閑話 あーちゃんの秘密 後編

 刻の宿から城に戻ると使用人達が目まぐるしく働いていた。

 建国祭の今夜は、エクシア王国の要人はもちろん、著名人や近隣諸国の貴族をも招いた『建国の宴』が催されるのだ。

 各国に我が国の経済発展や文化の成熟度を示す外交の場でもあるから、毎年贅をつくした華やかなパーティとなるわけで、当然表舞台を支える裏方には緊張が走る。

 

 

 僕は湯船につかりながら、今日の疲労がお湯に溶け出すのに身を任せ、ボーッとしていた。

 これから今一度、気合いを入れ直さなきゃいけない。

 なんせ、『継承権を持たない、庶子で母親不明の第二王女、アリシア・ペンドラゴン・エクシア、13歳』としてパーティに参加しなければならないのだから。

 まさか、オークの匂いと疲労が染みついた少女になるわけにいかないしね。

 

 ハイ・オークを追ったランスロットがまだ城に戻っていないな。群れが見つかったのだろうか。精鋭部隊とはいえ、少数だしあまり深追いしていないといいけれど……。

 

 おねぇちゃんの市民登録とか、特別鑑定依頼も出しておかなきゃ……。

 

 ふわわぁ、眠い。

 今朝、エクスカリバーを抜いたからってやっぱり僕も興奮してたのかな。やたら魔法を使った気がする。さすがに疲れた。

 

 侍女のベアトリスが着替えの準備でドレスルームと部屋を忙しく動き回っている。

 冒険者服もそうだけど、御母様と御姉様が趣味全開でデザインした無数のドレス達。

 全部同じに見えるのだけど、当事者はどれも別物に見えるってんだから迷惑な話だよね。

 その日の雰囲気に合ったのを選ばないと怒られるんだから、ベアトリスの仕事も楽じゃない。

 

「? 姫様ー、何かおっしゃいました?」


「いや、ただのあくび~」


「そろそろお上がり下さいませ。準備が整いました」


 上がると部屋には今夜のドレスやコルセットやアクセサリー、靴、メイク道具などが山のように準備されていた。

 さて、と……ふぅ。

 

 

 ベアトリスは仕事ができる子だ。

 ドレスの選択で御母様たちに注意されたのを見たことがないし、何より、メイクが上手いと思う。

 つけまつげや濃い口紅で僕の人相を失くすことはない。地顔を生かしたまま女の子風に仕上げてくれる。

 性を否定しないその腕前に、僕はひそかに感謝している。

 そういえばおねえちゃんもメイクはあまりしてる様に見えなかったな。

 肌が綺麗で、瞳が澄んでて、グレートアルカディアを見てた横顔なんて……。

 それに、女の子ってすごく柔らかいんだな。いい匂いがして……あーーーっ!

 今日は押し倒したり、押し倒されたり、やっちゃったよねぇ僕!

 思い出し恥ずかしーーー! わーーー!わーーーー!

 

「姫様! 動かないで下さい!」

 

 はい!

 ベアトリスは王太子の僕にも容赦なく怒る子だ。

 

「危うく髪のセットが崩れるところでしたよ。さ、次はお化粧です」

 

 今日は国外の要人とも顔を合わせるから、苦手なおしろいも付けなきゃ。

 女の人が顔中を粉まみれにする意味が、未だによく分からない。

 ん? あれ? いたたたた!

 

「も、申し訳ございません! わたくしの不手際でしょうか! いつもと同じようにしたつもりなのですが……」

 

「何だろう。僕も分からないんだけど、おでこと頬が打ち身みたいに痛くて。特に頬が……あ」

 

 そっか、そうだった。

 おでこは、エクスカリバーを抜いたら気を失って、地面に打ったんだ。

 頬は……

 

「世界の深淵を覗こうとした罰が当たったのを忘れてたよ」

 

 フククッと突然笑い出す僕に、ベアトリスは怪訝な目をした。

 ごめんね、ベアトリス。何でもないんだ。続けてくれる?

 ベアトリスはさっきよりもずっと優しくおしろいを叩いてくれた。

 

「そういえばご存じですか? 姫様。今夜のパーティにはイスハン帝国の王もご出席なさるんですよ?」

 

 アー、ソウナンダー。

 色白な僕だけど、さらに白くなった気がする。

 

「コルセットの胸の詰め物、少し減らしてペチャパイ気味にしておきました。少しでもガッカリさせないと」


 ベアトリスは……ベアトリスはよく気が利く子だ。うぅ。

 アルカディア大陸の南に位置するイスハン帝国の王は巨大ハーレムを作っており、何かにつけ僕をそこに加えようともう何年も前から画策している。

 僕がハーレムに加われば、この大陸の戦争も終わって平和な世の中が訪れたり……しない、しない!

 これ以上、自分を犠牲にしてはいけない! は~、は~。

 

「さ、終わりましたよ。姫様。完璧でございます。今宵もどうぞ大船に乗ったつもりでお人形なさって下さいまし!」

 

 ベアトリスは笑顔で、力強く僕の背中を叩いた。

 

 僕はベアトリスをよく知らない。いつからか僕の近くでお世話をしてくれている年上の侍女、それだけだ。

 でも彼女は僕をドレスやアクセサリーで着飾った後、最後にいつも背中に力を込める。僕が前につんのめる程に。

 まるで僕に、前に進むしかないと言ってくれているようだった。

 

 

 

 

 

 

 パーティも大人達を残して解散しようかという時間。

 ちょっと一人になりたくて、広間から離れた人気のないバルコニーに出た。

 あのイスハン帝国のセクハラ親父ーっ!

