第11話 ドキドキが止まらない

 そのあと、いったん陽真と亮は別れた。

 シルフィが、


「今日はいったんふたりとも家に戻って、ゆっくり休んで。ひまわりパワーもずっと使ってると、あなたたちが疲れてしまうから。そうすると、万全な状態で魔族と戦うことができなくて、結果、魂の欠片を集められなくなるかもしれないから。それは困るのよ。しっかり力をつけるためにも、適度な休息は必要よ」


 と、言ったからだ。

 鳥居のところにペットボトルを置かせてもらっていたから、それを回収し、


「また明日な!」


「うん、また明日!」


 と、亮に手を振って別れ、陽真は家に戻った。


 その日、家では両親と弟が誕生パーティーを開いてくれた。

 母がケーキを焼いてくれ、ごちそうを作ってくれた。メインのミートソーススパゲティとエビフライは陽真の大好物だ。

 父は、十三本のろうそくを用意してくれて。ふたつ年下の弟は、お小遣いをためてプレゼントを用意してくれていた。


「ほらほら、陽真、笑って!」


「父さん早く早く!」


 父がセットしたカメラで、みんなで写真を何枚も撮って……。


「ろうそくを吹き消す前に願い事を心の中で願うのよ」


「姉ちゃん、彼氏がほしいとかそろそろ願っといたほうがいいんじゃねーの?」


「ばかいいなさい、陽真に彼氏はまだ早いぞ」


 そんな家族の言うことを笑って聞きながら、陽真は、こっそり願った。


(みんなが幸せになりますように──)


 この世界の人たちももちろん、ルイシュタルトの住人たちも。

 うつむいて泣いている人がひとりもいなくなりますように──。


 そのあと家族でベランダに出て、天の川を鑑賞した。

 今日は七夕なのに、珍しく晴れだった。

 毎年七夕は、曇りなのに。

 シルフィは、陽真の庭の草花で休むと言っていた。いまごろは疲れて寝ているかもしれない。


「姉ちゃん、七夕の願いはどうするんだ?」


「え? うーん」


 弟の皐月(さつき)に尋ねられ、陽真はじっと天の川を見上げた。

 毎年誕生日は七夕だから、誕生日の願い事と七夕の願い事、陽真はふたつ願うことにしている。

 だけど、今年は──。


「誕生日の願い事が、そのぶん強く叶ってくれればそれでいいかな」


「姉ちゃん、欲がないなー」


 じゅうぶん欲張りだと思う。

 みんなの幸せだなんて、願いすぎかな、と。

 だけど。

 世界平和を願う、とかではないけれど。

 魔族のせいで悩まされている人たちのように、苦しんでいる人たちも世の中にはたくさんいるだろう。

 その人たちみんなが、笑顔になれればいいな。

 今日の、駒子のように──。


 ***


 翌日の日曜日。

 特にシルフィからの呼び出しもなかったので、陽真はお昼過ぎまで部屋でのんびりしていた。

 漫画を読んだり、ときどき久しぶりにピアノを弾いてみたり。

 ずっとやっていなかったから、やっぱりかなり下手になっていたけれど、お母さんは喜んでくれた。


「ピアノ、やる気になったの?」


「うん! できればまた教室に通いたいな」


「もちろんよ! 先生に話をしておくわね! ピアノも調律しておいてよかったわー!」


 ピアノは調律しないまま長く放置しておくと、音が狂ってきてしまう。

 いつ陽真がピアノをやるときがきてもいいように、お母さんは調律師の人に頼んで調律してくれていたのだ。

 そのことに気づき、陽真の胸があたたかくなった。

 まずは基礎から、と初心に戻って「ドレミ……」とピアノを弾いていると、リビングの窓をすり抜けてシルフィがやってきた。


「おはよう! いい音色ね!」


「シルフィ、もうお昼過ぎだよ?」


「そうなのよね、寝すぎちゃったわ。なんだかすごく疲れちゃってて……」


「そうなの? 大丈夫?」


「ええ! もうすっかり疲れは取れたわ。陽真はどう? 昨日の疲れ、残ってない?」


「うん、全然! 元気だよ!」


「よかった! じゃ、さっそく魔族退治に行きましょう。亮もサッカーの試合が終わったようだから」


「うん、わかった!」


 陽真はピアノを弾くのをやめ、蓋をした。

 二階の自室に駆け上がり、出かける用意をしていると──。

 ……ん? いまかすかにチャイムの音が聞こえたような……。お客さんかな?

 なんて思っていると。


「陽真ー、湯川くんが遊びに行きましょうって迎えにきてるわよー!」


「ええええええええっ!?」


 お母さんのどこかうきうきした呼び声に、思わず叫び声をあげてしまう。

 昨日のように鳥居のところで待ち合わせればいいのに、どうして家まできてしまうのだ!

 急いで部屋を出て玄関で靴を履くと、お母さんがにこにこ笑顔で聞いてきた。


「彼氏、できたの?」


「そんなんじゃないから!」


 陽真は思いっきり否定し、「いってきます!」と逃げるように外に出て扉を閉めた。

 そこに立っていた亮に、泣きそうになりながら言った。


「どうして家まできちゃうのっ……!? これじゃお母さんに完全に誤解されちゃったよ……!」


「誤解? ああ、俺が彼氏じゃないかとか?」


 ははっと亮は屈託なく笑った。


「そんなの、思わせとけばいいじゃん。俺、いま彼女いないから別に誤解されて困ることないし」


「わたしが困るのっ!」


 すると亮は、ぱちぱちと目をしばたたいた。


「片桐って、好きなやつとかいるのか?」


「いや、いないけど……」


「じゃ、いいじゃん! 逆に彼氏って周りに思わせといたほうが、これから一緒に行動するんだし、いろいろやりやすいし」


「そ……うなのかな……」


「俺は、片桐といて楽しいし」


 にこっと微笑まれて、不覚にもドキリとしてしまった。

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