ハイウェイ82 リヴィジテッド

美作為朝

ハイウェイ82 リヴィジテッド

 時間は中西部時間で真夜中26分過ぎ。

 ネブラスカ州のハイウェイ82号線を97年型のフォード・トーラスが西に向かって時速80マイルで爆走している。

 栄光の90年代。涙の90年代。グランジの90年代。怒りの90年代。湾岸戦争の90年代。ネットが生まれた90年代。米国車産業衰退の90年代。Xジェネレーションの90年代。

 もう、トーラスはフォードでは人件費の安いメキシコや中米の工場ですら生産されていない。

 こんな馬鹿デカいセダンに乗って、いいおっさんが職場まで走り、妻に言いつけられたきれたジャムやピクルスを買って帰る時代はアイゼンハワーやニクソンとともに終わった、いやマリリンやエルビスとか?。

 今は、ハイブリッド車の時代。トランクルームを犠牲にして死ぬほど重いリチウム電池を積んで走っている。それがエコでステイタスらしい。冗談じゃない、なら車に乗るのはやめたほうが良い。いつ枯れるともしれない石油を垂れ流すようにV6エンジンをふかし、大枚たいまいはたいて中近東の連中に大きな顔をさせるのが車だ。それで100年近くやってきた、変えるほうが無理ってもんだ。

 乗っているのは若者二人。運転席と助手席、後部座席に座るのは年寄りと生理前の女の子と精通してない男の子だけ。つまり根性なしか、扶養家族、弱いやつ。

 ナンバープレートは"CHS81LOV"。ずばりコーン・ハスカーズ、81年、ラブ。

 もしくは、チャーリー・ハドソンのセックス8回と一度のリアル・ラブ

 乗っている二人とも、全く意味がわからない。なぜならイモビライザーの知識がないので、車を盗めない。だからナンバープレートだけ盗んでつけかえた。

 ゼロ年代が来ても馬鹿は苦労するように出来ている。

 81年といえば、ネブラスカ大のアメフト部がオズボーン監督の下、まだ強かった時代だっけ?。どっちにしろ二人が生まれる前の話だ。二人は90年代の最晩年に生まれたもの同士。栄光の90年代すら知らない。

 トーラスはネブラスカ州を東西に貫く82号線を一路西に向かい、疾走している。

 となりのワイオミング州まであとどれくらいだ?。

 助手席のカイル・"ナイン・ボール"・オコーネルの口数が数十分まえから、急激に減った。両手で左脇腹を抑えている。

 トーラスの室内灯では暗くて、よくわからない。

 カイルは見ようとしないし見せようとしない。

 しかし、このカイル・"ナインボール"オコーネルがしくじったことは確かだ。

 アクセルをベタ踏みして運転しているのは、ボブ・"フォワー・ベイン(売女ばいた殺し)"・ハーヴォー。ただし女性、特にレディ淑女/お嬢さまの前で自己紹介するときは、さすがにフォワー・ベイン売女殺しとは言わない。

