに伝わるずんだもちの謂われがあるんだ」

「耕作! 余計なこと言わなぐでいいがら」


 めずらしく、ばあちゃんがきつい口調でとめた。今まで見たことのない表情だ。なんとなく、茶の間の空気が重くなった。父さんが、とりなすように言う。


「耕作くん、スイカ持ってきてくれたの?」

「うん」


 母さんが、台所から耕作兄ちゃんの分の皿と箸を持ってくる。


「あ、ありがとうございます。後でうぢのほうにも寄って行ってぐれって、父さんが」


 僕達は、ずんだ餅を食べ終えると、耕作兄ちゃんの家に行った。

 耕作兄ちゃんの家は代々農家だ。父さんの弟が、地元の農家に婿養子になって、後をついでいる。古いけど、大きい家で、ばあちゃんの家よりも立派で、子供の僕でも貧富の差をはっきり感じる。

 家の前には立派な門柱も塀もあり、その奥には大きな松の木、桃の木、それからさくらんぼの木も植わっている。木々の間には大きな納屋があって、広い間口から農機具が見えた。

 ふと、その納屋の壁に太いこん棒が立てかけられているのに気づいた。鬼が持っている金棒からびょうを取ったような、奇妙な太い棒。


「あれ、何?」

「あれが? 野菜を狙ってぐる野うさぎやら狐やらアライグマを追い払うのさ」


 耕作兄ちゃんは、続けた。


「右側さ黒っぽいしみみだいなの、見えっぺ。あれ、血だっちゃ」


 僕を怖がらせようとしているのがあからさまだったので、僕はしらけて、ふん、とだけ言った。


 久しぶりに会ったおじさんは、記憶の中とほとんど変わりなかった。まっ黒に日焼けして、白髪交じりだけど、なかなかの男前。父さんとはあまり似ていない。

 僕達は上がって、母さんが持ってきた菓子やらおじさんが出してくれたさくらんぼやらアイスやらを囲んでいた。

 話はもっぱら父さんと母さんとおじさんがしていて、親戚の誰それが高校に入ったとか、稲や畑の野菜の生育がいいだとか、農協の誰それが選挙に出るとか、そんな話だった。僕は退屈になって、さっきの話を蒸し返した。


「ねぇ、おじさん」

「うん?」

「ずんだ餅って、なんでずんだ餅っていうの?」

「うん?」

「豆を打つからっていう説と、陣の中で太刀で豆を刻んだからっていう説と、そのほかにも謂われがあるんだって、兄ちゃんが」


 おじさんは急に顔をしかめた。


「この辺で、ほいなこど、言うもんでねぁ」


 その後おじさんは、急に話題を変えてしまった。僕は、耕作兄ちゃんの顔をこっそり見たけど、兄ちゃんは知らん顔をしていた。


 次の日の朝ごはんは、やっぱり残り物の煮しめと漬物と味噌汁だった。しかも、食べ終わってしまうと、何もやることがない。ばあちゃんは、「一足先さ畑に行ってる、後でぎでぐれ」、と言い残してご飯の後すぐに出て行ってしまった。母さんは朝食の後片付け、父さんは着替えて畑に行こうとしている。


「ねぇ、僕も行かなきゃダメ?」

「いやなら、お前はいいぞ」


 父さんの許しが出たので、僕は畑仕事を放棄した。とはいえ、ほかにやることはない。何もない。しょうがないので、とりあえず靴を履き、村の中をぶらぶらと歩いてみた。本当に何もない場所だ。

 畑、田んぼ、古い家、そして雑木林。コンビニすらない。全部が緑か茶色。ほかに色のついたものといったら、警察が張った探し人の紙。なぜか、あちこちに張ってある。都会の生活に疲れた人たちが、この田舎に来て、ふっと失踪するのだろうか。じっと見ていると、声をかけられた。


「君、どこの子?」


 ばあちゃんの名前を言うと、ああ、とうなづいた。あんたこそ誰だよ、と思ったが口には出さない。代わりにこう聞いた。


「この辺に伝わる、ずんだもちの謂われってご存知ですか?」


 なるべく礼儀正しく聞いたつもりだったが、おじさんは急に顔をしかめて行ってしまった。何だろう。この辺りでは、聞いてはいけないことなのだろうか。

 

 ふらふらしていると、村のはずれまで来てしまった。ここは、確か来てはいけないと言われている古い社だ。まだ小さかった頃、父さんに言われた。「田舎には、たいてい子供とよそ者が入ってはいけない場所というのがある」のだそうだ。僕はもう中学生にはなったけど、よそ者だから、やはり入ってはいけないのだろう。

 しかし…誰も見ていないのだから、バレないか。ちょっとだけあたりを見て、帰ろう。


 ずんだ、ずんだ、ずんだった…口ずさみながら歩いていると、奇妙な場所に出た。

 墓石も卒塔婆もない、でも墓のような場所。

 土から何かがはみ出ていた。そっと土を払う。それは、人の頭だった。正確には、もと人の頭。骸骨。どくろ。頭に大きな穴が開いている。

 突然、後ろから声をかけられた。


「ぼうず、どうした?」


 振り向くと、小柄な老人がひとり、立っていた。なぜか手には昨日食べたのと同じ、皿に載せたずんだ餅を持っている。


「これは?」


 人の頭らしきものについての僕の質問には答えず、おじいさんは僕にずんだ餅を差し出した。

 僕は礼を言って食べ始めた。

 老人は話を始めた。


「ずんだ餅は、美味しいので食べ始めると夢中になる。その間に後ろから頭を打って殺すんだよ。殺す時ののおとりさね。殺す理由? いろいろさ。子供の間引き、追いはぎ、亭主がカミさんを、あるいはカミさんの方が亭主を、色々とある。お前みたいな子供やら若い女なら、若い男が、悪さばしようと思って…というのもあるかもしらんな。怖くなってきた? すまんね、ああ、ほら息子がやってきた」


頭打ずだもち」


 頭に文字として浮かんだ時、頭にどん、と衝撃を感じた。

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