トランペット・ハニーサックルのせい


 ~ 七月九日(月) 父ちゃんと母ちゃん ~


 トランペット・ハニーサックルの花言葉

                 真実の愛



 秋山家の食卓。

 父ちゃんと母ちゃん、そして俺の前それぞれには。

 満漢全席丼という名の牛丼が置かれています。


 テーブルの中央には、穂咲が昼間、頭に活けていたトランペット・ハニーサックルが飾られて。

 いつにも増して華やかな食卓は。


 ……その花瓶の横に置かれた俺の物理の答案のせいで。



 …………血なまぐさい戦場と化していました。



「お前が甘やかすからこうなったんだろう!」

「この子の勉強はあんたが見る約束さね!」


 実に珍しいことに。

 父ちゃんと母ちゃんがケンカ中。


 いや、この二人のケンカはしょっちゅうなのですけど。

 いつもとは明らかに違うポイントがありまして。


 それは、ケンカの原因が俺であるという事なのです。


 いつものケンカは、どちらかのわがままを。

 どちらかがたしなめるというパターンなので。

 俺は二人を放っておいて、とっととご飯を食べ始めるのですけど。


 事が事ですし。

 腹の虫がぐーぐー鳴っているにもかかわらず、おあずけ状態なのです。


「まったく……、十二点なんてあたしだって取ったこと無いさね」

「ちゃんとこうして反省しているだろう。ガミガミ言うな」

「そうなのです。今回はどうしようもない事情もありましたので……」

「男が言い訳かい? 情けないね!」

「そうだぞ道久、母さんの言う通りだ。どんな事情でも結果が全てだ」


 ……あれ?


 なんだよ、意気投合してるじゃないの。


 これはあれだな。

 生徒会長さんから学んだ、悪役を背負いこむのと同じだな。

 ということは、解決策も簡単なのです。


「はい、言い訳しません。次回は頑張ります」


 素直に深々と頭を下げると。

 ようやく落ち着いた二人が箸をとったので。

 俺もご飯にありつくことが出来ました。



 ……と、思っていたのですが。



「だいたい、物理なんてなんで勉強しなきゃいけないのさ。社会に出てなーんにも役に立たないでしょうが」

「ちょっと待て。お前は俺の仕事を何だと思っているんだ?」

「へ? プログラム書いてるんじゃないの?」

「…………俺が携わる制御プログラムは、ほとんど力学演算だ」

「力学? あんたなに言ってんだい? 今は物理の話してるんじゃないのさ」

「呆れたやつだな。道久が勉強できないのは、お前の遺伝じゃないのか?」

「失礼な話さね! この子が遊び呆けているのは、あんたの真似してるからでしょうに!」


 うおおおおい!

 今日はどうなってるの?

 そして、この箸に乗っけた牛肉はどうしたらいいの!?


 結局俺の成績の話に戻ってしまったので。

 渋々牛肉をどんぶりに戻して両手は膝の上。

 いつになったら食べることが出来るのやら。


 ……先ほどは封じられてしまいましたけど。

 言い訳を聞いて欲しいのです。

 あんな状態で試験を受けて、まともな点が取れる訳はないのです。


「道久は、家でも勉強してるだろう。もうちょっとお前が環境を良くしてやってだな……」

「そんなことじゃなくて、一人で勉強してたってダメだって話さね! あんたが見てやればいいじゃないのさ!」

「……お前は、俺が何時間労働してるか分かってるのか?」

「土日はぐーたらしてるでしょうに! 主婦は休みの日なんて無いんだよ!」


 そして今度は、俺の教育方針について盛り上がり始めたのですが。

 多分、家をどうこうするよりも。

 穂咲を隣の席から排除した方が早いのです。


 ……そう言えば、穂咲の教育方針について。

 宇佐美さんと日向さんも、ずっともめていたな。

 間に座った穂咲も、こんな気持ちだったのかな。


 成績さえ良ければ、こんな嫌な思いをしないで済むのでしょう。

 やっぱり、ちゃんと勉強しないと。


「……あの~。ちょっとよろしいでしょうか?」

「今取り込んでいる。見て分かるだろう」

「そうさね! ちょっと黙ってな!」


 いやいやいや。

 このままでは史上初の秋山家大戦に発展しかねませんし。


「ちょっと強引に割り込みます。穂咲が隣の席なせいで、勉強にならないのです。新学期になったら席替えを提案してみますので、それで改善されると思うのです」


 我ながら完璧な善後策を提示してみましたが。

 この二人、またも仲良く矛先を俺に向けてくるのです。


「バカを言うな! お前が面倒を見ないで誰が穂咲ちゃんの面倒を見るんだ?」

「おかしいだろ。俺の勉強の話だったよね?」

「お父さんの言う通りさね! そんな冷たいこと言う子に育てた覚えはないよ!」

「どうして俺を攻撃する時は仲良しさんになるのです?」


 理不尽極まりないのですが。

 極めて我の強い二人を言い負かすことなどできない俺は。


 そのままぐちぐちと文句を言い続ける二人の間で。

 いつもより味気ない夕食をとることしかできませんでした。



 ……秋山家初。

 なんとも胸の苦しい戦争が、こうして始まってしまいました。



「まったく。お前がそうだから、穂咲ちゃんのせいにするような男に育ったんだ」

「その言葉、まるっと返品さね。この子が穂咲ちゃんのせいなんて言い出すのはあんたのせいさね」

「…………いえ、事実、穂咲のせいなのですが」

「うるさい黙れ。ちょっとは反省しろ」

「そうさね! あんたはちょっと反省しな!」

「……やっぱりわざとやってませんか?」


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