 ボブ・"ナイト・プラウラー(夜の徘徊者)"・ハーヴォーに変わる。ただし、ジョークのわかるガールかビッチの前では、"フォワーベイン売女殺し"と名乗る。

 ボブ・ハーヴォーは6フィート8インチの長身をシートに押し込め、只々ただただトーラスの照らすハイ・ビームの先を目指し、82号線を運転している。

 ボブがこんな長い間タバコを吸わず運転しているのは中学からの思い出しても新記録。

 後部座席には、ズタ袋二つに、数えられないほどのフランクリンの肖像の入った札束がいっぱい。

 人生がやり直せる額のお金。人生を買い戻せる額のお金。残りの人生、遊んで暮らせる額のお金。入手の説明が出来なければ刑務所に入らなければいけない額のお金。

 カイルが撃たれたので正確な額を数える暇がなかった。

 カイルが言った。

「なぁ、ボブ、あのクルーザー級の州大会にいったジェイムが言ってたの覚えてる?」

「ジェイム?」

 カイルの声はボブが思ったいたより小さかった。

「ワン・ツリー・ヒル・ハイのいけ好かなねぇニガーを5ラウンドでぶっ倒しただろう」

「サンチェスとかいう、ヒスパニックだっただろ?」

「どっちでもいっしょだよカラード有色人種は見てくれがダサいし汚たねぇよ、いつも思うんだけど、一つだけ神様に感謝するとしたら、この俺を白人にしてくれたことだな」

「もう、あんまり喋んなよ。カイル」

「ジェイムが言ってたけど、レバー肝臓って右にあるんだよな。だから、左フックを鍛えてるって言ってた」

 ボブの返事がなかった。

「左って脾臓ひぞう膵臓すいぞうがあんだろ?」

 ボブの返事は再び無し。

「に、しちゃあ、血はとまんないし、めっちゃ痛いんだけど」

「さっきのコンビニでくそビッチ用の生理用のナプキンとティッシュ、たらふく買ってやったろう。ちゃんと両手で抑えていろって」

「あの店員、深夜勤務ナイト・シフトなのに若いで可愛かったな」

「覚えてねぇよ」とボブ。

 あの店で、防犯カメラに二人して写ったはずだ。サツCOPはああいうのを手がかりに確実に追いかけてくる。

 まさに人狩りマン・ハントワイルド・ワイルド・ウェストWWWの時代と何一つこの国は変わっていない。

 それをいうなら、ボブもカイルもそうだ。グロック17とM1911片手にレキシントンの全銀行の金が集まるマネー・デポジット(紙幣換算、計算所)で武装強盗を犯したんだから。

 ジェシー・ジェイムスやブッチ&サンダンスも真っ青。

「なぁ、あのレキシントンのさ、アムトラックの踏切でパトカーをすれ違ったときは、焦ったよな、だけど、あのサツさ、通報受けてなかったのかな、普通にすれ違ってやんの、笑ったよな?」

 ボブはちらっとカイルの方を見た。

 ここ数十分なるべく見ないようにしていたが、あまりにもカイルがしつこく語りかけるから我慢できずに見てしまった。

 人は死ぬ前や、誰かを殺す前は口数が増えるという。朝鮮半島で中国人かロシア人か朝鮮人かそれら全部と戦った、ボブのトニーじいちゃんが言っていた。

 黄色い連中のために命をかけるなんてここら中西部じゃ信じられない事実。

 そして瀕死の重症のやつブローに優しい言葉を数語かけてやると安心するのか、ほっとするのか、すーっと蝋燭の火が消えるように死んでいくそうだ。

 カイルの左腹は抑えている両手のパーカーの袖まで染みてどす黒くなっていた。

「なぁ、ボビーちゃんよ、さっきから、すっげーそっけないけどさぁ、俺がドジったって思ってんの?」

「いや、警備員が三人とは俺も知らなかった」

「ああ、アイアン・シャンク鉄の脛の話しじゃ、警備員は二人だったはずなんのに、あのひげのコルト・パイソンの警備員さぁ、間違いなくこの俺様が三発はぶち込んでやったけど、死んじゃったかな?」

「防弾ベスト、着てたよ。たぶん」

「俺と違ってだろ」と露骨に顔をゆがめながらこたえるカイル。

「暗くて、見えなかったよ、ビビってたし、銃声も数えてなかったし」

「でも、あの髭野郎はこの俺様の左脇腹に当てやがった、それだけは間違いない」とカイル。

「戦争映画みたいにモルヒネはないけど、さっきのコンビニで買ったアスピリン、ウィスキーで飲めよ」

「もう、瓶の半分飲んでてさ、スゲー胸焼けするんだけど」

「大変だな、撃たれた左っ腹に胸焼けとは」

 ボブが少し笑った。カイルも笑った。

「笑ったな」

 カイルが、笑ったボブにふざけて、左手でグリグリボブのこめかみにこぶしを押し付けた。

 そしたら、カイルの血がボブの額の横に付いた。

 あっという間に車内は、シラけた。

「なぁ、アイアン・シャンク鉄の脛の取り分とったら、どれだけ残るかな」

「知らないよ、慌ててたし、ビビってたし、数える暇もなかったし、札束があんな重いって始めて知ったし、おまえは持とうとしないし」とボブ。

 久しぶりに82号線でハイビームとすれ違った。レクサスのダサいSUV。日本車だけには死んでも乗りたくない。なんのため第二次世界大戦で叩きのめしたのか、合衆国・国民ならもう一度考え直さないといけない。

