私〇〇やめてあなたの〇〇になります。

駒井の趣味はゴミ掃除だ。


愛用の自転車に乗って町中を走り回り、相棒のチェーンソーと共に、町に蔓延るゴミを切り刻む。


これが、駒井にとっての癒しであり、楽しみであり、生き甲斐だ。


ゴミの掃除には、駒井なりのこだわりがある。



まずチェーンソーを使うこと。


チェーンソーが切り飛ばしたゴミを、しっかり分別、

種類ごとに用意したゴミ袋にそれぞれ詰めて、燃えるゴミなら、近くの焼却炉に放り込み、跡形もなく滅却するのだ。


燃えないゴミは、別の袋に詰めて、近くの山に埋める。


これが、駒井流の一連の掃除の流れである。


駒井には夢がある。


それは、いつか、町中のゴミを、自らの手で消し去ること、


それこそを、自らの存在する使命とまでしているくらい、この趣味には思い入れがある。


「ひいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ‼︎や、やめろぉぉぉぉぎぃやぁぁぁぁぁぁ‼︎」


まだ若い男のものと思われる、間の抜けた情けない声が、静まり返った灯りの少ない深夜の町に響く。


必死に叫ぶその声は、面白いくらいに震えていて、男がよほど怖い目にあっていることが伺える。

「や、やめ……」


ギュイイイイィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイン‼︎


そんな、必死に叫ぶ声をかき消すかのように、


一定間隔で何度も繰り返される、何かのエンジン音が、何もない田舎の、見渡す限り畑しかない静かな町に、凄まじい爆音で反響する。


ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ‼︎


そして、思わず耳を塞ぎたくなるような、何かを削るような、引っ掻くような、そんな気味の悪い騒音が、これでもかと続く。


「なんなんだよ⁉︎ほんとなんなんぐぎゃぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ‼︎


「……うるさいなぁ〜」




駒井は、最近すこし困っていた。


あまりにこの趣味に対する思い入れがありすぎるせいか、


なんと最近、処理する対象のゴミの声が聞こえてくるようにまでになってきたのだ。



それだけではない。


最近のゴミは元気すぎると駒井は感じている。


何というか、


喋るだけでなく、逃げるし、酷い時は抵抗までしてくるのだ。



まあそんなの関係なく切り刻むのだが、


今日のゴミも、さっきまでの小一時間、町中を走って走って、散々逃げ回っていた。


苦労して今、ようやく追い詰めたところなのだ。


「……ヒュー……ヒュー……」


「まぁそう泣くな」


その過程でだいぶ小さくなってしまったが、


移動はもうできないだろうし、声もかなり少なく小さくなっている。


そのゴミは今、駒井の足に踏まれながら荒い息をしていて、

表情のない冷たい顔をして見下ろす駒井を、力の抜けた暗い瞳で見返している。


駒井の今の格好は、汚れがついても目立たない作業服に、目も口も見えないガスマスク、軍手に長靴、作業用安全第一ヘルメット、


そしてフェイバリット装備、チェーンソー。


これらが、駒井にとってベストオブベストの防具、その名も作業着である。


分厚い生地に防刃加工、無駄のないフォルムで動きやすさも備えている。


その圧倒的な性能は鉄の甲冑すら裸足で逃げ出すほどだ。



ギュイィィィィィィイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィイイィィン‼︎


「ヒュー……ヒュぎぃやあああぁぁぁぁぁぁぁああああああ‼︎‼︎‼︎イダイイダイイダイイダイダイィィィィィィィィィィィィ‼︎‼︎‼︎」


ちなみにこのチェーンソー、名前がある。


チェーンソーの名前は「アマンダ」


