第28話 全員集合

 俺と安永は屋敷を背に、真島の後ろについて構えながら、取り囲んで剣や槍を突き出している男たちをを注視する。


 背広、和装、もっとラフな格好をしている者、剣や槍、木刀を持つ者、年齢も二十代辺りから白髪の老人までと幅が広いが、俺たちより年上で力溢れて強そうという所は全員共通している。

 俺たちのそばで息巻いている奴らは「魅了チャーム」の魔法で操られた者たちだ。前の安永や武蔵のように、この世じゃない別の世界に焦点の合った目をしている。

 その後ろで、魔物の記憶を持っていて真島の母さんに賛同していると思われる人々が俺たちを伺っていた。


 真島は自分から眼前の一人に斬りかかった。


 刀を受け止められてもそのまま押しこみ、相手が仰け反ってバランスが崩れたところを素早く刀の持ち方を変え、刃のない峰の部分で相手の肩を叩く。

 そして、肩を砕かれた相手がよろめいたところを、俺が白く輝く刀で斬る。

 血は出ないが、俺に斬られた奴は、熱っぽくぼんやりとしていた目の焦点が現世で結んで我にかえり、へなへなと尻もちをついた。

 やはりこの刀は魔法を解く力がある。


 それを皮切りに、操られた奴らが次々と飛びかかってきた。


 真島が俺たちの前に立ち塞がる。


 思わず「真島!」と叫んだが、真島は冷静だった。

 落ち着いた様子で振り下ろされる刃を次々に受け止め、払い、峰で打ち込み、足で蹴り柄でつき、隙だらけになった敵を作る。

 俺はそいつらに片っ端から俺の刀を浴びせ、「ここはどこ? 私は何してた?」状態の腑抜けに戻していった。


 問題はやはり安永だ。

 魔法を解かれてぼんやりしている敵の武器を奪うのはよかった。

 刀を構えるのもサマにはなっている。

 だが、かなりテンパっていて襲われそうになるとワアワア喚くので、場慣れしていない素人感丸出しだ。


 最初は大声で相手をビビらせることができたが、すぐにいいカモだと狙われまくっている。

 それをなんとか避けて回っているのは大したもんだ。

 いつも部活で鍛え、デスメサをやり慣れているからだろう。


 でも、気がつくと自分から敵の中に突っ込んで行くようになり、傍で守っている俺としてはやりにくいことこの上ない。

 出すぎれば安永のベルトを掴んで手元に引き寄せたり、間一髪突かれそうになった木刀を斬り捨てたりだ。

 その間に、真島が潰した敵を袈裟斬りにして解呪しなければならないので、俺はかなり忙しかった。


「安永! 頼むから俺から前に出ないでくれ!」


「無理無理! お前動くし!」


「落ち着いて、周りを見てくれ。自分から行かなくていいんだから。バッターボックスに立ったつもりで、来た球を打ち返すだけだ!」


「わ、わかった。ヒットエンドランだな」


「それを言うならヒットアンドアウェイ!」


 安永はかなり浮き足立っていたとみえて、真顔でお約束の間違いネタを出してくる。


 ついに、魔法で操作されていない、自分の意思で戦意をかきたてている敵が、真島の間合いに入ってきた。


 真島の息は軽く乱れていたが、臆することなく魔物の殺気をばらまくそれらと対峙する。


 その人垣の奥に真島の母親が現れた。

 和装のまま、鞘に収まった刀を片手に薄笑いを浮かべる顔は、人間の軛を外した魔物のものだ。


「魔王様はまだ目覚めたばかりなのね。力が赤子のようだわ」


 真島が反応したが、間の敵が立ち塞がる。

 幹部クラスの彼らは体も大きく、真島の剣さばきにも対応して押し返してしまう。

 それでも真島は前から横からくる斬撃をなんとか受け流し、その場にとどまり退かない。


 その踏ん張る真島の陰から俺は飛び出した。


 近くの男が気づくが、その振りを交わして走った。

 俺が真島の母さんに一太刀浴びせれられれば、この闘いは終わるはずなのだ。


「あなたは厄介だわ」


 魔物の女は刀を抜いた。

 その前にまた幹部の男が出てくる。


「このやろう!」


 投げられた刀が男の肩に刺さった。安永だ。


「ナイス! 安永!」


 うずくまる男を踏み台にして躍りあがった俺は、思いっきり白い刀を振りかぶった。

 女の記憶を頭から真っ二つにするために!


