閑話 あーちゃんの秘密 前編

 暗くて長い洞窟の先に、小さな眩しい光が見えた。出口だ。

 トリスタンはまだまだ元気に歩く。

 洞窟を出たらピザを食べよう、と疲れた僕の前に人参をぶら下げ、手をグングン引っ張って進んでくれる。

 こっそり自分で歩くのサボッてみたら、案の定バレちゃった。

 あはは、ごめん、ごめん。トマト水奢るからさ、出口まで引っ張ってくれよ。

 

 !!

 

 誰だ!? 僕の腕を掴むのは!

 後ろを振り返っても暗闇で何も見えない。でも僕の歩みを止める亡者の青白い手だけは見える。

 僕はカッとなって、腕ごと切ってやろうと腰の細剣レイピアに手をかけた。

 

 ……タノ?

 

 ……ボクヲ ワスレタノ?

 

 憎悪と呪いを身にまとった、亡霊……浮かび上がるその顔は、トリスタン!?

 ひるんでる隙に亡霊は僕にのしかかり、暗闇へ引きずり戻そうとする。

 

 忘れるわけないよ!! あぁ!!

 

 前を行くトリスタンの背中は既に小さく、光の中へ消えていく。

 僕の声はもう届かない。

 光は閉じ、亡霊と僕は闇の中に残された。

 

 お願い、どうか待っていて……、必ず行くから……。

 

 

 

 

 はっ!

 

 ……、またこの夢か……。

 最近見る回数が増えた気がする。なんだろう。野菜不足かな。

 服が汗でまとわりついて気持ち悪い。

 

 カリカリカリ。


 何? この音。

 あ、カリバー君。窓の外にカリバー君がいる。悪戯をして外に締め出された子供みたいに必死で窓を引っ掻いてる。

 どうしたの、外はまだ暗いのに。とりあえず中にお入り。

 

「ニャ」

 

 ありがとうだって。えっ?

 

「ミニャニャ、ニニャーー」


 二度寝しちった~、って?

 なぜかカリバー君の言っていることが理解できる。

 君、しゃべれたの?

 

「ニニャニャミミニャー」


 エクスカリバー?

 

「ニャニャ。ミニャ!」

 

 急げ? 鐘? ひょっとして朝の鐘!?

 まずいよっ! 時間がない! 二度寝しちゃダメでしょー!?


 寝間着のままでもいいから出発したいのに、こんな時でも格好には気を使わなくちゃいけない。

 御母様と御姉様がノリノリでデザインした、女の子用の冒険者服。

 侍女のベアトリスと手際よく着替えるが、流石の彼女もいつもより緊張しているみたいだ。

 

 胸が高まる。まさか僕が……。

 

『御使い現れ刻が動く。選ばれし者は剣を抜き国と、姫を護るだろう』

 

 建国より語り継がれてきた伝説。

 

 急いで着替えを終え部屋を出れば、既にランスロットが準備万端といった体で待ち構えていた。

 

「姫様。外で皆待機しております」


「わかった。ありがとうランス。行こう!」


 城の外に出ると、ブルーノが馬を引いて来た。

 僕の相棒ドゥン・スタリオンだ。彼も何かを察したのか、静かにそれでいて鋭い目で僕を見返してくる。

 スヴェンや他の騎士たちもまた既に騎乗しており、何時でも号令一つで出発できるようだ。

 

「朝の鐘までにアルカディア大湿原を目指す。皆遅れるなっ!」

 

 東の空がだんだん白んできていた。

 

 

 

 

 霊峰マクスウェルから流れてくると云われる大滝を遠くに望み、サトシ・ヤマモトが遺したエクスカリバーの眠る大岩にたどり着いた。

 まだ、鐘は鳴っていない。間に合ったようだ。

 この岩は大半が地に埋まっているらしく、地上には頭を出しているだけらしい。

 昔、どうしても抜けないので掘り出して持ち帰ろうとした商人がいたんだよ。

 

「ミニャニャ、ニャー」


 早く抜けって? 大岩の影から出て来たカリバー君が僕に言うのだけど、君いつの間に? というより、どうやって僕らより早く来たの?


「わかってるよ。早く抜きますよ」


「姫様?」


「あっ。ご、ごめん。独り言だよ」

 

 声が理解できるのは、僕だけのようだ。

 エクスカリバーに右手を伸ばす。

 実は昔、勝手に何度か抜きに来たことがあるのだけど、その時と同じでピクリともしない。


「今回もダメだったか……」

 

『コォーン、コォーン……、』

 

 魔力時計の鐘の音だ。その刹那、魔素の奔流がエクスカリバーから僕の内部にねじり込んで来た。

 

 

 

 

 

 白い。

 ここはどこ? 白すぎて床と壁と天井の境が分からない。

 僕は立ってるの? 倒れてるの? 昇ってるの? 落ちてるの?

 

 オイデヨー、コッチコッチー

 

 あぁ、そこにいたの。探したよ。

 さぁ、今度はおねえちゃんの番だよ。

 次はどこかな。

 あぁ、おねえちゃんと一緒は楽しいなぁ。

 あれ? おねえちゃん? おねえちゃん、どこ?

 

 コツン

 

 何かを蹴飛ばした。これは……サイコロ?

 

 

 

「……! ……さま!! 姫様っ!!」

 

 ランスロットの声にぼやけた頭が覚醒する。

 岩に倒れ込んだみたいだ。

 ぶつけたおでこがちょっとズキズキする。

 

「ランス、僕どのくらい気を失っていた?」


「数秒かと。お怪我は?」


「平気みたい。剣も抜けたよ」

 

 エクスカリバーの姿はどこにもない。

 でも大丈夫。何となくだけど、ここにある。扱える気がする。

 

「ニャニニ、ミニャニャニ」


 あの人、危ない?

