第29話

 十二月七日は雨季らしい大雨が降ったが、構わず銃殺刑が執行された植民地軍のフロックコートにケピ帽、蝶ネクタイを結び雨よけのインヴァネス・コートを着込んだフランソアが剣を手に立った。六人の銃殺隊が国産の後装式エルフィーゼ・ライフルを手に死刑囚を待っていた。

 腕を失ったエラン大尉と大怪我を負ったコラードン大佐が最初だった。それぞれ傷が壊疽を起こしていたので死ぬのは時間の問題であり、二人艫は意識が混濁しているらしく、フランソアに気づいていないようだった。エラン大尉は柱に縛りつけられ、立つこともできないコラードン大尉は椅子に縛りつけられた。

 フランソアが銃殺隊に告げた。

「ガフガリオン派の残党が殺された死刑囚を替え玉だという噂を流して、世間を混乱させる可能性があるため、銃殺された囚人の写真を撮ることになった。よって顔は絶対に撃つな」

 銃殺隊はそれぞれ三人ずつ死刑囚の胸を狙った。

 フランソアは叫んだ。

「控え銃!」

「構え銃!」

「射撃用意!」

「撃て!」

 弾が銃弾に命中すると、フランソアは作法どおりトドメとしてこめかみに一発ずつ撃ち込んだ。エラン大尉のこめかみを撃ち抜くときは奇妙なものだとつくづく思った。この大尉がタバチェンゴの守備隊詰め所にガフガリオン将軍の絵を貼ってフランソアを困らせたのが、昨日の出来事のように思えた。

 その後も銃殺は続いた。あきらめるものも、泣き崩れるものも、口汚くののしるものも、軍隊が編み出した死の呪文「控え銃!」「構え銃!」「射撃用意!」「撃て!」の前に斃れていった。死体は一輪の台車に乗せられて、要塞の端にある空き地の穴に二、三人ごとに埋めて行くことになった。

最後のデ・ノア大佐が現われた。白いシャツとズボン姿で最後の一服で葉巻を思う存分堪能すると、目隠しも神父の告解も嫌そうな顔をして追い払った。

 滝のように降ってくる雨のなかに歩み出た途端葉巻の火が消えた。それでも構わず、葉巻をかみ続けた大佐は銃殺隊を指揮するフランソアに向けて、皮肉を愉しむような顔を見せた。

「評判の翡翠の鎚じゃなくて残念だな」デ・ノア大佐は葉巻を放り捨てると、シャツのボタンを引きちぎって青くたるんだ胴を見せて、ここにぶち込め!と叫んだ。

 フランソアは叫んだ。

「控え銃!」

「構え銃!」

「射撃用意!」

「撃て!」

 むき出しの青白く脹らんだ胴体に六つの穴が開いた。ミニエ銃の弾はいつもそうだが、傷口が派手に開く。このときも傷がポインセチアのように開いていた。まるで六つの穴が開いた葡萄酒の樽のように血を流し横になったデ・ノア大佐のこめかみにリヴォルヴァーの銃口を当てた。そのとき、大佐の目がフランソアの目を捉えた。脂肪にうずくまった弾丸が心臓に届かなかったのだ。

「終りですよ、大佐殿」

 引き金を引くと、大佐の耳のすぐ上に穴が開き、そこからまた粘っこい赤ワインのような血が噴き出した。

 思えば、美しい妖精が全てを狂わせたのかもしれません。

 裁判の後、法務大佐に、どうしたらお前のような人間が現われるのだ?と問われたとき、フランソアはそう答えた。妖精が見つからなければ、タバークル准尉があんな死に方をせずに済んだし、タバークル准尉が死ななければ、フランソアが処刑を始めることもなかった。そうなれば、今ごろはフランソアとジェスタスとタバークルでセント・アリシアとタバチェンゴを往復する退屈な日々を送り、郵便物がやってくるたびに自分をヨーロッパに帰してくれる手紙はないものかと探し続けていただろう。

 美しく無垢な存在に私欲にまみれた人間が手をつけた。そして、その結果大勢の人間が破滅に追い込まれる。

 寓話の出来としては悪くないな。

 フランソアはそう思いながら、もう一度、二度と生き返ることのないように大佐のこめかみに弾を撃ち込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る