 渾身の撃ち込みは上段で受けられた。

 だが刀は折った。

 破砕した刃の瞬きから襲来する俺の切っ先を女は見切って交わす。

 追撃へと斜上に構えた時、横から何かに吹っ飛ばされた。

 痛みに耐えながら空中で確認──女の後ろから魔物の尻尾が出ている。

 ヴァンパイアサイレンの黒い鞭のような細い尾っぽ。これで払ったのだ。


 俺は真島の近くまではたかれたが、体を回転させなんとか足から着地した。


 女は他の部位も変わり始めてきた。着物が破れ、出てきた体は黒光りする魔物のそれ。

 体は膨れ上がり、象のように大きくなった背中から皮膜の翼が立ちあがり、手の爪が剣のように伸びていく。


「いてぇ……うう」


 後ろで安永が呻いた。頭を抱えている。俺が正気に戻したはずの連中も身をよじり苦しむ。ヴァンパイアサイレンが再び「魅了」を使い始めたようだ。


「安永! 好きなモノのこと考えて」


「ううう、デスメサァ……」


 俺は真空刃を三、四個飛ばす。

 そしてとっておきのやつのために刀に念を込める──光り輝きを増す刀身、それにたっぷり聖属性の魔力を含ませて思いっきり縦振りした。


 放たれた閃光が地上を走る。

 さしずめ「聖光刃」とでも言おうか。

 銀輝の弧線は、本性を露わにしていくヴァンパイアサイレンに襲いかかった。


 ヴァンパイアサイレンは爪ではじいた。爪が何本か折れて血潮が舞う──赤い血だ。


 ウオオオオオーーー!


 やつの咆哮が風となって浴びせられた。

 同時に不気味な波動が空間に拡散する。

 その圧が頭の中にまで充満する。


 精神攻撃「錯乱」──生き物の自我を破壊する、ジェイルがいる時にも放たれた技だ。


「俺の後ろに来て!」


 剣を突き出し聖なる魔法の盾を張る。

 日の光でできた俺の影くらいの小さい狭間に、真島と安永が倒れこむようにもぐりこんだ。

 周りの敵は次々に頭を抱えて倒れていく。

 夢中で俺の盾に入ろうとした男を真島がけり飛ばすと、男はフィールドの外で白目をむいて倒れた。


 強力な攻撃だ。

 今の俺の魔力では完全に防げないほどの威力で、盾の中でも頭が押しつぶされそうに痛む。

 何かが脳を破壊しようと暴れまわり、他勢の声でわめきまくる。

 俺もできれば真島たちのように耳を抑えたかったが、剣に力を送り込んで盾を維持するこの体勢は崩せない。

 安永が痛みで悲鳴をあげている。


「安永! 好きなものをたくさん考えろ!」


「デ、デスメサ!」


「他には!」


「デスメサのアリサ姫!」


「他には!」


「あ、アリサ姫の絵師さん! イネカリ・マオさん!」


「他には!」


「アリサ姫の声優! ゆいみんの声かわいすぎ!」


「アリサ姫ばっかりじゃないか!」


 真島が耳を抑えながら怒鳴った。


「俺はアリサ姫はそんなに好きじゃない! お願いしてばっかりだし、胸でかすぎだし。武装したらはみ出るだろ! てめえも戦えよ! 戦って鎧砕かれてから胸が出ればいい!」


「イネカリさんは姫騎士も描いてるぞ! それに、アリサ姫は未来の俺の嫁だ! 人の嫁に文句つけるな!」


「決めた! 今度は姫に鎧を贈る! あれで気が強いとこあるし、可憐に似合う……怒るな! アリサ姫のことじゃない!」


 二人とも俺に守られながら、好き勝手喚きやがって!