 僕が僕であることを許されていたならお前なんか! お前なんかーっ!

 はぁっはぁっ。ふぅ。少し気が晴れた。

 

 眼下に広がる、僕の愛して止まないエクシア王国。

 100年後もこうして建国祭を祝っているのだろうか。

 みんな平等な時代が訪れているのだろうか。

 あぁ。僕はもっと強くなりたい。

 

「夜風はお体にさわりますよ……姫様」


「……ブルーノ。2人のときくらい姫様は止めてくれないかな」


 ブルーノは少し困った顔をして微笑んだ。

 無理難題を言ったのは分かってるよ。からかっただけさ。僕もつられて微笑んだ。

 

「おーい、ブルーノゥ! そこで何やってんのー!? なぁんだ、姫様もいるじゃん! おっ、超かわいい、ドレス似合ってんな!」

 

 スヴェン。あのさぁ。

 

「お前は向うへ行け、酒の匂いとアホが移る」

 

「ふん。お前は俺を誤解している。俺は賢く今月分の酒を飲み貯めしているのだ。キリッ」


「本当に賢い人たちに謝れ。そして酒を貯める前に、金を貯めろ」


「金はな、ブルーノ。愛すべきものに注ぐものよ。貯め込んだところで腐ってくぜぇ。あいつらは恐ろしい生き物だ。今日だって俺の財布の中から突然消えて……うゎーん」


 酔っぱらいの完全体。

 僕はお酒飲まないから予想だけど、スヴェンのこれって絡み酒だよね。

 飲むといつも僕とブルーノに近寄ってくるもの。

 でもブルーノもスヴェンと組むようになって、少し明るくなったな。

 あの時、あのままだったらきっと彼は壊れていたから……。

 

 !?

 

 なんだろう。

 おねぇちゃんが泊まっている刻の宿の方から尋常じゃない魔力の放出を感じる。

 何があった!?

 

「ブルーノ、刻の宿がおかしいっ! ちょっと行ってくる」


「姫! 単独行動はっ」


 ブルーノが言い終わるより早く、パーティドレスのまま駆け出していた。

 魔力を纏った上で、フィジカルブーストまで重ねる。


 足元に浮かびあがる魔法陣。魔力を込めれば光が満ちていく。

 一気に城門の上へ駆け上り、刻の宿を目指して満月の夜に翔び出した。

 急げ!


 おねえちゃんはおそらく、サトシ・ヤマモトと同じ渡り人で、伝承の御姫様だ。

 この国の事や、魔術についてあまりにも無知すぎる。

 ただ、確証はない。

 けど今日のおねえちゃんに不審な言動・行動があれば、あのブルーノは見逃さなかったはずだ。

 

「吹けよ風、我に翼を与えよ! ウィンドグライダー!」

 

 大地の楔から解き放たれ、背中を押される感触を得る。

 

 この魔力の放出がおねえちゃんの仕業で、エクシア王国に仇なすものだったら、僕はおねえちゃんを……。

 いや、スヴェン、彼の持つ野生の勘は下手な魔法使いよりも鋭い。

 どんな魔物も四六時中、気配を絶つのは不可能に近い。

 今日の道中、おねえちゃんが微量でも異様な気を発していたら、今夜は酒を一滴も飲まないはずだ。

 

 時計台の屋根に着地してすぐ、辺りに違和感がないかを全身で探る。

 刻の宿の窓際にはおねぇちゃん。

 歌を歌いながらスケッチブックに何か描いてる。

 魔力はそこから!? まさか本当に世界の深淵だったの?

 刻の宿を中心に妖精達が現出し、優しく発光しながら舞い踊っている。

 僕も光に包み込まれていく。なんて幻想的でで美しいんだ。

 

 僕の隣に毛づくろいしているカリバー君がいた。

 やぁ、おかえり。

 ドラゴンからほうほうの体で逃げ出してきたことを物語る毛並みですね。

 

 「ンニャー……」

 

 沁みるわ~、って?

 あぁ、かすかに聞こえてくるおねえちゃんの歌のこと?

 うん、そうだね。寂しくて辛いこともあるけど、頑張ろう、前を向こうって勇気をくれるね。

 疑ったことが恥ずかしくなってきた。

 

 あれ?

 今、手にポツポツッて。雨かな。

 空を見上げたら温かい筋が頬をつたった。

 うそ。僕、泣いてる。

 ヒック、ヒック。と、止まらない。なんで!?

 ベアトリスに叩かれた背中が温かくなってる。

 ブルーノ、いつも優しく気遣ってくれる。

 スヴェン、僕と本当の弟のように接してくれる。

 ランスロット、父さん、母さん。

 皆がくれる優しさが全身を満たしていく。

 僕は……僕は……。

 トリスタン!!

 

 「ギニャーッ」

 

 ブラボーだにゃー!

 おねえちゃんの歌声が止まった。

 はぁ。はぁ。何これ。体が、鼓動が。こんな魔術知らない。

 おねえちゃんの魔法なのか分からないけれど、リジェネレーションでは届かないところが癒えたきがする。

 面白いな、おねえちゃんは。

 おねえちゃんのこと、もっと知りたいよ。

 

 カリバー君の毛並みがツヤツヤに戻っている。

 満月を見上げ、嬉しそうなカリバー君をモフモフして僕の長い一日は終わった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る