 僕の頭の中に直接イメージが送り込まれてくる。さっきのも君の仕業?

 

「おーい、姫さん、本当に大丈夫か?」


「だ、大丈夫。え、あ、早く逃げて! 皆、姫君を探して!」

 

 姫君? それは貴方ですよね? といった顔を三人ともがするが、構っていられない。体中を魔力で覆い尽くして、無理やり走り出す。

 

「命の源なる魔の力を、我に与えよ! フィジカルブースト!」

 

 足元の魔法陣へ魔力を大量に流し込む。通常ではありえない速度で光が満ち、体が軽くなった。

 イメージにあった場所は微かに心当たりがある。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!」


 魔物の咆哮が響く。

 急げっ!

 全力で跳ぶように駆ける。



 いたっ!

 


 オークの手が震えて動けない獲物を今にも捕らえようとした。

 エクスカリバーが護れと僕を突き動かす。

 

「貴方の元に届けよ光……」

 

 右手に魔力が蓄えられる。

 

「我は誓う……」

 

 光り輝く剣が顕現する。

 

聖光の祝福ホーリーブレス!」

 

 剣の軌道のままに、強烈な光が一閃すると響くオークの絶叫。

 

「グガァオオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!!!」

 

 まだ、もう一匹。

 自然と呪文が口をつく。

 

「何人も侵す事能わず、何人も触れる事能わず、悠久の時を刻み、………………………其は」


真命捧ぐ聖域サンクチュアリ!!!!」


 結界が張られオークが弾かれる。


 ぐぁっ。

 魔力を根こそぎ持っていかれてしまって、体を覆う魔力がもう残ってない。

 気を抜けばエクスカリバーも消えそう。

 

 文字通りの地力で走り、片手を失い怒りに目を血走らせているオークを標的にする。

 

 ここからはもう体を流れに任せて動かすしかない。

 

 極度に神経を昂らせ、殺す為の最適解をなぞって行く。

 

 足の腱を切り裂き、傾ぐオークの体に合わせて頸へと剣を宛がう。

 

 緊張の糸が切れた時には、オークが地に背中をつけて動かなくなっていた。

 

 もう一匹は視界の端で逃げていくのが見える。

 逃げてくれて助かった。

 もうエクスカリバーを維持できそうにない。

 

 はぁ、はぁ、……終わった。

 

「遅くなって……、ごめんなさい。お怪我は……、ありませんか?」

 

 アワワッ。いきなり抱きつかれたっ! ちょま、ち、近い!

 ん? ……震えてる?

 そうだよね、怖かったよね。かわいそうに。

 

「………………、もう、大丈夫ですよ」

 


 サトシ・ヤマモトが残した伝承通りなら、僕が助けたこの人はお姫様ということになるんだけど……僕たち前にどこかで会ったことあるよね?。

 なに!? このナンパの上等文句!

 でもたしかに可愛い。僕って意外とミーハーだったんだなぁ。

 

 待って。

 

 さっき僕、オークを殺るとき「お姫様(仮)」の前で何て呪文唱えてた?

 

『我は誓う、何人も触れる事能わず……』

 

 ま、まさかこれ

 

『真命捧ぐ聖域!!!!』

 

 サトシ・ヤマモトォォォーーーーーーッ!!!

 僕の顔中の血が沸騰した。

 

 ……そうだ、荷物。荷物拾って移動しよ。危ないから、ここ、うん。

 あ、これはスケッチブックですか?

 絵をたしなむんですね。僕も絵は好きなんですよ。一体どんな絵を?

 

 「ダッ、ダメェッ。世界の深淵を覗いてはダメェッ……」

 

 この衝撃をきっかけに僕は魔力も体力も切れて、一回意識を手放した。

 

 

 

 

 

 目覚めると「お姫様(仮)」は「エクシア・スコールズ」と名乗り、僕は彼女をおねえちゃんと呼ぶことになった。

 100%照れくさいんだけど、そう呼ぶのが正解だと確信に似たものが自分の中に溢れて仕方がないからだ。

 それにおねえちゃんと呼ばれた彼女があまりに嬉しそうで。

 

 建国記念日にサトシ・ヤマモトの伝承が真実となり、僕の国と同じ名前の異国の服をまとった女の子と出会う。

 これは偶然じゃないだろう。

 

 スヴェンもいろいろ勘付いているな。面白そうにニヤニヤしてる。

 これからが大変なんだゾ!?

 おねえちゃんの市民登録とか、手続き根回し諸々!

 ふん。おねえちゃんは僕を女の子だと思ってるみたいだから、スヴェンのご期待には沿えないさ。残念だったね。

 そりゃこんな格好をしてればね。

 まぁ、僕だって15歳だし、いろいろ期待しないこともないけど。

 

 

 ……僕ヲ ワスレタノ?

 ……許サレナイヨ。

 

 

 トリス……忘れないさ。一日たりとも。

 僕は拳を強く握り、下を向いて唇を噛んだ。

 

 これは僕が背負った業の一つ。

 他人を犠牲にして生きている、名もない着せ替え人形。

 僕が生きて行くための代償なら、支払わなければならない。


 そう。


 僕の母はエルフのハーフ、エレミア・ペンドラゴン・エクシア。

 父はエクシア王国現国王ユーサー・ペンドラゴン・エクシア。

 そしてこの僕は、エクシア王国ただ一人の王太子だったのだから。

 

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