 まぁ、もう三世代も前の話だけど。

 何度目かの、ボブはカイルのほうを見やった。

 もう顔色まで悪い。

 カイルは深く座っているというより、シートにめり込んでそのままシートの中に溶け込んでいきそうな勢いだ。

「お前は、なんにも、知らないんだな」思いつめたように小さな声のカイル。

「生まれて、まだ二十年も経ってないからな」とポブ。


 短いが決定的な間があった。

「そうやって、撃たれた俺のことも気にかけないつもりだろう」

 カイルがこちらを向いて喋っていることが左の視界の端で感じられた。

 ボブもだが、さっとカイルのほうを見た。

 こんな意を決した表情をしたカイルを小学校からいっしょだがボブは今まで見たことがなかった。

「俺を捨てる気か?」

 ボブは無言で運転を続ける。捨てる前に失血で死にそうだ。これは朝鮮戦争にいったトニーじいちゃんから聞いた話ではない。アイアン・シャンク鉄の脛から聞いた話しだ。太腿ふとももの内側をナイフで切っただけでも止血できないらしいのに、腹なんてどうやって止血するんだ!?。

「そうなんだろう?」

 もう一度、ちらっとボブは、カイルを見た。熱にうかれたようなすべてが水で溶きすぎた絵の具で描かれた水彩画みたいな顔をしている。しかし、目だけは異常に爛々としている。

 そして、こんな怯えたカイルを見たことも始めてだ。

「心配しすぎなんだよ、ウィスキーでアスピリンを飲めよ、楽になるぞ」とボブ。

「ボーッとしちゃいけないから、アスピリンもウィスキーも全然飲んでない。さっきのコンビニの薬品臭いコンクのペプシだけだ。撃たれたから心配で胸焼けしてるだけだ」

 車内に無言と82号線とトーラスの幅6インチのタイヤのロード・ノイズが静かに響くだけ。

 しばらくぶりのハイビーム、今度は、国産のフォード・クラウン・ビクトリアだ。そっちのほうがドキドキする、パトカーかもしれないからだ。

 アメリカには多種多様の警察組織が存在する。国道にはハイウェイ・パトロール、小さな町には保安官と保安官補。大きな街にはその市の市警。そして州全体を管轄とする州警察に、最後に合衆国全土にはファインご機嫌のFかファック最低のFで始まるFBIフェッズ

 もう一回、ボブはカイルを見た。

 両手で腹を抱えるようにして青白い無表情な顔をしてシートに深く座っている、歯並びぐらしか褒めるところのないジェーンに素敵な瞳の色ねって言われた、カイルのブルーの瞳にはありありと恐怖が浮かんでいる。

 そして、カイルは右利きだ。

 さっき、左腕でボブのこめかみを小突いたが、右腕に生理用のナプキンでなく、黒いプラスチックで出来たグロック17がちらっと見えた。

 ボブは、ゴミ捨て場と化している20年落ちのトーラスのダッシュボードの上を見た。地元レキシントンだけでチェーン展開するバーガー屋のXLの空カップに、クソおもしろくなかった映画のシネコンの半券、座席はE-5。女性が脱ぎ捨てた下着に見えるさっきのコンビニのレジ袋。その下にボブの45口径のM1911が置いてある、いやはずだ。だがどこにあるか見えない。

「幼馴染のお前を捨てるわけないだろう」

「じゃあどこの病院にいくんだ?」

「ネブラスカ州外だ、ワイオミングの」

「アメリカのどこの病院でも銃創は即刻通報だよ」

 ボブも知っている。

「小さい買収できる診療所さ、アイアン・シャンク鉄の脛がいい診療所を教えてくれるさ」

アイアン・シャンク鉄の脛は信用ならねえ、警備員の数すら数えられないだからな、それに一人居ないほうが、、分け前が」

「やめろ!」

 ボブのほうが、先に叫んだ。

 それは、ずっとボブが82号線を走り続けている間、頭をよぎっっていたことだ。それに武装強盗の場合、正当防衛が成立するのか法律の知識はからっきり知らないが、カイルは一人殺している、たぶん。

 しかし、カイルを捨てるってどうする。このほぼ20年落ちのフォード・トーラスは時速80マイル近い速度で82号線を一路西に走っている真っ最中だ。

 カイルの右手のグロックは止血の姿勢のまま自然とボブを向いている。

 一方のボブは、ダッシュボードの上にどちらかの腕を伸ばし、レジ袋やXLのカップをけM1911を探し手に取りカイルに向けなければならない。

 もしくは、カイルを蹴り出すのは、簡単だが、慌ててこのトーラスに乗って逃げたためカイルの側のドアがロックされているか否か定かではない。カイルを蹴ればその瞬間にボブのタマをグロックで撃ち抜かれるのが落ちだ。

