第12話

 メイベルラント領北アフリカはアルジェリアとチュニジアに挟まれた小さな植民地だった。港湾都市ボルならば、まだ住めるが、それより内陸のエジージャやガリといった城塞都市を中心とする地域になると、旅行の安全は期待できなかった。砂漠や暑さ、喉の渇きに加えて、不帰順部族のアラビア人たちがいたのだ。メイベルラントの商人が隊商を組んで更紗を買いに行くと、突如現われて通行税を取っていく、盗賊まがいの部族から、一つの都市丸ごとが不帰順の態度を取っている部族まで様々な不帰順部族がいる。これは隣の仏領アルジェリアでもそうだったが、この不帰順部族をどうやって征服するかが、植民地総督府の課題になっていた。

 不帰順部族はゲリラ戦を仕掛けてくる。ゲリラはひとたび現われて暴れるだけ暴れると鎮圧部隊がやってくる前にあちこちに散り、武器を隠して、民間人の服装で非ゲリラ民間人に紛れてしまうのだ。

 メイベルラント政府は総督府に命じて、ゲリラ問題の収拾をつけろと命じてきた。これまで総督府も指をくわえてみていたわけではなく、ゲリラを探して鎮圧部隊をあちこちに派遣していたし、それに加えて、公営市場も開いていた。総督府が品質を保証する市場を僻地において開き、ゲリラをするよりも額に汗して働いて作物を公営市場で売ったほうが儲かるし、命を危険に晒さずにすむ。そう教え諭そうとした公営市場戦術は半分目的を達成した。ゲリラは確かに彼らの家族が作った作物を公営市場に売ったのだ。そして、残りの半分は大失敗だった。公営市場の売り上げ金をボルの総督府に運ぶ途中でゲリラに襲われて、全額奪われてしまった。

 穏健派の鎮撫策がものの見事にコケにされたことで総督府は別の道を取ることにした。

 その結果、シャルロ・デ・ノア大佐と彼の地獄部隊が生み出された。デ・ノア大佐は陸軍省の記録によれば、粗暴で残虐志向あり、上官への反抗、公共の場での暴言、借金の踏み倒し、部下への過剰な制裁等で何度も査問を受けたことのある軍人だった。彼が軍をやめさせられないのは一重にその勇敢さだった。四八年の革命の際、嵐のように弾丸を降らせる市庁舎目がけて先頭を切って突進したのは彼だったし、その二年前のガフガリオン将軍とフランス軍との睨み合いにも彼は参加していた。

 そして、このデ・ノア大佐が北アフリカに放たれるや大活躍した。彼は勝利の秘訣を知っていた。まず、アラビア人の村に行き、家を壊し、家畜を殺し、畑を焼き、井戸に毒を放り込む。そうやっていくつかの村を潰して、ゲリラがその地域から物資や支援を得られないようにする。そうやって物心両面でゲリラを追いつめて、食料もろくに得られず、水場は全て地獄部隊が駐留しているなか、ゲリラは一人また一人と脱落していくのだ。

 こうして一地方を不帰順部族から〈解放〉した功績で彼には勲章が贈られた。初めてもらった勲章をぶら下げてみると、勲章というのはとても軽く、また一個か二個つけるだけならみすぼらしいから付けないほうがいいくらいだと思った。彼はでっぷり太っていたから、胸をいっぱい飾るには人よりも多くの勲章を集めなければいけなかった。もっと勲章を集めるには効率のいいゲリラ殲滅法を考えなければいけない。そこで彼はゲリラが潜伏していると見られる村に襲いかかり、老若男女を問わず洞窟に閉じ込めると入口で火を焚いた。これにより洞窟の空気は吸いだされ、なかの人間はみな窒息死した。これは素晴らしい戦術だった。村をいくつも潰して追いつめるよりもずっと短い時間でゲリラを退治できる。おまけに死人の持ち物も拾うことができた。アラビア人は金の首飾りや美しい装飾を施した銀の短剣を持っているから、これをヨーロッパに持ち帰れば、いい金になるだろう。

