第19話


 踊りの輪に引き込まれそうになってすぐ、ミラはシルヴァーンがいないことに気がついた。

「あの人はどこ?」

「あ? わからん。そのうち戻ってくるだろう」

 エルヴィルの言葉は、いいかげんだった。

 ミラは踊りながらも、必死にシルヴァーンの姿を探した。しかし、どうしても見つからない。

 くるり……と、エルヴィルのリードで回りながらも、目線はあちらこちらに彷徨った。

 気になることがいっぱいできてしまい、足に掛けられた暗示のことはもう忘れていた。


 時を終えているということ……。


 シルヴァーンは死人だとでもいうのだろうか? あの、ウーレン人のような。でも、あの亡霊とは、彼はまったく違う存在だ。血の通った温かな腕と心臓を持っている。

 そのぬくもりを、今すぐ確認したいのに、彼はいない。

 そして、グリンティア。

 グリンティアが母? それは何かの比喩なのだろうか?

 わからない。まったく意味がわからない。


 いいの、わからなくても。

 私はこの幸せが大事なんだから。

 いいや、わからなければならない。

 でなければ、私の居場所はここにはないのだわ。

 いいえ、いけない。

 私はあの人を愛している。それだけで充分。


 それだけではダメなの? 私は何を望んでいるの?


 頭の中に不安と疑問と虚しい願いが錯綜して、複雑に絡みあった迷いに変わる。

 ミラは激しく踊った。

 旋律が、タンバリンの音が、迷いを吹き飛ばしてくれるようにと祈りながら。

 タンバリンもリュタンの音も、まるで自分の踊りに合わせてくれるようで心地いい。

 侮蔑していると思っていた純血種の人たちが、うっとりした表情でミラの踊りを見つめている。


 そして……気がついた。


 踊っているのは、いつのまにか自分だけだ。

 誰もが自然に足を止めてしまった。ミラの踊りに魅せられて、自分が踊ることを忘れてしまったのだ。

 見られている! いけない! 一瞬、体が崩れそうになる。

 誰かが手拍子をはじめた。不思議と体が持ち直す。


 え……?


 手拍子が広がる。ざわめきのように、風に舞う木の葉のように……。

 それはミラを応援するような音だった。ミラは体中でそれを受け止め、心の向くまま自由に舞った。

 みんなが、ミラの踊りを所望している。

 誰も、ミラを責める者はいない。誰も、ミラを卑しい目で品定めしない。


 今まで……。

 怖かったのだ。自由に踊ることが。


 人目に留って夜に消えてゆく女になることが。年長の女の嫉妬にさいなまれることが。

 踊るたびに体が震えた。萎縮した。ミラは、いつも踊らされていたのだ。

 それがいったいどうしたわけか? ここまで人の視線を心地よく感じたことはない。

 足が動く……。肢体が伸びる。

 踊ることが、まったくの自然体であるかのように体が軽い。

 ミラは、すべてを忘れて、ただ踊る風になっていた。



 しかし、風は乱暴に遮られたのだ。

 誰かが突然ミラの手を取った。踊りはそこで止まった。

 ミラは驚いて、手の主を見上げた。

 タンバリンもリュタンの音もとまり、あたりの人々も静まった。

「シルヴァーン?」

 ミラは思わず手の主の名を呼んだ。

 彼の手は、かすかに震えていて冷たく、ミラもその寒さに打たれて震えた。

 表情は、はじめてあった時のように冷たく、無表情だった。が、やや唇が震えている。

 あたりが、ややざわめき出した。

 シルヴァーンは、ミラの手首を捕まえると、足早に人の輪からミラを引きずって出て行った。ミラは、何がなにやらわからぬままに、シルヴァーンに従うしかなかった。

 しばらく静かだった人々が、ざわざわと音を立てはじめ、徐々に大きくなっていく。

 後ろから、なにやら人々の笑い声が追ってきた。

 それが自分たちへの侮蔑的な笑いだと感じて、ミラは恥ずかしくなって下を向いた。

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