ひなかご 5

 朝食を終えて片付けを手伝ったあと、カミーユは子供部屋に戻って荷物の整理をした。

 子供部屋は二階の西の隅にあり、窓からは糸杉の細長いシルエットとゆるい勾配の丘がみえる。

 自分の箪笥の引出しには、カミーユの服が几帳面にたたまれて入っていた。アンリエットは姉の箪笥を覗こうともしなかったらしい。六年前の自分の服を物珍しそうに広げながらカミーユはベッドのうえに服をまとめはじめた。

「広げると随分あるわね」

 部屋にはいってきたアンリエットが、感心したように眉をあげた。アンリエットは自分の外見を気にしない質であるようだった。髪の色に合わせたような灰色のスカートに、地味な苔色のブラウスをまとっている。

「身体の調子、悪いの?」

 アンリエットは気づかわしげに姉を覗いてきいた。

「大丈夫。悪くないわ」

「朝から気になってたのよ」

「シリルを見たからかな……」

 ベッドに座ってひそやかに呟く。アンリエットはわずかに目を細めると、カミーユの隣に腰をおろした。

「似ているわね」

 声が洩れるのを気にしながら、早口でアンリエットがいった。

「子供のころはもっときつい感じだったのに」

「それは、あなたも同じよ」

 アンリエットは子供服を自分の膝にまとめながら、窓にむかっていった。

「姉さんは十年で一度だけど、私は毎日あの子に会うのよ」

「ロザリーのこと?」

 アンリエットは窓にむかってうなずいた。

「どうしてクロードといっしょじゃないの」

 アンリエットが唐突に話題をかえた。

「クロードの予定がうまく噛みあわなかったし、それに……」

 カミーユは言葉をつづけることをためらった。が、アンリエットの優しい沈黙に誘われて、ちいさく呟いた。

「怖くなったの。本当に結婚するのかなあって、実感が湧かないの。そうしたら急に、ひとりになりたくなったのよ。子供みたいでしょう?」

「好きなんでしょう、その人のこと」

「好きよ。でも」

 カミーユは自分の左手に嵌まった指輪をみおろした。クロードの姿を思い描こうとしたが、水面の月のように輪郭が定まらない。

「きっと、新しいことに踏み出すまえの不安なのよ。期待もいっぱいあるけど、その分不安もあるのよ」

「そうかしら」

「そうよ」

 自分はずるい、とカミーユは思った。自分で眉をしかめておいて、そのくせ、アンリエットのやさしい言葉を期待している。

「一段落ついたら、下にきてね」

 アンリエットが部屋をでていくと、カミーユは深い溜め息をついてベッドへ倒れこんだ。

 アンリエットは意識してふるまっているのだろう。彼女の妹のふるまい、彼女の妹の言葉を。

 そうして彼女はロザリーの不在を家族に思いださせずにはいられないのだ。

「嘘つき」

 つぶやいた言葉は、自分の胸に突き刺さった。

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