 それで正気を保っていると、わかっていてもイライラしてくる。

 俺も防御しながら頭痛で気が狂いそうなのだ。

 何か叫んだりしないと、自分という存在が痛みに押しつぶされそうなのだ。

 消えるのはいやだ!


「俺は、俺のこと好きだって言ってくれたら誰だっていい! 可愛くて、優しくて、胸があって、腰がくびれていて、お尻が柔らかくて、それに触らせてくれたら誰だっていいんだ! 」


 はあ⁈と二人に不信の目で睨まれた。


「嘘だ、誰でもいいなんて! 吉留にも押しキャラがいるはずだ!」


「いくら傷ついた事があるからってそれでいいのか。もっと欲しがれ!」


「お前らに俺の気持ちがわかるか! 俺のことをずっと待っていてくれて、こんな俺を受け入れてくれたら誰だっていいんだ!」


「自分だけいい子ぶるな!」


「ほんとはやっぱり姫を狙っているんだな! 姫の鎧を砕くのは俺! 俺だからな!」


「お前が砕くんかい! 守るんじゃないんかい!」


「くそ! こいつ信じられねえ! こんなことやってられるか!ダロス!」


 真島の叫びを合図に、空間の引きつりを感じた。

 ヨレてあちこちにはしる歪みは、ヴァンパイアサイレンの潰れた目の横でぎゅっと絞られ、黒い弾丸を発射した。

 弾丸は弾頭からダロスに変化し、剥き出した白い牙で同じ黒色の顔に食らいついた。


 ヴァンパイアサイレンはかん高い悲鳴をあげた。

 充満していた波動が急に収まってきた。

 顔を振り、それでも離れないダロスをかきむしるように剥がした。


 精神攻撃は途絶えた。


 鈍痛が少し残っているが、我慢できないほどじゃない。

 俺は一旦盾を張るのをやめて、ふうっと一息ついた。

 真島も頭から手を離して吐息を吐いた。

 安永は気が抜けたのか意識を失って倒れた。


「しっかりしろ、安永!」


「ダロス、こっちに来い」


 剥がされて地面に叩きつけられたダロスが、よろよろと真島の足元に駆け寄ってきた。

 体に赤い筋が三本付いている。

 真島は膝をついてダロスを撫で、ダロスも鼻を鳴らして顔を擦り寄せた。


「すまんな。こんな風に呼んでしまって。ここで安永を守っていてくれるか」


 俺は安永を近くの木の影まで引っ張っていった。

 アリサ姫の夢でも見てるのか、気持ちよさ気な顔で気絶している。

 ダロスが安永の傍に立った。

 傷を負って弱っているが、近づくものを威嚇し牽制することはできるだろう。


 ヴァンパイアサイレンは顔を半分血塗れにして苦しそうに呻いていた。

 オノレ、オノレ……と恨む呟きが聞こえる。


 周りで精神攻撃で倒れていた男たちが次々にゆらりと立ち上がっていった。

 死んではいないが、自我が麻痺し操られている状態だ。

 俺もじりじりと脳を焼くような力を感じたが、意思をしっかり持っていれば気にならない微かなレベルだ。

 ヴァンパイアサイレンは元々他の生き物を操り身を守る魔物なので、これはヴァンパイアサイレンの無意識の自己防衛本能の魔法で操っていると判断した。

 強い魔法ではないから意識のない者だけに効いているのだ。

 安永はダロスの簡単な魔法防御で守られているらしい。

 真島は軽く頭を振って、じっとヴァンパイアサイレンをねめつけた。


 ヴァンパイアサイレンは齧られた顔を抑えながらも、羽根をはためかせ、猫のように頭を低く臀部をあげながら威嚇していた。

 俺たちとの間に、操られた男たちが集まり、それぞれのエモノを持って障害物となる。


 俺は真島の横に並んだ。


「お前の母さん、大変なことになったな」


「いや、もうあれ母親とかいうもんじゃないだろ。遠慮はいらん。それより……」


 真島は俺たちをどろりとした生気のない目でロックオンしている敵たちを見渡した。


「……うっかり殺ってしまうのは一人二人までにしとけよ。三人以上になると真島家でもかばいきれん」


「二人まではいいのかよ。世間になんて言うんだ?」


「稽古時の打ちどころが悪かったとか、行方不明にして裏山に埋めるとか……あの山は絶対手放すなと代々言われているんだよな。そんな訳で、三人以上殺ったら強制的に異世界逃亡な」


