第11話 瓦版にて

 彼岸が過ぎたころ、女たちが紅葉狩りに行くと足取り軽くなったころ、瓦版屋が今年の一番。というものを刷った。

 それによると、今年一番桜が咲いたのは大江戸城之堀の桜だった。とか、一番出世したのは、老中になった誰がしとか。一番うまい飯屋はどこだとか、そういうことをあちこちで人に聞いては集計したという。その中に、今年一番の女形として梅の介の名前があった。その但し書きに、「残念なことに、ここにきて南蛮芝居小屋が小屋を畳み、故郷長崎に向けて出立する」ということが書かれていた。

 そして、今年一番流行ったものとして、南蛮芝居小屋の怪談と、長崎屋が書かれていて、その長崎屋の但し書きも、「残念なことに、流行を発信していた長崎屋が店主の病発症のため店を畳み、長崎へ引き上げる」と書いてあった。そして、「南蛮芝居と、長崎屋を懐かしみたくなった人は長崎へ行くしか手段はないであろう」と、とどめに書いてあった。

 詩乃がキセルを打ち叩く。

「長崎へ帰るそうな」

「そのようですね」

 番頭が先に読みました。と言って白湯を出してくれた。

「こいつらは何かい? 同じ穴のむじなだったってことかい? それともただの偶然かい? なんで一緒に帰るよ?」

「そうですねぇ……、大江戸に来た時期も一緒だった気がしますがね」

 番頭の言葉に詩乃が嫌そうな顔をする。

「多分、あいつらはすべてつながっているんだろうよ。大江戸は人が多い、この町で、百人人が居なくなったからと言って誰が驚く? いつだって、百人ほどが行き来して出入りしている。誰も気づかない。そんな街から女を連れて行っても、誰も気づかない。いいところに目を付けたもんだよ。だけど、それを証明することができない。多分、大麻を嗅がせて気を失っている女を連れ去ったんだろう。(長崎の牢屋で出ていた)食事にも混じっていたんだろうよ。真咲さんとおしまさんはそれを食べなかったから助かったんだ。大麻漬けにして長崎で外人に売る。抵抗できないからね。いい商売だよ。多分、こういうことだろうよ。あぁ、絶対そうだろうよ。でも、それを証明するものがない。長崎屋に行って家探しするかい? 芝居小屋に行くかい? そんなものありゃしないだろうねぇ。岡 征十郎は、うまいことやってくれるだろうかね?」

 詩乃がいらいらとキセルを打ち叩くのを番頭は横眼に見ながら、

「岡様なら、何とかするんじゃないんですか? だから、岡様に話したんでしょ?」

 と帳簿をつけながら言った。

 詩乃は、ふむ。と相槌を打って頬杖をついた。


 事が動いたのはそれから暫くしてからだった。

 瓦版屋が大騒ぎをしながら駆けずっていた。そしてその一枚を番頭が買って、ことが解ったのだ。

 瓦版には、「この夏ひそかに噂になっていた女が消えるという不思議な事件が解決した」という書き出しから始まった。


瓦版の中身

――――――――――――――――――

 この夏ひそかに噂になっていた女が消えるという不思議な事件が解決した。

 独り身で、近所づきあいの少ない女が行方をくらましていたことをご存じだろうか? そのほとんどが男ができたのではないかと処理されてしまっていたのだが、実は組織的な誘拐に遭い、外国に売られるところだったのだ。

 その事実に気づいた与力の助川様以下班の同心が駆けずり回り証拠を押さえ、先日、逃げ帰ろうとしていた南蛮芝居小屋の一同と、小間物屋の長崎屋の店主とその従業員、それらから女を一時預かりをしていた等々寺の住職とそこの寺守をお縄にした。

 一味はあろうことか、誰からの捜索願が出そうもない、独り身の、寂しい女ばかりに声をかけ、南蛮芝居小屋一の梅の介に会わすと言い、怪しい薬を使って眠らせたうえで船で長崎に運んでいたというのだ。

 それを知った助川様達一同が早朝移動する一味を関所前で待ち構え一網打尽にした。

 連中の荷物の長持ちの中に女が眠らされていたことで言い逃れが出来ず、また、沖に停泊していた船を捜査すると、そこにぐったりとなっている女たちを発見した。

 船を長崎へと向けて進めると、長崎で待ち受けていたのは、長崎奉行、開港掛与力の筒井 昌内だった。

 ここで、一年前に起きた当時の開港掛与力、田崎 要郎様がご禁制横領により切腹した件についての再審が行われ、筒井 昌内と、お目付け役戸梶 源勝が結託し田崎様を陥れたことが判明した。

 以上が昨日までに起こったことである。お沙汰は今後のお白州で明らかになるであろう。

 不名誉の切腹を命ぜられた田崎 要郎様の身分、役職の回復が取りなされたが、その吉報を知る前に、細君は病気で死亡。一人娘もそれ以前に死亡していたので何ともつらい吉報となった。三人の墓に手を合わせたい。

―――――――――――――――――

 詩乃がため息をついた。

「とりあえず、捕まえたようですね」

「田崎様の奥様、亡くなったのか」

「ご病気だったようですから。それに、岡様もおっしゃってましたよ、早く話を聞いても動かなかったと思うと」

 詩乃はため息をついた。

「そうは言っても気分の晴れないときだってあるよ」

「そうですね。なんだか、いやな事件でしたね。それに少しでも関わってしまうと、余計に、なんか」

「……あぁ、こういうものはさ、読み物として、他所でやってもらいたいね。関わると、後味が悪いったらありゃしないね」

 番頭は大きく頷いた。


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