第14話 落着

 犯人は、人質の男の首に左腕をまわし、自らの盾としていた。

 屋上に上り、転落しそうなほど端に寄って、そこで逃走用のVTOLを要求した。

 上層部は少し悩んだようだが、ガイノイドの避退を命じられて、我々は作戦を察した。

 EMP弾の使用だなと。

 犯人の持つミニニュークと動きを封じるには格好であるし、しくじった場合も最悪のケースは防げるという判断だ。異論はない。それがベストであろうと思う

 ただ転落救助のために、陸戦団の応援まで要請したという点には正直疑問だった。

 EMP弾がうまく効果を発揮すれば、陸戦団に頼る必要もないだろうと思ったのだ。

 とはいえ、一介の警察官に上層部の判断に異を唱えられるはずもなく、また必要ないという根拠も出せない以上、黙って従うしかなかった。

 特殊狙撃班の技量は相も変わらず優秀だった。

 教科書的にもっとも良い地点でEMPバラージを発生させ、犯人を効果範囲内に放り込んだのだ。

 だが思いがけないことが起きた。

 人質のゴーグルが燃えだし、それを投げ捨て、腰の何かも投げ捨てた上に、熱かったのか犯人の体の燃えだしたリードも手で払ったのだ。

 普通ならそれでバランスが崩れることもなかったが、EMPバラージで全身義体化した犯人の体は硬直し動作不能だった。

「しまった!」

 と誰かが叫んで飛び出した瞬間、人質と犯人の体が消えた。

「おちたっ!」

「いや、まだだっ!」

 縁から急いで下を覗くとわずかなひさしの出っ張りに人質がつかまっていた。

 だがまずいことに犯人の腕が人質の首にかかっている。

「救助急げ!」

「陸戦団のパワードアーマーに連絡を!」

 悲鳴があがる。人質が片手を離し、犯人を振り払おうとしていた。

「はやくしろっ! ロープだっ」

「ゆうくん!」

 気がつけば、縦リブのセーターとタイトスカートをはいた栗色の髪のガイノイドが側にいた。彼のパートナーか。

 だがすぐそこだというのに手が届かない。もってくれよと願うしかない。

 やがて、犯人の体が離れる。

「もう少しだ!」

「陸戦団のスーツ、あと少しです。」

「飛ばせるなよ。風で吹き飛ぶ。走ってこさせるんだ」

「だめだ手を離すな。がんばれ!」

「よせ、離すんじゃない!」

「根性だ! 根性を入れろ!」

 だが声援むなしく、青年の手が離れて落ちていく。

「ゆうくん!」

 風が起こり、見るとあのガイノイドが彼を追って身を躍らせていた。

「ガイノイドが一緒に落ちた!」

「どうしてとめなかった!」

 絶望の空気が屋上の私達の間に流れた。


「ボーディングアーマーは二本足で走るようにはできていないんだ!」

「わかっている! でも飛んだらダウンウォッシュで吹き飛ばされるでしょうが!」

 オペレータに言いかえされたベルナルド伍長は、不満に思ったが無様にボーディングアーマーを走らせ続けた。お世辞にも速いとはいえない。

 けれどベルナルド伍長は、いつもの独断専行で飛ぶ準備を開始していた。

 モニターに映る青年は片手だけでぶら下がり、いかにも落ちそうだったのだ。

 ブーストリミッターも解除し、スラスタープレヒートを開始。

 腕の先につけられたクッションバッグミトンは、不格好な手袋をつけたように見える。けれどこれは何らかの理由ではじき飛ばされたりした高い運動エネルギーをもつ人間を受け止め救助する機材で、高価なマニュピュレーターを保護する意味も持つ。

 そのクッションバッグミトンの作動を確認。

 人体とは異なり最初から手のひらともいうべき部分が前面を向いていて、ボタン一つで包み込むように降り曲がる。また指を伸ばす。問題なし。

 救助目標をロック。飛行ルート算出開始。

 流れていくデータをサブモニターで見ながら、ベルナルド伍長は首筋にちりちりとしたものを感じた。

(これはまずいやつだ)

「落ちたぞ!」

 無線からの声と同時のフルスロットルは、意識外の反射だった。


 全高はアンテナを含めず、約3.5m。EMU船外活動と作業補助、臨検を目的とした、ボーディングアーマーは、宇宙を飛ぶ空間機動パワードスーツだ。

 だから下腿、両肩、腰部のスラスターから噴射炎をはき出し飛ぶのは、二本足で走るよりアーマー本来の姿に近く、それゆえ伍長に解放感をもたらしてもいた。

 ベルナルド伍長は、Gに耐えながら、スロットルをいっさい戻さなかった。

 引き延ばされた時間感覚で、落ち行く二人をモニターでとらえ。微調整を開始する。

(ぎりぎりか)

