第九話 ルック・イズ・エレガンス! 騎乗のキミの美しさに約束を(前)


 よし! 本題に入ろう。


「ダンタリアンさん。今日は牧場の利益をゲトセクトさんの方に流すのを止めて頂きたく、そのお話をする為に来ました」

 俺はさっきとは気分を変えて、気を引き締めた表情で彼にそう告げた。俺の馬の事はやっぱりその後だろう、順番的にね。


「ほう。ニホン人のお前さんが、ただの見物という訳では無く、か?」

 ダンタリアンさんは最初よりも態度が柔らかくなってはいたが、それでも俺の事を値踏みする姿勢は崩していない。


「もし不服があるならば、お言葉で示して貰えると有り難いです。その方が弁明がし易いですから」

 交渉となると俺は強気に入る、というのはアクアレーナももう分かっているようで、固唾を飲みつつも俺を隣から見守ってくれている。


「いや、不服ではなく驚いたんだ。これまでのニホン人は皆あくまで、お嬢とデートでここに来ていただけだったからな」

 ダンタリアンの言葉を受けて、なんか俺の隣のアクアレーナが急激に取り乱し始めた。


「おじさま! それは、それは今言うような事ではありませんー!」

「ほっ?」


 彼女の言葉の意味が分かっていないダンタリアンは戸惑っていた。でもごめん、俺もよく意味が分かって無い。


「レン様っ!」

「うっわ、びっくりした!」


 アクアレーナが至近距離まで俺に近付いてきて、懇願するみたいにしてくる。

「昔の、全て昔の事なのです! もう、終わった事なのですよぉ!」


 う、うん。ていうか、その前のニホン人達はもうニホンに帰っちゃってるんだから、そりゃあ関係も終わってるんじゃないの?


「別に分かってるよ」

「その淡白な言いよう……。きっと怒っておいでなのですね!?」

「だから違うってば!」


 ほれ見ろ、ダンタリアンさんもキミの急な取り乱し方にどうして良いか困ってるじゃないか。

「すいません、ゴタついてしまって」

「いや、良いけどよ」


 ぶっきらぼうに答えるダンタリアンさんは、きっと気の良い人なんだろうと思えるけど。でも――。


「今日はデートとかじゃなくて、純粋に仕事の話を持って来たんです」

 そう。今はこの人と、ただ気さくな関係を築けば良いという訳では無いんだ。『デートじゃない』という言葉に改めてアクアレーナがしたけど、ここは無視スルーしておくとしよう。


 一方のダンタリアンさんは渋い顔をする。そして厩舎の馬達を見回しながら言った。


「俺っちも人間だから、生きてく為には食わなきゃならねえ。それを叶えさせてくれるのはコイツらな訳だが、正直今のフレイラ家にゲトセクトさん以上――とまではいかなくとも、それに近い羽振りでさえ期待は出来んだろう」


 うむぅ。やっぱりそこが問題なんだよなぁ。

「やはり先代が亡くなってしまったから……だから家への信用が得られないのだという事ですか?」


 俺が元々そうだと知りつつも疑問形で尋ねたのは、相手の口から答えを言わせる為だ。何故ならそこには事実以外のものが現れてくるからで、それは要するに――。


「俺っちのこの牧場だけの話じゃねえんだ。色々と体裁ってもんがあるんだよ」

 ダンタリアンさんは決まり悪そうにしながら言ってくれた。


 そう、それは要するに相手の気持ちさ。今の反応を見ると、彼の中でフレイラ家と距離を置く事に後ろめたさは感じているようだって推察出来る。


「体裁、ですか。だったらこの俺とアクアレーナが、貴方が付いても恥ずかしくない人物だと周囲に知らせる事が出来れば良いんですね」


 俺の言葉に先ずアクアレーナが驚いた。

「レン様、何かお考えが有るのですか?」

「うん。でもその前に……」


 俺は周囲の馬達を眺めてから、彼女に告げる。

「外のレースコースで、キミが馬を走らせている所が見たいな」

「えっ」

 彼女が驚きと共に、微かに顔を赤らめたのがちょっと印象深かったけど――これはダンタリアンさんとの交渉には欠かせない事だから、俺は気持ちを緩めなかった。


「ニホン人の兄ちゃん。一体何を企んでる?」

 ダンタリアンさんの穏やかでは無い表情。でもそれだけ彼の真剣さが伝わってくる。


「馬を一頭、彼女に使わせてあげてくれませんか。走る事は馬にとっても良い気晴らしになるから、別に悪い事ではありませんよね?」

 俺は悪戯っぽい表情を彼に向けて言った。


 さっき外からこの牧場の外観を見ていた時にしたアクアレーナとのちょっとした会話にだって、交渉に使える要素というのは有るものなのさ。普段から人との会話にちゃんと関心を持っていないと、こういう事には気付けないよね。


「うむぅ……。お嬢が良いってんなら、俺っちは別に構わねぇよ」

「私も、レン様に見て頂けるなら喜んで。……ただ、今日はスカートを履いているので婦人用横乗りサイドサドル式の騎乗になってしまいますが」


 サイドサドル? なんかよく分からないけど、そういう乗り方が有るんだね?