 それに比べると洞窟の入口を爆破して生き埋めにしたのはよくない手だった。入口が大きすぎるからいくら火を焚いても洞窟の奥のほうへと空気が流れ込むものだから、デ・ノア大佐はすっかり頭にきて、洞窟を吹っ飛ばしたのだ。そのせいで死体から物を拾えなくなってしまった。

 洞窟で数十人のアラビア人たちが空気を求めて悶え死ぬたびに彼の胸を飾る勲章が一つまた一つと増えていった。勲章の数を数えれば彼が不帰順部族のアラビア人を何人殺したかが分かった。彼の部下も彼と似たりよったりの連中で元死刑囚やはぐれものの一匹狼のアラビア人、金がもらえるのなら電気ウナギを素手で捕まえることだって厭わない無鉄砲な男たちだった。

「わしがシャルロ・デ・ノア大佐だ」部隊結成時、彼は言った。「わしの訓示を神の言葉だと思え、わしの部隊にいる以上、わしに従え。できぬものは銃殺だ。これから、わしらは人を殺す。女を殺せば、子どもも殺すし、赤ん坊も殺す。家畜はみな焼き殺す。わしの望みはただ一つ、お前らがわしの命令に従って、政府に帰順しないアラビア人たちに地獄を見せてやることだ」

 デ・ノア大佐はこれら人間のクズから地獄部隊を作り上げるにあたって、厳しい訓練を課し、ついていけないものにはステッキによるめちゃくちゃな殴打が待っていた。大佐はこうして部隊を作っていったのだが、さらに士官の人選は自分に任せることと次のような軍服を作ることを条件としていた。その軍服というのが、プロイセンの近衛連隊にヒントを得たものでまず大佐、士官、騎兵の上着は黒一色のドルマン式、帽子は丈が低くつばがソンブレロのように広いグレーのフェルト帽か黒のトルコ帽。トルコ帽にはドクロのマークを入れること。シャツとズボンは白を使うが、飾り帯は必ず黒いものとする。歩兵はみな黒いズアーヴ式の上着を着るがズボンは白とする。歩兵のかぶりものもドクロのトルコ帽を使うことにする。

 デ・ノア大佐は軍服への要請の細かさから伺えるように実に想像力豊かな人物だった。不帰順部落から村長以下十人を人質に取り、もしゲリラが攻撃してきたら人質は全員銃殺にするという人質行軍戦術を思いついたのが彼ならば、死体の歯を引っこ抜き、それを砕いて粉にして、床磨き粉といってバザールで売ることを考えついたのも彼だった。

 北アフリカの内陸は元々、家柄や大義よりも恐怖と力による支配が何世紀と続いた地方だったので、いくつかの不帰順部族はデ・ノア大佐の悪名の前に戦わずして膝を屈した。そんなことは今まで一度もなかったことであり、政府はそれを不帰順部族の文明化と判断し大変評価したが、デ・ノア大佐には困る話だった。降伏されては困る。殺さないと勲章がもらえないのだ。いや、降伏でも勲章はもらえることはもらえる。だが、降伏でもらった勲章と皆殺しでもらった勲章は全く同じ勲章でも勲章同士でぶつけたときの音が違う。降伏でもらった勲章の音はだらしない、鼻つまみものの、しけた寝ぼけ面を連想させる。それに対し、皆殺しでもらった勲章の音は勇敢で、男らしい、竜を退治する聖ジェルジェの姿を想起させる。

 ――政府はこんな男をノヴァ・アルカディアに派遣しようと考えたのだ。そもそも軟弱な要塞勤務の連中に苛酷な遠征を任せたのが間違いだった。この土地に必要なのはシャルロ・デ・ノア大佐のような果断に富む人物なのだという意見が現われた。十年前は借金で首がまわらず素行の悪さのせいで軍から追い出されそうになった男が今ではメイベルラント共和国の威信を一人で担おうとしている。

