02 宝箱は擬態する

 暇だ。


 何度目になるかわからないため息を吐く。

 吐いたため息は誰の耳に届くこともなく迷宮の壁に反射して消えていった。


 最後に冒険者に会ったのはいつのことなのか思い出せない。

 ここまで間が空くことは今までなかったことだ。


 俺は待つことは嫌いじゃない。


 宝箱の魔物の戦いは待ち伏せによる奇襲が本領だ。

 この体は不眠不休で、その気になれば永遠に待ち伏せすることも可能だ。


 今まではいくらでも待つことができた。

 しかしオーバード・ボックスへと至り強力な自我を得たことで、どうやら辛抱強さがなくなってしまったということだろうか。


 俺は変化のない現状に飽き飽きしていた。


 待っていれば極上の獲物がネギを背負ってやってきたものだが、最近はとんと侵入者がない。


 最初から深層への冒険を考えず、低階層で安定して稼ぐことを選ぶものは多い。


 もともと、迷宮の最深部にたどり着けるような人間などそういるものではないのだ。


 迷宮の最深層は第50層。

 どれだけ屈強な冒険者でもここへたどり着くまでに時間がかかる。


 迷宮からの脱出は専用の魔道具がある。帰りの心配はいらない。

 そのため行きの用意だけすれば良いが、それでも夜営をはじめとした多くの用意が必要だ。


 最深層の探索は冒険者にとって危険が大きい分見返りも大きい。


 ゆえに、迷宮最深部で擬態を始めてからずいぶんになるが、ここまでたどり着いた冒険者はごく僅かだ。


 長らく侵入者がいないのも、たまたま今は優秀な冒険者がいないだけなのかもしれない。

 待っていればいずれここにも冒険者が訪れるとは思うが…。


 このまま待つのは暇すぎるな。


 ここに拠点を構えたのは、待っていても価値あるアイテムを持った冒険者が訪れるからだ。

 冒険者が来ないのならば、自分から集めに行くしかないだろう。


 …久しぶりに上の階層を回ってみるか。


 俺は獲物を探しに行くことにした。



 移動するなら人間に変身しよう。

 姿は…、前世の俺、成人男性でいいか。


 スキル【擬態ノ神】を発動させ、人の姿になる。

 オーバード・ボックスとなってから手に入れた擬態のスキルだ。


 宝箱のままでも飛び跳ねて移動することは可能だが、やはり足がある生物に擬態するほうが安定する。

 馬や犬の姿に擬態することもできるが、人間の前世がある身としては、かつて親しんだ姿が落ち着くものだ。


 【擬態ノ神】による仮の姿は何かと便利だが、デメリットも多い。

 好きな生物、好きな容姿に擬態できる反面、その生物の身体的な制約を受ける。


 人の姿になれば腹も減るし、疲れもする。性欲だって湧いてくる。


 戦闘力も格段に落ちる。

 それなりに使い所を考えなければならないスキルだ。


 姿はこれで良し。あとは【無限工房ノ主】から適当な冒険者の服を装備して、と。


 うむ、人族冒険者トシゾウの出来上がりだ。


 相変わらず便利なスキルだ。

 できあがったのは中肉中背、黒髪黒目の冒険者。

 まさか魔物が化けているとは誰も思わないだろう。


 少し気持ちが逸る。

 最深層から出るのは久しぶりだ。


 俺は迷宮の登り階段を目指して歩き出した。

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