6-4

 長い話を区切り終えた。

 風に舞う落ち葉を横目に見ながら、僕は一息ついて、沙雪さんを見た。

「ここまで話せば、貴方は満足してくださるのでしょうか」

 何も面白いことはなかったのに、口元が緩んだ。

 沙雪は瞬き一つして「つまり」と言葉を重ねた。

「ナユタちゃんは、度死んだ孤児の身体を元にして作られた、と」

 沙雪の口によって淡々と語られるとまるでおとぎ話のようにも聞こえた。それも相当な悪者の行いのように。

「君らは死者の脳を弄ることで、生命の禁忌に触れたんだな。死んだはずの命を蘇らせたのだから」

「いけないことですか」

 思いのほか、すんなりと僕の口が勝手に動いた。

「公には言えないね」と言って、沙雪は髪を摩った。指の先が白く滲む。雪の欠片がいつの頃からか舞い降り始めていた。

 冬の薄曇りの空が寒々とした風を運んでくる。

「命の価値だとか、生と死を弄ることの是非だとか、そういう倫理的な話題は哲学者にでもやらせておけばいい。私が関心あるのは。そんなことよりも、だよ」

 沙雪は改めて僕を見つめた。

 目が爛々と輝いている。好奇心とも嫌悪とも、どっちとも受け止められる。いずれにしろ強い関心を浴びせられているようだ。

「君はどうしてそんな実験ができたんだ。その資金は、どこから出てきた」

 僕の身が強張った。

 いよいよか、という思いがする。

「そんなに不思議ですか」

 ほんのわずかな僕の抵抗を、「もちろん」の一言で沙雪が砕いた。

「君がいくら変わり者で有名だとしても、論文を発表し実績を上げていたとしても、一介の学生に過ぎなかった君が禁忌に触れるにはそれなりの設備がいるはずだ。死者はともかくとしても、生命維持装置、高度な脳手術、細胞蘇生。これらをなしとげるには各分野の最新機器を取りそろえなければならないだろう」

 沙雪が芝居めいて諸手を振ると、僕を指して答えを促した。

「ひょっとして、貴方の中で結論が出ているんじゃありませんか」

 緩んだ頬の外側で冷や汗を掻きながら僕は必死に指摘した。

 沙雪の笑みはまったく消えない。

「私のこの予想は、君にとっては聞きたくない部類の話かもしれない。君の立場を危うくするから。それでも、試しにきいてみたいと思うかい」

「ええ、ぜひ」

「じゃあ、言うよ。といっても実は推測じゃない。探偵に頼んで事実に通じる証拠を得ている。君、実験データを彼の国の軍に送っていたね」

 明言を避けても、その国の名は知っている。

 戦勝国側の連合の中枢。今では表だっての活動をとんと耳にしないが、かつてはこの世界の半分を牛耳っていた大国の軍部。

 目を見開いた僕の首を、沙雪の細い指が絡めた。

「余計なことは言うな」

 低い声で沙雪が言う。

「こんなドがつくほどの中立国で波風立てたらタダじゃすまないぞ」

「じゃあ、どうしてこんなところで訊くんですか」

 絶え絶えになる言葉をなんとか僕は繋げていった。

 沙雪は小さく首を横に振った。

「いいから、これから言う質問にだけ答えろ。ヒューマノイドをベースにした生体兵器。先の大戦ではついに実現しなかった、理想的な戦争兵器を世に生み出す手助けを君はした。その目的はなんだ。金か、名誉か。あるいは、あふれ出る好奇心を抑えられなかったか。答え次第では君は名前ごとこの国の社会から消え去ることになる」

 沙雪の指先に力が籠もる。

 息ができず、視界が鈍る。

 余計なことを考えている暇も与えてくれない。

 僕は喉に力を込めた。

「……好奇心、以外にないね」

 沙雪だけに届くような声となった。

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