03 宝箱は祖白竜に会う
GYAOOOOOOOOOOOOOO!!!
迷宮49層。
大部屋に耳をつんざくような咆哮が響く。
階層全体を激しく振動させ、物理的な破壊力さえ持つドラゴンの咆哮。
この咆哮を浴びてなお戦意を保つことのできる者はどれほどいるだろうか。
迷宮最深層へ至る大広間を守る迷宮最後の番人は、背後から現れた人間に気づき戸惑う。
しかしそれは一瞬。すぐに己の使命を思い出す。
ドラゴンはそれを飲み込む憤怒を持って相対するが。
「おすわり!」
KYAIN!
トシゾウは一喝する。
大広間を覆う張り詰めた空気が一瞬にして霧散した。
人の10倍以上のサイズがあろうかという純白の神々しいドラゴンが飼い犬のごとくお座りする。
常人が見たらなんの夢かと思うことだろう。
だが今この場に常人は一人もいないのであった。
「久しぶりだな、シロ」
「お、お久しぶりですトシゾウ殿。その、私には祖白竜ミストルという名がありまして、できればその名で呼んでいただきたく」
そうか、では祖白竜の素材をまたもらいたいのだが、良いだろうか。
「シロで結構です、トシゾウ殿」
「わかった」
何度か繰り返した問答だ。
実際のところ、トシゾウはすでに祖白竜の素材を大量に持っている。
ミストルが反射でお座りする程度には収穫済みである。
よって別にいまさら欲しいというほどでもない。
単にトシゾウがミストルをいじって楽しんでいるだけであった。
迷宮は娯楽と癒しが少ない。
その点、このドラゴンはペットのようなもので実に可愛げがあるのである。
かつては祖白竜ミストルと何度も死闘を繰り広げたトシゾウだが、今の力関係は歴然であった。
「それでトシゾウ殿。いかがされましたか。ひょ、ひょっとしてようやく迷宮の眷属になるつもりに…」
「却下だ」
「そ、そうですか…」
迷宮の魔物は二種類に分かれる。
迷宮の眷属と、そうでない魔物だ。
祖白竜ミストルは迷宮の眷属であり、トシゾウを含む大多数の魔物はそれに含まれない。
迷宮には意思があり、時おり迷宮内に住む魔物を眷族として勧誘する。
眷族となった魔物は能力や知性が上昇する。
さらに迷宮内で冒険者に倒されても、一定時間で復活できるようになる。
そしてその代価として、迷宮の意思に従い階層を守護したり、特殊な任務を請け負ったりする。
迷宮に住む知恵ある魔物にとって、迷宮の意思、“迷宮主”は敬愛すべき母であったり、主であったりするらしい。
眷属としての勧誘を受けることは魔物にとって非常に名誉なことであるし、不死というある種究極の力を得ることができるため、眷族化を拒むということはまずない。
だがトシゾウにとって迷宮主は、単にアパートの大家のような感覚であり、縛られるなど面倒だとしか思ったことはない。
「ではどういったご用件でしょうか?鱗を剥ぎ取るのはできれば勘弁願いたく…」
「シロに用事があったわけじゃない。最近冒険者が来なくて宝が手に入らないから、自分から取りにいこうと思ってな」
「なるほど、そういうことですか。たしかに私も長らく冒険者と戦っておりませんな」
「そうか、お前が仕留めていたわけでもないのか。なにか知らないか?」
「いえ、私には…、あ、お待ちください。主!?…はい、はい」
ミストルは両手を耳に当て、何事か話し始めた。
おそらく迷宮主の言葉を聞いているのだろう。
巨大なドラゴンがペコペコしている。
客先からの電話に応答するサラリーマンのようでなんともシュールである。
やっぱシロはかわいいな、とトシゾウは思うのであった。
「迷宮の意思、主から宣託がありました。トシゾウ殿に託宣致します」
「うむ」
キリリとした顔でミストルが宣言する。
なんというか、名誉な使命を授かった者の目だ。
忠竜ミストルである。かわいい。
「まず、着信拒否を解除してほしいそうです」
「却下だ」
「そ、そうですか…」
早くも涙目になるミストル。だが俺は惑わされないぞ。
何が楽しくてしつこい勧誘電話を受け入れなければならないのか。
頭に直接、女神がどうとか邪神を倒してほしいとか。
よくわからない電波を受信させられる身にもなってほしい。
俺は今のところ宗教に興味はないのだ。俺は徹底した拝金主義なのである。
「で、ではこちらが本題だそうですが、トシゾウ殿に依頼したいことがあるそうです。眷属ではなく、あくまでも対等の立場としての依頼だそうです」
「きゃっか…」
「報酬は迷宮産の貴重品であるということです」
「…話を聞こう」
「ありがとうございます」
とりあえず宝で釣れ。
ミストルと迷宮主は、なんだかんだでトシゾウの扱いを心得ているのであった。
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