「やめよう、カイル」

 ボブのほうが嫌な汗をかき、怯えた表情を浮かべ、カイルを見た。

 カイルは瞼さえ重そうで、もう意識を保つのでさえ辛そうだ。

 誘惑は大きい。取り分と同じだけ。取り分は二倍になる。オッズはダブル。しかも上手くどうにかすればカイルの単独犯行に見せかけられるかもしれない。

 しかし、喧嘩ばっかりだった兄弟と違い、幼馴染ですべての思い出を分かち合ってきた親友のカイルを裏切れるのか?。

 ボブはそうならないかもしれないが、カイルはそうなるかもしれない。

 逆にカイルはそうならずに、ボブはそうなるかもしれない。

 そう、思ったときだ。

 カイルが、夢うつつのように言った。


「ジェーンは、本当はお前のことが好きだったんだぜ」


 それが、契機になった。

 ボブは思いっきり両腕と両足でからだを突っぱね、アクセルから足を除け、クラッチを踏み一速に落としエンジンブレーキもかけ、ブレーキを思いっきり踏み込んだ。

 全く予測していなかった上に、力も入れられなかったカイルはよくある事故映像用のダミー人形のように前にフロントグラスに投げ出された。

 その機に、カイルはグロック17の引き金を引いたようだったが、もう9ミリの拳銃が発射されたとか時速80キロで急ブレーキをかけたトーラスの車内では非常に些末な出来事だった。

 トーラスはフロント・タイヤのサスペンションを軋ませ、飛行機が急降下するように前のめりになりお尻を振りながら、なんとか耐えながら、減速していたが、前方のフェンダーかバンパーが82号線の舗装に食い込んだ瞬間、斜めに一本背負いを喰らったように、なり横転し、天井を下にしてスライドして、緩い右曲がりの82号線から路肩のトウモロコシ畑にずるずると落ちた。

 ナンバープレートの"CHS81LOV"は、コーンフィールド、ヒット、シュアリー 81タイムズ、ルーピング、ベリーマッチ。


 時間の感覚がなくなった。


 もう誰も腕時計をしていない。携帯が文明のすべてを変えつつあった。携帯で確かめる気もない。

 20年落ちのトーラスは逆さまのまま。

 ボブは左腕の手首の痛さで正気に戻った。ハンドルで躰を突っぱねたおかげで手首を脱臼か捻挫したらしい、もしくは骨折。左手首の激しい痛み。首も肩も若干痛い。

 意図的にカイルのほうは見ない。なぜなら、音が全くしないから。

 ドアは変形して開かない。サイドグラスを見ると、グロックの9ミリの銃弾の後。どうしても必要なものが一つだけある。M1911。不自由な格好でボブは拳銃を探すが見つからない。金より拳銃のほうが必要だった。威嚇し逃走手段を得るため、いや自殺するために。

 しかし、M1911はなかった、人とは思えない姿勢になりかつ赤黒い塊みたいになっているカイルは不思議なことにグロック17を握ったままだった。

 背に腹は変えられない。

 ボブは、グロックをカイルの手から文字どうり引き剥がすとベルトに挟み、どうにかトーラスから這い出た。

 ガソリンが洩れていることはなさそうだった。

 後部座席のドアも変形し開かない。

 後部ドアのグラスをグロックのマガジンキャッチで叩き割る。

 左手の手首が恐ろしく痛い。二つある札束の入ったズタ袋を左手首を痛めたせいで一つしか持ち出せない皮肉に、笑いが止まらない。

 こんなに良く出来たジョークは生まれてはじめてだ。

 カイルは死んでも取り分は諦めない。

 怖すぎて笑いが止まらない。

 使える方の手でどうにかズタ袋一つトーラスの残骸から引きずり出し、トウモロコシ畑から82号線にボブは醜いヒキガエルのように這い上がった。

 そして、札束の入ったズタ袋をかつぎ国道82号線をワイオミング州に向けてよろよろ歩き出した。

 1マイルも歩けそうになかった。いつ通りかかるかわからない車を女性でも撃てるという謳い文句のグロックで止めてカー・ジャックできるかは、大いに疑問だ。

 時速80マイル近くで走る車で事故が起きたんだ。普通は即、救急車だろう。 

  ムショ刑務所カラード有色人種の囚人たちにケツの穴を輪姦Train rapeされて過ごすのだけは耐えられない。それが白人ってものだ。違うか?。

 グロックは自殺するために使うことになりそうだ。それも白人だ。

 

 ボブはネブラスカ州を東西に走るハイウェイ82号線をよろよろ歩き続けた。

 死人の拳銃と札束だけ持って、、、。


 ボブの後ろでは、州警察のサーチライトを点けたカイオワと呼ばれるヘリがボブの背後の上空視界ギリギリのところまで迫っていた。

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