 まあ俺が馬について、ど素人だと思われるような事は言わないでおくけども。


「ああ、ちゃんとそれ用の鞍を付けてやるよお嬢。にしても急な話とはいえ、お嬢がここで走るのは久し振りだな」

 そう応えたダンタリアンさんは、何処となく嬉しそうに見えた。


 ……やっぱりというかさ、この人はアクアレーナへの情を捨て切れてはないんだなってそう思う。


 ちょいと待ってなと言って支度に掛かった彼の後姿が、ほんの少し優しげなのはきっと気の所為では無い。

 何故ならそれを見るアクアレーナが、安心したようにふと微笑んでいたからである。


 ※


「はっ!」

 レースコースでアクアレーナが、両足を馬の左側面に揃える形で騎乗するサイドサドルで騎乗しながら、凛々しい顔で馬を走らせている。


 白い毛並みに、アクアレーナの髪の色に近い青の瞳の賢そうな馬。その名はマスカルポーネというらしい。


 元々横向きの姿勢でも安定して乗れるように、鞍の形自体が調整されているから、余りにも速度を出し過ぎない限りは落馬の危険も少ないとの事らしかった。

 ロングのスカート姿で馬に乗り、青い髪を風になびかせながらコースを駆ける彼女は、率直に言って優雅だった。


 それを俺は、ダンタリアンさんと二人で見ている。


「なあお前さん、お嬢の走りを見てどう思う?」

 不意に彼がそう尋ねてきた。探るような言い方が少し不審に思えたけど、俺は素直に答える事にした。


「素敵ですね。鞍が横乗り用に合わせた物だという点を引いても、アクアレーナの姿勢は安定してる。それは元々彼女が馬に乗って走る事を好んでいるあかしであり、また馬の速度に負けない強い体幹をしてるんだという事も分かります」


 俺の脳裏に、彼女と初めて出逢った時の映像が浮かんだ。ウエディングドレス姿のアクアレーナは、スカートの汚れを確認しようとして体勢を崩し掛けても、自分の力でしっかりと持ち直していたんだ。


「そうだ。お嬢はフレイラ家の一人娘として、いざという時の為に勉学は勿論、体を鍛える事も親の教育方針として組み込まれていたのさ。乗馬もその一環だったから、今はああして立派に乗りこなせてる」

 ダンタリアンさんの表情は感慨深げだった。


「彼女、子供の頃から苦労してきてるんですね」

 俺は間違ってもアクアレーナの事を、世間知らずなお嬢様だなんて思っちゃいない。


 話していても彼女の受け答えはしっかりしているし芯が有る。


 異世界転移について碌に知らなかった俺にマウントを取って話すような事をせず、丁寧な教え方をしてくれた。


 屋敷では使用人に対し威厳を持って接していて、家の中を取り纏めるだけの気概を十分に感じられた。


 そして今は、彼女自身の逞しさを目の当たりにしている。

 俺は彼女が苦労をしてきてると言ったけど、ニホンには若い内の苦労は買ってでもしろということわざが有って、その諺の功罪は今どうでも良いから問わないけれど、少なくとも彼女の中ではその苦労がんだってそう思えたんだ。


 駆けるアクアレーナを見ている俺の目が敬意の念に満ちていたのだろう。俺の表情を見たダンタリアンさんも、俺の言葉から否定的なそれでは無く、あくまで彼女をたたえているニュアンスを感じ取ってくれたようだ。


「お前さん、やっぱりこれまで俺っちが見たニホン人花婿候補の連中とは一味違うな」

「そうですか? 俺は別に普通なつもりですけど」


 しかし彼は肩をすくめてみせる仕草を返事とした。

「まあ、俺っちは喋りが上手くねぇからよ。その辺の事はお嬢に聞いてみてくれや」

「は、はあ……。でもそれよりも、ダンタリアンさんにお聞きしたい事が有ります」


 俺としては過去の花婿候補より、これから聞く事の方が本題だ。


「なんだよ?」

「貴方から見て、アクアレーナの走りの腕前はどうなんですか?」


「あん? そりゃあお前、大したもんだって認めてるよ。お嬢の真の騎乗スタイルは前乗りでよ、専用の騎手正装を纏った時のお嬢の走りは今とは段違いで、正に男顔負けなんだぞ」

 へえ……そこまでだとは知らなかったけど、とにかくこれは有力な証言が聞けたぞ。


「そうですか。……個人としては実力が有るのに、周囲への面子めんつ的な理由で花開く事が出来ない人を見てるのって、辛いですよね」

 俺のこの言葉を聞いた、ダンタリアンさんの眉間に皺が寄った。


「お前さん、俺に喧嘩売ってるのか?」

 穏やかじゃない声色。そりゃあ、その周囲への面子を気にしてアクアレーナへの援助を渋ってる彼からすれば、俺の言葉は面白くないに違い無い。


 でも、ここは男なら強気で行く所だよ。


「俺はそれもと思っています。でも――」

 やぶさかではないというのは、『そうしても良い』みたいな意味の言葉さ。本音を臭わせつつ、自分の本気を示すんだ。


「ここでそういう形の交渉をするのは、彼女自身の面子を潰してしまうから、やりません」

 アクアレーナがこちらを見て――というか俺の方を見て少しぎこちなく笑い掛けてきて、俺は優しく微笑み返しながら彼女に手を振った。


 俺と彼女のやり取りを見たダンタリアンさんの声が、元の鷹揚さを取り戻す。

「ほう。お嬢の為にそんな風な事も言えるとはな」

 俺を褒めてくれているようにも感じるけど、実際の所は俺の事を値踏みしてるのが分かる。


 後は俺の提案に彼が乗ってくるかどうかだ。


「彼女の力を示す為に、ちょっとした催しイベントを開けたらなって思っています。近隣から参加者を集めて、馬のレースを開くんです」

 俺はそう答えながら、不敵に笑って見せた。


 ――後半に続く――

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