「そういうでがんばるか」


 俺は白銀の刀を構えた。

 真島も新たに拾った刀を軽く振って、刀身についたゴミを落とすと同じように前に向ける。


 安永にも注意しつつ、こいつらを無力化して、あの怪物まで剣を届かせるには時間がかかりそうだ。

 ダロスから受けた傷が回復すれば、また精神攻撃がくるかもしれないので、俺はいつでもシールドが張れるように身構えておかなければならない。

 これでは剣に集中できない。

 直接戦闘は真島が中心で、俺は怪物の動きを注視して真島をサポートしなければ。

 だが、真島だけでこれだけの数をさばくのは大変だ。

 俺は立ち回りに忙しくなるな。


 せめて舞がいれば……そう思った時だった。


 トコトコトコトコ……と空気を震わせる高めのエンジン音が遠くから聞こえてきた。

 この辺りの道を行ったり来たりしている。

 まるで肉食獣が草場で身を隠しつつ唸りながら獲物を探しているかのようだ。


 その唸り声の主は真島家の門の前で動きを止めた。

 何事かとヴァンパイアサイレンもそちらの方へ顔を向ける。


 瓦屋根もついている大きな古い木の門がドンドンと手で叩かれ、声がした。


「おおい! 誰か、誰かいませんか。勇也! いないのか!」


「父さんだ!」


「お前の?」


 思わず真島と顔を見合わせた。

 なんで父さんがここに来たのか──見当がつかない。

 門には太い木の閂がかけられていて、どんなに押しても叩いてもびくともしない。

 別にもう一人、舞の声も聞こえた。


「パパ、ここも開かないわ。仕方がないから、タイミングを合わせてぶち破ろう」


 返事代わりにブオオン!ブオオン!と気合を入れた鼓動がした。


 ヴァンパイアサイレンが翼を動かした。

 門へ飛ぶつもりなのか──すぐに真空刃を投げた。

 翼の皮膜に亀裂が走る。浮きかけた体が落ちた。


残像ディレイステップ! 阿修羅舞!」


 門が地響きと共に震え、全体にアッパーを食らったように一瞬持ち上がった気がした。

 木肌に無数の亀裂が走る。

 そしてマシンの叫びがあがったかと思った途端、門のど真ん中が爆発し、木や金属の破裂音と単眼のクロヒョウのようなしなやかなバイクが踊り出てきた。


 バイクは木やライトの破片をまき散らしながらなんとか着地に成功すると、近くのゾンビ男どもを蹴散らしながら、俺の傍まで来て横滑り気味で止まった。


「勇也! だだ大丈夫か!」


 アイドリングをダカダカ響かせる機体にまたがったまま、オープンフェイスのヘルメットに昔の飛行機乗りみたいなゴーグルをはめたおっさんが、上ずった声で喚いている。


 俺は呆気にとられて立ちすくんでいた。

 父さんが来ることだけでも驚きなのに、まさか自分の愛機でこうまでするとは、真島が魔王だと気づいた時より信じられなかった。


「な、なんで父さんがここにいるの」


「母さんたちから話は聞いた。お前、勇者で、一人で異世界に行くんだってな」


 え? もう行くことになったの?──と言いかけたが、父さんの必死の形相が目の前に迫ってきたので言い出せなかった。


「父さんも行くぞ。お前ひとりでなんか行かせたらまだ心配だし、それに……」


 父さんがゴーグルを上げると、目が涙で潤んでいるというか、血走っているというか、とにかく異様にキラキラしていた。


「父さんも、一度そんなところに行ってみたかったんだ!」


 これで問題解決、あーよかった……という場面かもしれないが、考えもしなかった事態に常に回転不足の俺の頭がエンストを起こしそうになっていた。


 だいたい普通、異世界に親はついてこない。


 恥ずかしいような、人に言えない黒歴史に近いものを作ってしまったような気がする。

 顔が熱くなってきた。

 案の定、真島が驚き呆れたような顔をしている。


「い、いいよ。俺の用事で行くんだから。父さんは来なくていいって!」


