春うららかに・11


 村をあげての大捜索になった。

 だが、少女は見つからなかった。

 ヴィラとヴァイオラは、憔悴しきって、祈るばかり。

 遅い朝食も、誰も手を付けない有様。

「もしかしたら、カイトの馬車に乗り込んでいるのかも?」

「もし、そうだとしたら、カイトが気がついて連れ帰ってくれるわ」

 エリザの言葉に、ヴィラが取り乱した。

「リューマ族なんか信じられない! あの子のお守りを任せたのが間違いだったのよ!」

「よせ! ヴィラ!」

 エオルが怒ったので、ヴィラは泣き崩れてしまった。

 ヴィラが知っているリューマ族は、必ずしも善人ばかりではなかった。エリザ同様、彼女もリューマ族に対して、多少の差別を持っていた。

 そのような中、サリサはぼうっとして、食卓にある蝋燭の火を見つめていた。

「とにかく……。カイトに連絡をとってみないと。サリサ、どうすればいいだろう?」

 エオルの言葉に、サリサは反応しなかった。

「サリサ?」

 サリサの目に生気がないことに、エリザは気がついた。

 エオルがふとさわると、サリサはそのまま椅子の上からひっくり返ってしまった。

「きゃあああ!」

 悲鳴を上げたのは、ヴァイオラである。

 このような力を使うムテ人を知らないのだろう。彼女が神官に会ったのは、幼い頃の祈りの儀式の時だけなのだから。

 エリザは、急いでサリサを助け起こした。だが、体が冷たい。

「サリサ! サリサ!」

 必死に呼んでも返事はない。体は硬直して、まるで死んだようである。

「一体どうしたんだ?」

 エオルがあわてて立ち上がった。

「お兄さん! 急いでお湯を沸かして! お願い」

 悲鳴のような声で、エリザは叫んだ。

「何が起きているんだ!」

「光の目よ!」

 エリザは泣き叫んだ。

「ひかりのめ?」

「いいから早くお湯をお願い! 早く温めないと!」


 光の目――。

 それは、おそらく最高神官にしかできないわざ。しかも、ムテの中とはいえ、このように霊山から離れたところでは、かなり厳しい業。

 光に気を移すことで、照らし出された過去・今起ころうとしていることを、遠くから見ることができる。

 以前、サリサはジュエルを探すために、この業を使った。そして、かなり長い間、仮死状態に陥ったのだった。

 その時でさえ、ムテの薬師であるシンの協力があってこそ、無事、自分に戻ってくることができたというのに。

 どうしても子供が見つからないと感じて、最後の手段を使ったのだろう。


 ――どうして? どうしてそんなことをするの!


「サリサ! サリサ!」

 エリザは、サリサの手を握りながら、何度も何度も名前を呼んだ。ぽろぽろ涙がこぼれた。

 帰る場所を見誤ったら、このまま死んでしまう。

 エリザは、サリサを永遠に失ってしまう。

 せっかく、ここまで来たのに、何もかもが終わる。

 何が何だかわかっていないエオルだったが、エリザの言う通り、薬湯の湯たんぽを作ってくれた。


 ところが……。


 突然、ぱちっとサリサが目を開けた。

 無事、戻ってきたのだ。

「ああ、サリ……」

 ところが、サリサのほうは、エリザを安堵させる間もなく立ち上がり、新たな湯たんぽを抱えているエオルに向かって言い出した。

「栃の村との境の川です。急ぎましょう!」

「え?」

 エオルは、湯たんぽを抱えたまま、おかしな声を上げた。

 当たり前だろう。今まで死にかけていた人が起き出して、急に奇妙な提案をするのだから。

「ランです。あの子を見つけました。急がないと……」

 ヴィラとヴァイオラは、手を取り合った。だが、エオルは半信半疑だった。

「急ぐって……でも、そんな遠くまでどうやって……」

 サリサは、エリザが掛けてくれた長衣をとって羽織り、ついでにエオルの腕から湯たんぽを取り上げた。

「待って! サリサ!」

 エリザは、床に座り込んだまま叫んだ。

「サリサは行かないで! ちゃんと休んで回復しないと」

 

 ――いったい、どれくらいの寿命を費やしたの?

 絶対、行かせない! これ以上、無理をさせたら……。


 サリサは、一瞬立ち止まった。

「大丈夫です。すぐ、戻ってきますから」

 すっと口づけ……。

 もう唇に温かさが戻っている。三日は寝込むほどの力を使ったはずなのに。

 エリザは、硬直した。

 大きな目を見開いて、ボロボロ泣きながら、サリサを見つめた。

 目が合った。だが、エリザとは対象的に、サリサは目を細めた。

「心配しないで」

 柔らかな微笑み。

 それは、明らかに最高神官の顔。瞳。そして……髪。 

 サリサは銀の髪を翻すと、そのままエオルと出て行ってしまった。


 エリザは、その場に座り込んだままだった。

 大きな目を見開いて、ボロボロ涙を流しながら……。

「エリザ、大丈夫?」

 ヴィラがエリザを助け起こした。だが、エリザは返事すらできなかった。

「信じて待ちましょう。不安だけど……」

「……し……う……」

 ヴィラとヴァイオラに支えられ、エリザは椅子に座らされた。

 が、声がでない。体も動かない。


 ――信じて待てるわけ、ないじゃない!


 ただ、ボロボロと泣くだけしかない。

 サリサは、ほんの一瞬の口づけとともに、強力な暗示でエリザを押さえつけたのだ。

 ヴィラやヴァイオラ、エオルの前で、ヒステリックに騒がないように。

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