第3話 ライゼルからの使い

「私の名前はメフィストフェーレス。魔界の王ライゼルさまから使わされてきました。以後お見知り置きを」


 メフィストフェーレスと名乗った女は、恭しく頭を下げた。彼女はおよそ日本の服とは全く違う格好をしていた。赤地のドレスは大胆に切れ目が入れられており、豊満な胸や太ももが顕になっている。


 慎みのない奴め、と信長は心の中で思った。


「お前は何者だ? 何をしに我らのもとへ来た」


 信長の質問に、メフィストは妖艶な笑顔を浮かべていった。


「さきほども申し上げたように、魔界の王ライゼルさまからの使者として参りました」


「ライゼル?」


「この魔界をべる王の中の王です。 あなた方の世界で言えば“征夷大将軍”のような存在です」


「征夷大将軍? ならば力を持たないお飾りではないか」


 メフィストは信長の答えに慌てた。己の主人を誤解されては、彼女が責められることになる。


「間違えました。確かにあなた方の時代では“征夷大将軍”はお飾りの存在に過ぎません。うーむ、かつての平清盛や源頼朝のような方と言えば良いでしょうか」


「……力ある者と言いたいのだな? それで使者とは何を伝えにきたのだ?」


 メフィストはようやく意味が通じたことに安堵した様子であった。


「はい、まずご説明したいのは、あなた方をこの世界に召喚したのはライゼルさまだということです」


「なに!? 貴様の主人のせいと申すか?」


「はい。我々に協力していただくために召喚させていただきました」


 メフィストの口から語られた真実に信長たちは驚愕した。彼女の言を信じるなら、この世界は日本ではなく、その世界でもない。異界へと連れてこられたということになる。そしてそれと同時に、彼らは納得もした。目の前に広がる光景は、明らかに現実世界とは思えなかったからだ。


「どういうことだ、説明せい?」


 信長が詳しい事情の説明を要求する。


「はい、当然でございます。現在この魔界はいささか乱れております。魔王ライゼルさまの他に、悪魔の眷属の方々が覇を競われているのです。その方々とは大公爵アッタロスさま、悪魔騎士ベルセファルさま、堕天使ガスパールさまの御三方です」


「ほう、この魔界も戦国の世になっていると申すか」


「はい、そのように考えて宜しいかと」


 メフィストの語るところによると、はるか昔から彼らは互いに争っていた。しかしいつの頃か戦いに飽いた彼らは、比較的強者であったライゼルの支配権を認め、自らはそのライゼルの国で高い地位についた。それはライゼルでさえ手が出せぬ存在としてであった。


 そして今から約500年ほど前から、再び魔界は分裂し、4つの勢力が対立し覇を競うことになった。ライゼルは比較的強くはあったが、他の三者を圧倒するほどの力はない。そこで、人間界で最も強い個性の信長が日本に飽いていたことに目をつけ、魔界へと召喚したのであった。


「それで我らを召喚して、ライゼルとやらは何をさせる気なのだ?」


「ライゼルさまは、再び魔界を統一することを望まれています。そこであなた方に、他の三者の後方を撹乱していただきたいのです。今ここから一番近いところにいる方はガスパールさまになります」


「我らにライゼルの家来となれと言うか?」


 信長の眼がやや釣り上がった。日本では全てを支配しつつある信長だ。そう簡単に他人の下につくことはできない。


「いえ、あなた方さえ宜しければ、盟友と考えていただいて構いません。ちょうどノブナガ殿とトクガワ殿の関係のようなもので」


 メフィストは日本の事情に相当明るいらしい。信長の居た時代、日本について詳しい知識を持っている。


「ライゼルは家康だというか?」


 信長がそうつぶやくと、メフィストはやや意地悪げに


「いえ、あなたがイエヤスです。ライゼルさまが人の下につくわけがありません」


「なに? 我らに家康になってライゼルに尽くせというのか?」


「あなたが日本でやってこられたことでございましょう? それにこれは一応同盟です。力の差はありますが、家臣として従えとは申しません。あなたがたの利を考えた上で、協力できるところは協力していただきたいということです」


 メフィストが皮肉のきいた事を言う。信長が家康をいじめ抜いたことは、信長自身がよく分かっている。


「ならば、我らの利に合わなければ、従わなくても良いと言うのだな?」


「はい、左様で。しかし少なくとも今は従った方が良いと思いますよ? 何も知らないあなた方が生き残れるほど、この魔界は甘い所ではありません。あなた方が生きられるよう、我々は協力して差上げます」