「おお、君が真島君か。いつも、うちの勇也がお世話になってるね」


 焦る俺の言葉は完全無視して、父さんは笑顔で隣の真島に挨拶した。


「いえ、僕も勇也君にはお世話になっています」


 真島も慣れた笑顔で丁寧に頭を下げた。父さんはヴァンパイアサイレンを指差した。


「あれを退治すれば異世界に行けるのかい?」


「ち、違うよ。あれは真島の母さん! 退治しちゃダメだ。俺の刀で元に戻さないといけないんだよ!」


「お恥ずかしい話ですが、そうなんです」


 手足をばたばたさせて説明する俺の横で、真島はさっきまでのオレ様感は何処へやら、上司と向かい合っているサラリーマンのように大人しくなっている。


「そうなんですか、大変ですね。私も手伝いますよ。どうしたらいいんだ? 勇也」


「い、いや、余計なことはしなくていいから。引っ込んでてよ」


「引っ込んでてはないじゃない。パパ、好きなバイクまで出して来たのに」


 父さんと同じヘルメットをかぶった舞が、口を尖らせながら瓦礫を越えて寄ってきた。


「相手は魔法攻撃もしてくるヴァンパイアサイレンでしょ? 腕自慢の前衛だけじゃ苦しくない?」


「そうだけど、父さんは、まだ父さんのままで、戦えないじゃないか」


 舞の後ろには真ん中に大穴が開いた門が見える。

 そこからヨレヨレ黒スーツのジェイルがスマホに喋りながら現れた。


「その車両は通していい。それが通った後は規制線を張れ。引き続き周りの家に避難を呼びかけるよう。大丈夫、課長のお墨付きだ」


「ジェイルまで来た……」


「あいつがここ教えてくれたのよ。撃った詫びを入れにきたんじゃない?」


 ジェイルのさらに後ろ、大穴から見える真島家の道路に白のワンボックスカーが止まった。うちの車だ。


 長袖シャツとチノパンを着た母さんが運転席から降りてきた。

 後ろのドアを開けて、重そうな大きく平べったい物と自作の釘バットを取り出し、のしのしと門をくぐってくる。

 ただでも鬼が家の門を壊して現れたようなビジュアルなのに、心なしか、父さんとは別の意味で目が爛々と光っている気がする。

 感じるままに表せば『殺気』だ。


「母さん……何担いでいるの?」


「あれは防弾盾だって。特殊部隊が持ってるマジなやつ。二十キロくらいあるんだけどさ、『年子を二人抱っこしていた頃を思い出して懐かしいわ』だってさ」


「なんでそんなもの持ってるの! 『サバゲーのレプリカで我慢する』って前に約束したじゃないか」


「ジェイルが警察からこっそり持ってきたのよ。おかげでお兄ちゃんを撃たれて激怒していたママの機嫌が、すっかり良くなったわ」


「じゃあ、今はなんで怒っているの?」


 母さんは門をくぐった後、マットブラックで覗き窓のついた腕よりの長い盾を左手に、右手に釘バットを持って仁王立ちになると、天をあおいでオホホホホーと高笑いをした。


「うちの子をいじめる奴は誰かしら? そんな人には元戦士のこのあたしが、自慢のシールドバッシュをお見舞いしてあげてよ!」


「おや、どうした吉留」


 真島がニヤニヤしながら振り向いて、自分の背中に隠れていた俺に声をかけた。


 俺だって無意識だった。

 授業参観だって、こんなに気合いを入れた家族が勢ぞろいしたことはない。

 どうしようもなく恥ずかしくて顔が真っ赤になり、それがまたきまりが悪くて真島の後ろで縮こまっていた。


「こんなの戦闘じゃねえよ。絶対一人で異世界行くからな」


「そお? 楽しそうじゃん。『吉留家ファイアー!』って掛け声かけてみたら?」


「言えるか、そんなもん!」


 母さんが盾を装備した手を振り上げて、雄たけびをあげた。


「吉留家ファイアー!」

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