時代の反発

 メインメニューも食べ終わり、俺達は大満足で近くのホテルへとタクシーで向かう。スイートを予約してあるとの事だ。手回しがいい。きっと仕事も出来るんだろう。


 まだ飲み足りなかった俺はホテルのバーで一息着くと黒ビールを注文する。桃恵はトマトジュースだ。ジェイコブは一杯だけ付き合う。


「君は恋人はいるのかい?」

「いますよお父さん。アメリカではステディがいないと欠陥者という目で見られます。恋人と別れると、次の恋人を血眼になって探します。そういうところは日本の方がいいなと思いますね。今付き合っているのは、友人の紹介で知り合ったモデルです。デートの時はいつもプレゼントを用意して行きます。でないと機嫌が悪くなるからです。苦労が絶えませんね。ハッハッハ」

「恋も順調、仕事も順調、幸せだな君は」

「いやいや、二代目ということで気苦労も多いですよ」

 アメリカ人なのに気苦労が多いとは。やはり半分日本人なのだ。


「明日はカリフォルニアティスニーランドにでも遊びに行ってはどうでしょう。チケットもここに二人分取っておきました」

 それに桃恵が素早く反応する。

「行きたーい!予定もないし、遊んできましょうよ」

 俺は桃恵の勢いに気圧けおされる。

「ティスニーランドって行ったことないの」

 俺は心よく承諾し、チケットを受け取った。


「それじゃあお父さん、私は明日から仕事なんで、これにて失礼いたします。よい旅を」

 俺とガッチリ握手をし、桃恵とはハグをすると、気分良さげに帰っていった。


「今日はいっぱい話を聞けたね」

「そうだな。未来の世界は存外自由に行動出来るようだ。タイムパラドックスが起きるかもとびくびくするのは杞憂だったようだな」


少しめまいがした。時差ぼけらしい。

 カウンターで頭を抱えた俺を桃恵が気遣う。

「大丈夫?」

「ああ、少しめまいがしただけだ」

「病院に行く?」

「それほどでもないよ」

 桃恵に笑顔が戻る。そしてスマホを取りだし、さっそく明日のプランを練る。


「まず、ピッグサンダーマウンテンははずせないでしょ。それからマッキーの家、ボーンテッドマンション、イッツアビッグワールド、それから……」


 桃恵がスマホを弄くりながら明日の予定をたてている。俺は適当に相づちを打つ。しかし俺の頭の中は二つの未来が交錯し、それどころではない。


「ほんとに大丈夫?顔色悪いわよ」

「分かったよ。今日は早めに寝る事にしよう」


 俺達は、スイートルームへ行き、シャワーを浴びるとすぐにベッドに潜り込む。しかしなかなか寝つけなかった。




 次の日、朝早く起き支度をして、ティスニーランドに行く準備をする。俺は五時間ほどしか眠れなかったが、昨日ほど気分が悪い訳じゃない。


 タクシーを飛ばして入り口に着けると、山のような人だかりである。


 開園時間が来た。俺達は人混みに乗って前に進んでいき、ゲートを通過する。


「こっちよ」

 桃恵が俺の手を引っ張り、ピッグサンダーマウンテンへと直行する。人気アトラクションだけあってすでに長蛇の列が出来ている。

「待っててね、シェイク買ってくるから」

 桃恵は、跳び跳ねるように人混みの中に消えて行く。


 一時間ほどしてやっと順番が回ってきた。やれやれとアトラクションに腰を下ろす。園内を爽快に疾走するとなかなか楽しかった。


「次はね、マッキーの家!」


 アトラクションのゲートを通るとマッキーがお出迎えだ。桃恵がマッキーに抱きつきピースサインを出す。俺はそれを写真に撮る。


「次は秀ちゃん」

 俺はいやいやながらも写真に撮られる。写真を確認すると、顔は不鮮明だが何とか写っていた。


 マッキーの家を見学し、ボーンテッドマンションに乗り、ようやく昼食の時間だ。園内のレストランに入り、パスタを二人前注文する。


「気分は良くなったの?」

 桃恵が心配そうな顔をして俺の顔を覗きこむ。

「昨日よりは調子がいいよ。単なる時差ぼけさ」


 俺は桃恵に俺の勘の良さの事を話そうかと一瞬思ったが、多分何のことか分からないだろうと思い、口をつぐんだ。


 長い一日が終わりを告げた。桃恵はタクシーの中でも元気いっぱいではしゃいでいる。貧しい家庭に育ち、遊園地など行ったことが無かったのであろう。俺も一緒になってはしゃいであげた。


 ホテルに帰り、バーでくつろいでいる。


「桃恵、もしも俺がだよ」

 カクテルを飲み干すと、俺はこんな質問をしてみた。

「俺が時空警察に捕まり強制的に過去へと帰らされた場合、君はどうするつもりだい?」

「もう。不吉な事言わないでよ!」

「万が一だよ」

 桃恵は黙って考えている。

「いつか言った、社外取締役の方は未来の俺に頼んでおくという条件でさ」

「秀ちゃんがいない未来なんて考えられない。赤ちゃんを産んで一人で生きていくわ」


 そう言うとトマトジュースを飲み干す。その姿がいじらしい。


「私はそれよりもこの赤ちゃんが産まれてすぐに消えてしまうかもという話の方が心配だわ。それだけは起きないように祈るしかないわね。子供さえいれば一人で生きて行ける。それほど子供の存在って大きいのよ。女にとってはね」

「そうか、たくましいんだね。君は」


 俺は何かを決意した顔を桃恵に見る。最初は風俗嬢として、金を学費にあてていた彼女を思い出し、もともと逞しい女だったと思いいたる。


 雰囲気が悪くなってしまったので俺は話を切り替える。

「男の子かなあ、女の子かなあ」

「私は女の子がいいな。成長したら一緒になってショッピングをして、お酒を飲んで……夢が広がるわ」

「そうだな。俺も女の子かな。君に似て可愛い子になるといいね。でもいつか彼氏を連れてやって来るんだろうな。それを考えると悲しいものがあるよ」

「まだまだ先の話よそんなこと。今はどっちにしろ元気に育ってくれるのを祈るばかりよ」

「今は産む前にどっちか分かるんだろう。その検査はするつもりかい?」

「それはしないでおきましょうよ。産まれた時のお楽しみって事で」


 桃恵にまた笑顔が戻った。

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