駒井が生まれた日にウチにきた、駒井が家族より家族だと思っている。


……つまり家族だ。


赤いレインコートに、豚マスクをした可愛いやつだ。


ヴュィィイイン‼︎ヴィィィイン‼︎ヴュィィイイン‼︎‼︎」


「ギャッ‼︎ギェッ‼︎ギョェェ‼︎」


ボトッ、ベチャッ、と、アマンダに切り飛ばされたゴミの部位が、あちこちに散らばる。


「これは可燃ゴミ、これは不燃ゴミ……」


当然、ゴミの分別は忘れない。


混ざっていれば、アマンダが切り飛ばして、駒井が拾い上げ、部位部位に応じた袋に分別して詰めていくのだ。


「おい!何してやがる‼︎」

「うわっキモッ‼︎これやばくね?逃げるぞ」



なんと、今日のゴミは一個だけじゃなかった。

後から来た2個も合わせて都合3丁もあったのだ。


「アマンダ……」

「りょ……」


ゴミの処理をする駒井の姿を見て逃げ出したゴミ2個をアマンダに追わせて、



駒井は愛用の自転車に乗ろうとする。


別方向からの挟み撃ちにするつもりなのだ。


……が、


「…………あっ、」


「あ⁉︎」


逃げ出したゴミのうち、片方が鍵を抜き忘れた駒井の自転車にまたがり、今にも走って逃げ出しそうなところが目に入った。


気配を感じたらしい向こうが振り向き、目が合った。


サッ‼︎


キーコーキーコー、


そして無言で駒井から顔を逸らし、慌ててペダルを漕いで逃げ出したゴミ。


「……あっ⁉︎おい待てこら‼︎」


駒井は、一瞬状況が理解できずに固まっていたが、すぐに思考が戻り、声を張り上げ、追い始める。




「ありえないだろ‼︎人のもんパクるとか‼︎」

「知るか‼︎取られたくなきゃしっかり鍵掛けとけ‼︎」

「あっはい。すいませんでした……」


ぐうの音も出ない正論をゴミに言われ、思わず平謝りしてしまう駒井。


「……ってこら‼︎そんな乱暴に扱うな‼︎」



駒井の自転車は、駒井よりわずかに年上の、21年来の代物で、駒井が中学生になる12の春に、売れ残りすぎて今にも廃棄され掛けていたところを、たまたま見かけた駒井がただ同然の値段で買い取ったのだ。


以後、ほぼ毎日乗り回していて、今や駒井の体の一部と言っていいほどにまでなっていた。


当然、老朽化により痛んだり、錆びたりして壊れた部品もあったが、


その度に修理修理を重ね、なんとか今日まで乗り続けてきた。


今までの費用を考えると、最新の、しかも新品の電動自転車が買えるくらいの費用をつぎ込んできたが、それも愛ゆえと思って、もはや修理になんのためらいもなくなっている。



だから、絶対に許せない、そんな大切な自転車に我が物顔で跨るゴミを、

それどころか、乱暴に扱うゴミを今すぐにでも切り刻んでやりたいと駒井は思う。

「アマンダ‼︎」

「……りょ」


だから、自分より足の速い、自転車にすら追いつけるであろう相棒に、ゴミの処理を命令する。


あとは、アマンダがゴミを切り刻んで、愛用の自転車を取り戻してくれるのを待つのみ、


…………そう思っていたのだが、


自転車に走って追いついたアマンダが、チェーンソーを振り上げ、容赦なく振り下ろした。



…………が、



その刃先はゴミを通り越して駒井の愛用の自転車に突き立てられる。


「…………は?」


ガッシャァァァァァァン‼︎ギガガガガガガガガガガガガガガガガ‼︎


「えっ⁉︎」

なんか、明らかに自転車を切った音に、思考が停止し、アホみたいな顔してその場に立ち尽くす駒井。


「いや、足を止めろという意味かと思ってやった……」


無感情に淡々と述べるアマンダ。


「そぉんな訳あるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


悲しみに暮れる駒井の叫び声が、それを優しく包み込むかのような、静かな暗闇に包まれた町に吸い込まれて消えた。

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