第28話

 ピエーテルバルクはシャンガレオン将軍の軍政下に置かれたが、住民に不満はなかった。正規軍の軍紀は厳しかったし、何より本国から給料をもらっていたので、軍税という名の理不尽な強奪を行わないことで大農園主や工場所有者の好感を得た。シャンガレオン将軍を英雄として迎え入れたい社交界と裏腹にシャンガレオン将軍は仕事の山に追われていた。軍政というのは全ての政治的決裁を軍が行うことになるので、師団司令部の設置決めから小学校教員の雇用書類にまで目を通し、サインをしなければいけなかった。

 それに何よりも優先すべき仕事があった。

 デ・ノア以下彼の部下として反乱に加担したものたちへの処遇である。ノヴァ・アルカディアの全住民がその結果に注目した。

 大佐一人と少佐二人の法務士官からなる軍法会議が全てを決めることになった。会議は非公開であり、そして結果はすでに決まっていた。デ・ノア旅団長大佐は階級ならびに全勲功章剥奪の末、銃殺刑。富くじ売りの屋台がクッションになって死に損なったパウル・コラーデン大佐も階級ならびに全勲功章剥奪の末、銃殺刑。その他、事前にクーデター計画を知らずともデ・ノア大佐に従って部下を動かした大隊長や中隊長なども銃殺刑が決まった。

『パトリア』紙の社主であり志願民兵隊司令官で名誉大佐であったパトリク・フレイカ氏も起訴された。パトリク・フレイカは民兵志願は会社を守るためだったと主張したが、軍服も着ず、命令もなく、『リベラル』紙社員を始めとする多くの人間を殺害したことは殺人以外の何物でもないと一蹴され殺人罪により裁かれ、絞首刑が決まった。

 セント・アリシアを守備していたマルク大佐らも軍法会議により死刑判決を受け、のちに恩赦により終身刑(五年後に出所)。

 旅団兵やガフガリオン派民兵たちも即決裁判で裁かれた。略奪、強姦、殺人、器物破壊のとがで刑務所の壁を背に銃殺隊の銃声が響き続けた。

 十二月三日。討伐軍の到来とデ・ノアの恐怖政治の終焉からちょうど一ヶ月が経過して、フランソアはついに軍法会議にかけられた。ピエーテルバルクの北端にある小さな要塞の味もそっけもない部屋で白に塗った丸い部屋に大統領の絵画がかけてあった。痩せて不眠症を患っていそうな目をした法務大佐とその両脇を固めるのは左側は熊のようにずんぐりと大きな法務少佐でその固そうな顎を鬚で覆っていた。右にいたのは鬚をきれいにそり落としている四十代の法務少佐でときどき痰の絡んだ咳をした。外は雨でそれにこの地方の暑さが加わるから部屋のなかは不健康な蒸し暑さに見舞われる。三人ともなるべくはやく裁判に決着をつけて本国に帰りたいと思ったのだろう。 フランソアの裁判はデ・レオン大尉とともに行われることになった。

 こりゃいよいよ銃殺だな。フランソアはそう思った。

 大佐が名前を読み上げた。「フランソア・デ・ボア大尉、ならびにエルデナン・デ・レオン大尉。地獄旅団司令部付き処刑士官。間違いないか?」

「間違いありません、閣下」フランソアは答えた。

「右に同じくであります、閣下」デ・レオン大尉も答えた。

「今回の謀議について事前に知っていたかね?」

「いいえ、閣下。小官たちの任務は処刑であります。処刑人に反乱の謀議を伝えたところで何ら効果は望めないのですから、デ・ノア大佐は伝える意図はなかったと思います」

「しかし、きみはもしデ・ボア元旅団長大佐がここで総督を捕らえ、処刑せよと命じられれば処刑するのだな?」

「はい。ご命令があり次第そのように致します」

「付け加えますと――」デ・レオン大尉は言った。「もし、シャンガレオン将軍からあなたがたの処刑を命じられれば、やはり刑を執行するでしょう。まだ我々は正式に軍から除隊されたという事実も知らされておりませんし、また異動の辞令も受け取っていないのですから処刑士官という身分もそのままです。よって、現在、我々は軍の定めるところ、軍政の長であるシャンガレオン将軍から命ぜられた任務を遂行する義務を負います」

 寝不足大佐がじろりとデ・レオン大尉を見て、フランソアを見た。「きみも同意見かね?」

「左様でございます。閣下」

「きみたちは自分に罪はないというのかね?」

「閣下、我々は処刑士官であります。処刑士官は自らを正義と悪、罪と罰のなかに身をおかず、常に己の本分である処刑のみに専心するのがその存在理由なのであります」フランソアはそう言った後でこうも付け加えた。「しかし、この考え方が理解されるとは思っていません。おそらく多くの民衆や兵士たち、それにかつての地獄旅団の僚官たちは小官とデ・レオン大尉が処刑されることを当然のことと考えているのは間違いないと思うのであります」

 大佐は、ふーっ、と息を吹くと目頭をこすりながら忌憚のない意見を述べた。「わしの意見も同じだ。きみたち二人を是非とも処刑したい。それは殺されたものへの哀悼や復讐というよりはきみたち二人が身に帯びている薄気味悪さから来る感情的な嫌悪と判断だ。だが、わしは法務大佐だから、そのような感情で被告を裁くことは許されん。それはこれまでわしがしてきたことに泥を塗ることだ。率直に言おう。わしとユリエルス少佐とメッケンゼン少佐は何日もきみたち二人の行動を審査してきた。だが、あれだけ殺しておきながら、きみたち二人を銃殺刑にすることは不可能だと法律は言っているのだ。デ・ノア大佐は大勢の処刑にサインをしてきたが、実際に手にかけた数はきみたち二人に比べれば、微々たるものだ。だが、不可能なのだ。きみたち二人が謀議を事前に知らなかったことは明らかだし、蜂起後に政府軍を攻撃するよう部下に命じてもいない。隙がないのだ。もし従卒に石ころ一つでも政府軍に投げつけさせれば、上官の命令に従っただけだという言い訳なんぞ通用しないという判例を残せるのに、お前たち二人はまるで人の血が通っていないかのように存在している。利益を得るわけでもなく、不当に脅かされていたわけでもなく、ただ純粋に一切の打算無しに命令どおり処刑をしていった。それがわしらの悩みの種なのだ。感情と勘はお前たちを殺せといっている。だが、法律はこういっている。もし、こいつら二人を銃殺刑にしたら、軍は以後、上官の命令で敵を殺した兵士全員を銃殺刑にせねばならんとな」

 大佐は両脇の少佐をちらりちらりと見やると、「両人の訴追は棄却する」とだけ言った。「二人のうちで先任士官はどっちだ?」

「地獄旅団でしたらわたしです」デ・レオン大尉が言った。

「植民地勤務でしたら小官であります」フランソアが言った。

 大佐は、よし、と手をこすりながら言った。「植民地勤務、お前さんがやるんだ」

「何をですか?」

「処刑だよ」

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