パーティを追い出されたら、Lv99の幸せを手に入れた

三倍酢

第1話


「お前はパーティの潤滑油だって、言ってくれたじゃないか……」


 安い酒を一人あおり続ける。


「歯車になって必死に働いたのによう」


 つい先程、パーティから解雇宣告を受けた。


 そう、『お前、もうクビな』ってやつだ。

 まさか俺が? いやいや悪い冗談だろと笑ったが、リーダーの目は笑ってなかった。

 確かに今どき六人組は多いが、雰囲気も良いし大丈夫だろうと思っていた。

 それにだパーティの空気を盛り上げていたのは、誰だと思ってやがる!


 いやまあ、あいつらのウェーイな感じに、付いていけてない気は薄々してたが。

 別にいいさ。

 これからは、宿や食料に薬草の手配も、ダンジョンの情報集めもマッピングも、馬の世話も馬糞の掃除も、出入国の手続きから見つけた宝の税金申告まで、全部てめえらでやりやがれ!


 はあ……明日からの仕事、どうしよう。

 あいつら、装備まで全部剥いでいきやがった。

 銅の剣と布の服と銀貨十枚で放り出すとか血も涙もない。


「マスター! もう一杯!」


 ま、銀貨十枚もありゃ朝まで飲み続けたって大丈夫だけど。

 この辺の特産らしい酒を、味も確かめずに流し込む。

 マスターが飲み方を気にかけてくれたが、これが飲まずに……っとそこで、こんな深夜に女が一人で店に入ってくる。


 酒場の男達の目が一斉に注目して、一瞬で離れた。

 これはまあ、酷いデブスだ、可哀想に。

 今の俺の次くらいには悲惨だろう。


 そのブスは、よたよたとカウンターに寄ると酒を注文する。

 まあ酒場だしな、しかしこの店のカウンターは、立ち飲み専用で女にはちと辛い。

 居心地は悪いが飲まずにはいられない、そんな女の様子を見てると、つい声をかけてしまった。


「おい豚! こっちで一緒に飲むか?」


 これまた酷い誘い文句だったが、女は文句も言わず俺のテーブルへやってきた。


「こりゃ物好きな」

「たぶんオーク専だな、あいつ」

「奴の冒険に乾杯」


 周りの男どもが笑うが、今更気にする体面もない。

 ボトルを注文して好きに飲めと言ってやる。

 マスターは一本分の金で二本くれた、やめてくれよ、人の情けが身にしみるんだ。

 少しだけ優しい気持ちになった俺は、女の話を聞いてやることにした。


「いったいどうした、振られたか? 結婚詐欺か?」


 うぐぅ……と泣くブスの涙は、とても汚い。

 別に聞きたくもないし、話さなくても良いのだが、女はようやく振り絞った。


「実は……パーティを……クビになったんですぅ……ふごっ」


 聞くんじゃなかった。

 別れ際、奴らに言われた台詞が酔った頭にリフレイン。


「お前が一番弱いしな」

「ただ飯? 無駄飯食いって言うのかね」

「俺達のお陰で今日まで生き延びたんだ、文句ないよな」

「魔王を倒すパーティにお前はちょっとな」

「みんなで決めた。満場一致だ」


 最後のリーダーの一言が一番キツかった、みんなに俺は入ってなかったのか……。

 眼の前で泣き続ける豚が、可哀想な豚に昇格した。


「そりゃ、辛かったな。愚痴なら聞いてやるから、全部話せ」


 この一言で涙腺が決壊した女の話は、ボトル二本では足りなかった。

 女は何度も同じことを繰り返したが、要約するとこうだ。

 男のパーティでは強さが何よりも優先するが、女だけのパーティは見た目が重要。

 ちょっと普通の子が見つかったので、何の相談もなく追い出されたと。


「あんたがいると、うちらの格まで下がるっていうかー」

「もう分かってたでしょ?」

「ま、そゆこと」

「バイバイ、元気でね!」


 根暗で馴染めないと思いつつも、必死になって頑張ったのに、あっさりと切られたそうだ。

 世の中って、ほんとに世知辛い……。


「そういや、お前の名前は?」


 もうすっかり出来上がり、覚えられるかも怪しいが、一応名前くらいな。


「えっと、セリスって言います」


 思わず吹き出してしまった。


「お前、名前だけは綺麗なんだな」

「ひ、酷い! じゃあそういう貴方のお名前は?」

「俺は、アグレスって言うんだ」

「まあ! 英雄王と同じお名前。とっても強そう」


 セリスは、初めて笑顔を見せて……かわいい豚に昇格した。


 そこからのことはよく覚えていない、更に飲んだのだけは確かだが。

 店も閉めるってんで、えーっと……隣接する宿屋に泊まって……。

 ただし、今確実なことが一つある。


 隣にセリスが寝ているのだ、全裸で。

 やっちまったかー、逃げるか、いや別にそこまでせずとも。

 それに、よく見るとこいつ結構かわいくね?