「お引き受けできかねますな」デ・ノア大佐はノヴァ・アルカディア遠征軍の司令官の任を与えに着た陸軍省の役人相手にそう言った。

「それはどういった理由からで」役人はひどく動揺した。

「わしの麾下の部隊の立場の曖昧さからです。わしの部隊はご存じのとおり『地獄部隊』と呼ばれてきました。しかし、これは不完全な言い方です。部隊とは小隊なのか、中隊なのか、大隊なのか? 北アフリカ戦役ではなんといってもお国の危機でしたから、この問題を据え置いて任に励みましたが、こうしてヨーロッパに帰って落ち着いてみると、やはり確固たる立場を部下たちに与えなければ、その忠誠に応えたことにはならない、そう感じるわけです」デ・ノア大佐はいけしゃあしゃあと言ってのけた。

「では地獄連隊と名乗りたいということですか?」

「それなんですが――」デ・ノア大佐は葉巻を吹かしながら言った。「地獄師団と名乗りたいんですな」

 陸軍省の役人の顔が一瞬で蒼ざめた。師団を率いるのは師団長であり、メイベルラント陸軍規範によれば、師団長職は陸軍少将が拝命する、とある。つまり、デ・ノア大佐は自分を将軍に取り立てろといってきているのである。こんな話が通るわけがない。これまでデ・ノア大佐を評価してきた将軍連も手のひらを返して、デ・ノア大佐をこき下ろすに違いない。デ・ノア大佐の乱暴狼藉が許されたのは彼が大佐であり、将軍よりも低い佐官の次元にいたから許されたのである。その乱暴狼藉男が自分たちと同じ将官職を拝命したら? これは何としても防がなければいけない。でなければ、元帥から陸軍准将まで、この男がこれまでやらかした汚名とこれからやらかす汚名の両方を分かち合うことになるのだ。

 こうして、陸軍省の事務官僚とデ・ノア大佐ののっぴきならない交渉が始まった。事務官僚がフランスの半旅団というものを持ち出し、一個連隊と二個大隊からなる部隊を勧めてきたが、デ・ノア大佐はあくまでも、師団にこだわった。事務官僚は旅団なら通るかも知れないと持ち出すと、では自分は准将になれるのかとたずねると、それは陸軍省の人事局に持ち込まないと確約はできないとはぐらかす。そして、デ・ノア大佐は交渉ばかりで事態が遅々として進まないことに怒り、「やはり、わしはお引き受けできかねますな。所詮は老いぼれ。使い捨てられるのが落ちだった」といって立ち去ろうとするのを陸軍省の役人が袖にすがって交渉を打ち切らないでくれと頼む始末だった。

 この経過を見て、ついに陸軍省のトップ、陸軍大臣のジェルジェ・ガフガリオン将軍が動き出した。デ・ノア大佐は将軍の別荘へ呼ばれてそこで気のおけない会話をし、そして、ノヴァ・アルカディア遠征軍派遣問題について話し合った。

 二人は会談の詳しい内容は話さなかったが、結果として地獄部隊は二個歩兵連隊を中核とする〈地獄旅団〉に名称を変更し、デ・ノア大佐はこれまでどおり大佐だが、特別に旅団を指揮することのできる〈旅団長大佐〉という独特の地位を手に入れた。報償に関しては准将と同等である。

「ガフガリオン将軍のような真に国を愛する方がわざわざ、わしのようなもののために時間を割いてくれたのですからな。引き受けんわけにはいかんのですよ」

 デ・ノア大佐はそう嘯いて葉巻をくゆらせ愛国者たちを沸かせたが、その翌日には鳥籠をいくつも買い、遠征に同行させるために妖精の捕獲と育成の専門家をちゃっかり雇っていた。

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