 意識下でもう一人のベルナルドがささやく。

 落ち行く二人の手がつながるのを見ながら、伍長は高度を限界まで下げる。

 ボーディングアーマーの腕を極限まで伸ばした。

 両手のクッションバッグミトンをそろえて地面と二人の間に差し込む。

 落ちてきた男の体がぎりぎり指の先にかかる。

 クッションでわずかにはねて手のひらの中に入り、続いてガイノイドも受け止めた。 

「やったぜええ……あれ?」

 ベルナルド伍長の歓喜は、機体の傾きで中断させられた。

 左下腿スラスターがオーバーヒートで停止したのだ。

 そして地上すれすれで飛んでいたため、ボーディングアーマー左下肢が接地。

 金属が削られる異音がしばらくして左足がちぎれ飛び、機体が跳ね上がる。

 クッショバッグミトンを保護モードにし被救助者を包み込んだところで眼前に森が迫っていた。

 コントロールは充分でなくスピードは落とせていない。

「……ごめんよ、相棒!」

 ベルナルド伍長は今度こそ自覚的に機体を地面に押しつけた。

 機体の残った右足をさらに下ろし地面にめりこませる。足首を立ててフックにした。

 フレームが裂ける音とともに右足がちぎれ飛ぶ。

 構わずちぎれた大腿を地面に押しつけ、両肘も接地させる。

 岩にぶち当たって腰部が跳ね上げられ、やむなく頭部を接地させる。

 コクピット天井がゆがんで、次の瞬間はじけとび、モニターの大半がブラックアウト。岩に頭部をもっていかれたとわかったのはすぐあとだった。

 フットペダルも操縦桿にも手応えがなくなる。

 さらなる異音と共に両肩関節がひきちぎれていく。

 決定的な破壊音で腕が置き去りになった。

 だるまの如く手足も頭も失った胴だけが残った勢いで進んでいき、木に右肩の残骸をめりこませ……

 そして、ようやく停止した。

 機体に響き渡っていた摩擦音が止み、パワーユニット駆動音も警告音も消えて、静寂に満たされる。

 やがて、森の中で鳥が再び鳴きはじめた。


 どれくらいの時間が経ったことだろうか?

 突然背中の装甲板が内部からはじけとんだ。

 正方形に開いた小さな脱出口から、ベルナルド伍長がサバイバルバッグをもって這い出てくる。

「あー、こちら陸戦団ユアン・ベルナルド。機体は大破したが俺は無事だ」

「被救助者は?」

 ヘルメットの無線に、相手の焦った声が響く。ベルナルド伍長はのんびりと報告した。

「マニュピュレーターに引っかけたのまでは確認したが……」

 えぐられた地面がえんえんと続く、その少し先に、腕の残骸がある。

「……ちょっと今から行って確認してくるよ」

「おい、ちょっとまて……状況を詳しくしらせろ!」

 ヘルメットの無線を切り、ベルナルド伍長は歩き出す。

 数分ほど歩き、腕の残骸にたどり着いた。

 クッションに包まれた中で青年とガイノイドが固く抱き合っている。

 ベルナルド伍長は青年の首筋に手をやり、そして口元に移し、笑みを漏らした。

 気がつくと栗色の髪のガイノイドが目を開けて彼を見ている。

「おまえのパートナーなんだろ? おまえが起こしてやれ。お目覚めのキスでな」

 こくりとガイノイドはうなずき、そしてゆっくりと青年に唇を重ねていく。

 青年の目が開くと、青年とガイノイドは固く抱き合い口づけを続けた。

「青春だねぇ」

 ベルナルドはつぶやくと、信号弾拳銃を取り出し上空に向けて撃った。そして

「こちらベルナルド。被救助者を発見。ガイノイドも一緒。バイタル、意識問題なし……おっと、来るのはゆっくりでいいぞ。……なんせ二人とも熱く愛を確かめ合ってるからな」


 そしてベルナルドは振り返り、ボーディングアーマーの残骸に敬礼を送る。

「ありがとう。相棒……そしてごめんな」

 残骸は薄い灰色の煙を立ち上らせながら何も答えなかった。

 救急VTOLと警察のサイレンが遠くで響きはじめた。



 宇宙開拓歴UFC576年3月1日

 『炎の日ザ・フレイムデイ』と呼ばれたこの日のテロは、このあと国籍不明のクルーザーの乗員全員死亡を確認して終わる。

 超空間突入直前で直撃弾を受けた逃亡中のクルーザーは、超空間の高熱が損傷部から侵入し、内部から燃えた。

 その後の調査で隔壁は降りていたが、一部隔壁が品質基準を満たさないものであったことがわかった。

 その隔壁は冷却システムの隔壁であり、超空間の高熱によって冷却システムが動作不能となったと推定された。

 結果乗員は蒸し焼きになり、AIも熱で動作停止、パワーユニットも緊急停止した。それが調査委員会の報告である。

 船乗りに良くある死に方だった。


 3月2日午前9時。

 ケイナン政府はニューアフマダバードを除く全セツルメントでの警報を解除。

 再建が始まった。

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