 既に昼になっていたが、宿の朝飯は出た。

 女将は何も言わず、俺達も無言で食う。


「あんたら、何処に行くか知らんけど、これくらい持っておいき」


 女将は出発間際に水と弁当をくれ、お礼だけは何とか言えた。

 さてどうしよう、こんな魔物との最前線に居ても仕方がないのだけど、隣の大きな街まで行くかなあ。

 新しくパーティを探すにも、他の仕事をするにもその方が良い。

 だがなあ、ちらっと斜め後ろを見るとまだ付いてくる。


 さっきはかわいいと思ったが、あれは嘘だ。

 自信なさげに俯いて、太い体を小さくして歩くこいつは、紛れもない不細工だ。

 ほれ、通りをゆく奴らがみんなこいつを見て笑ってる。


『じゃあここで』『元気でやれよ!』まあ、そんなところかな……。

 心の中で五回ほど繰り返して、いざ言おうとした時、セリスが先に口を開いた。

 普段からそうなのか、下を向いたままボソボソと喋る。


「あ、あの、昨夜はありがとうございました。お陰で吹っ切れそうです。それでは……」


 ま、待て! つい遮ってしまった。

 えーい、どっちにしようか。


「あーっとな、お前の特技、なんかあるだろ? ほら、パーティ組んでたんだし」

「えっと、一応ヒーリングが。けど下級のものばかりです……」

「ふーんそうか。なら……しばらく一緒に旅をするか?」

「……え!? 良いんですか?」


 セリスはやっと顔をあげた。


「つっても、俺も弱いぞ? なんたって追い出されたくらいだしな」

「はい、頑張って治します! よろしくお願いします!」


 今度は笑顔になった、見るのは二度目かな。

 まあ良い、旅は道連れ世は何とかだ、俺だって贅沢言える顔でも立場でもないからな。

 こうして、二人の長い旅は始まったのだが、最初に言った台詞がある。


「お前、いやセリス。もうちょっと、普段から笑うようにしたらどうだ? 俺の故郷には、女の笑顔は七難隠すって格言があってな」


 この時は、何故そんな事を言うのか分からないって顔をしていたが、セリスはこの言葉をずっと覚えていて、最後まで守った。



 二人きりのパーティだ、無理せずに安全なダンジョンばかり選ぶ。

 怪我をすることもあったが、セリスは心配しながらも、笑顔は絶やさずに治癒魔法をかけてくれる。

 俺だって技術もあがり、一端の冒険者と呼べるくらいにはなった。


 だが、一年ほどそんな暮らし続けたある日、セリスが吐いた。

 同じものを食ってるのに、セリスだけが体もだるくて熱もあると言う。


 彼女を背負って走る、ごめんなさいと言う度に、気にするな元気を出せと言い続けた。

 この頃になるとセリスもかなり痩せていて『重くない?』の言葉には、羽のように軽いよと本気で言えるくらいにはなっていた。


 実際、重さなんてまったく感じなかった。

 丸二日走り続け、やっと治療院のある都市へ着きそのまま駆け込んだ。

 この一年で貯めた全財産を広げ、何とか彼女を助けてくれと頼み込む。

 上級の癒やし魔法を使える治療院の院長は、わたしに出来ることはないと言った。

 

それから

「おめでとう」と。


 ……はい?

 

 妊娠した彼女を冒険に連れ回したことを、こっぴどく怒られた。

 ただ嬉しさの余り泣いていたので、よく覚えてない。


 俺の冒険者稼業はそこで終わった。

 一攫千金はもういい、世界の平和にはこれまで以上の関心はあるが、今は未来の勇者に期待して祈るのみだ。

 安定期に入ったセリスは、そこの治療院で雇ってもらえ、出産も看てもらえる。


 俺は必死で働いた、どんな仕事でも良い、どれだけ疲れても彼女のお腹に耳を当てればそんなものは吹っ飛ぶ。

 しばらくして、近くの豪農に雇われて畑仕事を覚えることが出来た。



 治療院の廊下を行ったり来たり、なんだっけダンジョンにこんな魔物が居たよなあ。


「これ、落ち着きなさい」


 院長はそう言うが、それは無理ってものですよ。

 扉の向こうから、聞き慣れぬ鳴き声がする、違うこれは泣き声だ。

 蹴破る勢いで飛び込み、付き添いと産婆の顔を見ると、そろって笑顔を返してくれる。

 まだ湯の中に居る我が子を見て、同時にセリスに抱きついて接吻する。


「玉のような男の子ですよ」


 誰が言ったか分からなかったが、その部屋の女たちは皆が笑い、男は二人共が泣いていた。


 俺を追放した冒険者達さえも、こうやって望まれて産まれたのかと思うと、積年の恨みなど、どうでも良くなる。

 と言っても、せいぜい二年の恨みだし。

 今はただ心の底から、お前らも無事に戻って幸せになれよとしか思えなくなった……。



 何時も笑顔を絶やさずに、病人や怪我人に対応するセリスはとても評判が良かった。

 治療院でも家でも、本当にいつもにこにこしている。


「あー、治療院のセリスさんの旦那さんか。娘が入院した時に世話になってね、勉強しとくよ」


 商人に金を借りにいった時も、それなら信用出来るねと破格の条件で融資してくれ、それで土地を買った。

 それまで働いていた豪農は、これを持っていけと農具一式をくれる。

 セリスの稼ぎで馬も借り、順調に農夫としてスタートすることが出来た。

 少し郊外になるので、たまに獣も出るが大丈夫かと言われたのだが。


「平気ですよ、昔は冒険者をやってたので!」


 何故か、居合わせた皆が大きく笑った、ジョークだと思われたのだろうか。



 二人目の子供が産まれて数年、遂に魔王が倒されたらしい。

 残念だが、勇者のパーティに俺の知った名前はなかった。

 もし一人でも居たら、『お父さんは昔、勇者とパーティを組んでたんだぞ!』と、子供たちに自慢できたのになあ。


 ま、信じてもらえるかは分からないけど。


 完

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