「こやつ、協力するのは我らの方ではないか」


「持ちつ持たれつというやつです。当然我々もあなた方の力を欲しています。たとえ僅かであっても」


「なに!? 我らが弱者というか?」


 勝家が激してメフィストに怒鳴りつけた。


「はい、正直申し上げてこの魔界で貴方さまの力は、現状ごくごく弱いと申さざるを得ません。私も含めてライゼルさまの側近の中には、主の判断に疑問を持っている者もいるのですよ」


 口調は丁寧だが、言っている内容は信長たちを馬鹿にした話である。


「もっとも、召喚したからにはあなた方に期待せざるを得ません。あなた方には分からないでしょうが、異界から人間を召喚するにはかなりの力を消費するのです。ライゼルさまの貴重なお力を使って来ていただいた以上は、あなた方に相応の働きを期待しているのです」


 微力だが無いよりマシとでも言いたげな物言いに、信長たちは腹が立ったがここは従うより仕方はない。


「分かった。ひとまずその方らに協力せざるを得ないようだな。それでどのように協力してくれると言うのだ?」


「いまあなた方が一番必要としているのは情報でございましょう? 私がいろいろと教えて差上げます」


 信長たちにとって、この世界は分からないことだらけであった。そもそも自分たちのこの姿は如何したことか。その信長たちの視線を察して、メフィストは説明した。


「あなた方は若返って驚かれていることでしょう。この魔界では老いるということがありません。より正確に言うなら、あなた方人間の世界と比べて、気の遠くなるほど長い寿命があるのです。したがって人間界から召喚された人間は、肉体が最も力を持っていた時期の姿へと若返ることになるのです。当然我々も何百年、何千年たったところで見た目が変わることはありません」


 なるほどそういうことだったのか、完全に理解したわけではないにせよ理屈は何となく分かった。


「それからこの世界では、名字みょうじというものがありません。名前は名のみです。ですからあなた方もこの世界の流儀になれてください。ですから私は先程からノブナガ殿とお呼びしていたのです。よろしいですか? カツイエ殿、トシイエ殿、ナリマサ殿、ジュウベエ殿、そしてサル殿」


「ちょっと待て! なんでワシだけサルなのじゃ!」


 この言葉に秀吉が激しく反応した。


「ははは、それは私の趣味というものですよ。あなたはノブナガ殿からそう呼ばれていたのではないですか?」


「サル、いまは大切な話をしておるのじゃ。黙っておれ」


 ノブナガがサルをたしなめた。


「それからあなた方は魔界に来たこととにより、元の世界では持ち得なかった特殊能力に目覚めます。それがいつかは分かりませんが。我ら魔族も同じ力を持っています」


「特殊能力?」


「そうです。能力はそれぞれですので私にも分かりません。すでに目覚めて居る方がいれば別ですが……。おお、キチョウ殿、あなたはすでに目覚めているようですね」


「わたくしが? ほほほ、それは愉快。ノブナガ殿、聞かれたか? わたくしが一番のようですよ」


「分かっておる。それで何の能力なのだ?」


 ノブナガは苦笑しながらメフィストにたずねる。


「キチョウ殿の能力は魔法のようです」


「魔法?」


「はい。あなた方の知識で言えば、呪術のようなものです」


「呪い殺すあれか?」


「ああ、いえ。そのような怪しいものではなく、すぐに目に見える効果がでるものです。ものは試し、やってみましょうか。キチョウ殿、両腕を天に掲げてください」


 キチョウは言われるままに両腕を上げる。


「わたしが唱える通りにそのまま真似をして唱えてください。エクザ、エクザストオール、ウルド、ラグダ、エクザ、エクザストオール、ウルド、ラグダ」


 キチョウがメフィストの言う通りに呪文を唱えると、キチョウの腕の先に火球が出現する。ノブナガたちの眼が驚愕で見開かれる。


「さあ、あの岩を標的にして火球を放つのです。さあ!」


 キチョウは言われるがまま、腕を振り下ろし火球をとき放つ。


 ゴゴオウウウウウン!


 激しい爆音が辺りを包む。そのあまりの威力に一堂声もでない。


「これは大筒のようなものか」


「いや大筒よりも威力があるぞ」


「この炎は凄いぞ! なんという破壊力だ」


 カツイエ、トシイエらが魔法の威力に感嘆しきりである。


「いまはとりあえず、これだけで大丈夫でしょう。始めからあれもこれも使いこなすのは無理というもの。これがあれば、そう容易く負けはしないはずです。さて、これからあなた方が最初に目指すべき目標をお教えしましょう」


 メフィストはそう魔法について切上げ、ノブナガたちに行動の指針を与えようとした。

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第六天魔王ノブナガ、魔界へ参る 大澤聖 @oosawasei

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