当日 -2-

「そうだね」



 あの時から姿が変わらぬ予言者が、口を開く。



「五年前、僕は貴方にそう言った」



 不幸を作ること、それは正しいこと、許されなければならないこと。五年前のあの日に、この予言者に言われたこと。その言葉を信じて、私はこうして反乱を企てた。そして今、成就しようとしている。確かに私はあの方を不幸に陥れたのかも知れない。だけれど、これは正しいのだ。許されるべきなのだ。そう、自分に言い聞かせる。言い聞かせ続ける。


 予言者の少年と、薄暗い廊下の途中で出会った。その顔はいつものような無表情ではなく、薄気味悪い笑みを浮かべていた。だから気になって尋ねた。これは貴方が仕組んだことなのかと。貴方は私に反乱を興させるように、言ったのではないのかと。

違うと言って欲しかった。単なる私の勘違いで、気にしすぎであって欲しかった。

けれども予言者は、呆気もなくそう応えた。



「予言者と名乗り、適当に言葉を繋げれば、こうして簡単に人は動く」



 いつも以上に口数が多い。護衛の者たちは剣を構え、予言者に対峙する。



「協力に感謝するよ。これで、かの領地はより広大に広がる」



 それだけ言って、予言者は背中を向ける。はたしてこのまま逃がして良い物なのだろうか。さっきの予言者の言葉を、もっと考えるべきなのではないだろうか。私は、本当に正しいのだろうか。



「気にすることはない」



 護衛の一人が口を開く。



「反乱は成功したんだ。我々は自由になった」



 そう、確かに反乱は成功した。でも、なぜだろう。喜びよりも、不安の気持ちの方が強い。その理由もわかっている。予言者は本当の予言者ではなく、きっとあの協力者と繋がりのあるものなのだろう。この反乱が成就してもっとも喜ぶのは、すぐ隣の領主。きっと、思惑通りなのだろう。


 ……私は、あの方を不幸に陥れただけなのではないか。


「……ウソだ……」


 薄暗い廊下の先。もう目をこらしても、歩き去った予言者の後ろ姿を見ることはできない。殺してやれば良かった。護衛の者に命令して、その剣で胸を刺し貫けば良かった。


 ……そもそも、こんな反乱なんて起こさなければ良かった。


 協力者の言葉なんて信じなければ良かった。予言者なんて気にしなければ良かった。あの方の言葉を信じるべきだった。


 なんてことをしてしまったのだろう。



「……ダメ……」



 この奥に旦那さまはいる。たぶん、もう殺されているのだと思う。後は私たちが踏み込み、その手柄を独占し、この反乱の成就を祝う。それで終わる。けれども、それだとあの方の命は……私の考えがいかに浅かったのか、思い知らされる。


 予言者……いえ、あの少年にとって私とあの方のことなんか、どうでも良いのだから。



「それだけはダメ!」



 困惑する護衛の剣を奪い取る。身を翻し、あの方が軟禁されているあの部屋へと急ぐ。無事でいて欲しい。あの方がいれば、まだやり直すことができる。息が上がる。詰りそうになる。脚はもつれ、鼓動は異常に高く鳴る。せめてあの方だけは、私が守らなければならない。この角を曲がればあの部屋が見える。扉は閉まっている。灯りは付いている。


 まだこの場所にいて。そう願って開けた扉の先に、誰の姿も見えなかった。

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