外伝 小噺

磯田華 

 華は、優樹菜の背に塩を刷り込みながら、ふむ、と唸る。

 肌がとてもきめ細やかで、背がとてもきれいなのだ。

 そして、自分も同じ女性なのに、思わず触ってみたくなるほどの豊満で美しい胸。

 男どもがイヤラシイ目で見ても仕方ないプロポーションだ。

 不思議なのは、彼女がセクハラ被害にあったことが少ないということだ。

 彼女の周りの男は、悟りを開いてでもいるのだろうか、と華は首をひねる。

 ゆっくりと扉を開けて、華は、タオルを一枚巻いただけの優樹菜を外の風呂に案内した。

 ザリッ。

 砂利を踏む音。

「ちょっと……シメてきます。先に入っていてください」

「華さん?」

 ポキポキと指を鳴らしながら、華は、天幕の裏側へと回った。


「おい、まだか?」

「まだみたいだ……手間取るな」

 ひそひそと、空と田野倉は言葉を交わす。

 天幕の布に張り付かんばかりの体勢で、ほんの少し空いている隙間から風呂と拝殿のほうを見ている。

「ムッツリ優男は?」

「あいつは、カッコつけだから、たぶんやせ我慢だな」

「もったいねえ」

 すらり、と拝殿の扉が開く。タオルをまとった優樹菜の姿が見える。

 肌は隠せても、曲線美は隠しきれない。

「おおっ」

 二人の男は、思わず同時に低い声で唸った。

 が。それがいけなかった。

 不意に、背筋に殺気が走った。

 凍り付く空気。

 ゆっくりと振り返った視線の先には、冷たい笑みを浮かべた華が立っていた。

 空と田野倉は、ゆっくりと天幕から身を離した。

「さっさと、粥をつくらんかっ!」

 すばやく間合いを詰めた華の蹴りが空の膝裏に決まり、空は思わず膝をついた。

「手加減しろよ……」

 妹に格闘技を習わせた父親を思わず呪う。

 そのすきに、田野倉は華をかわし、天幕の『中』へ、逃げこもうとした。

 考えが、姑息である。

「この、クソ坊主がぁ」

 華は田野倉の腕をひっつかみ、そのまま、背負いでぶん投げた。

 他人であろうが、容赦はしない。

 田野倉の身体が宙に浮き、砂利の上に転がり落ちる。

「神聖な儀式をなんだと思っているのよ」

 華はそう言って、二人の耳をひっつかんで、台所へと放り込んでいった。

「悪いね、妹は有段者なんだ」

「……惚れそうだ」

 本気とも、冗談ともとれる表情で田野倉が呟く。

「悪趣味だねぇ、お前」

 妹の去った扉を見ながら、空は傷む耳をそっと撫でた。

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