第十六話 グレート・ヴィクトリー! 貴方は泣きたい位に最強の花婿様ですわ

 辺り一面草原で、草の香りが俺を包んでる。ここは間違い無くゼルトユニアだ。


「ゼルトユニア、俺が戻ってきたぞー!」

「レ、レン様、テンションがおかしいですっ!」


 アクアレーナがビックリした顔でツッコミを入れてきた。ごめん、ついはしゃいじゃった。


 リサベルさんのナビが聞こえる。

「選手の皆さん、ここはトロット平原地帯ですが、コースとしてはその終盤。すぐに緩やかな坂下りに入ります。各自馬の調子を少しでも整えておく事をお勧めしますー!」


 確かにね。アンスリウムには俺だけでなくアクアレーナの分も荷重が掛かっているから。その彼女は俺の前に腰掛けているから……いや、だったら……。


「この坂下り、寧ろチャンスになるかもしれない」

「何か思い付いたのですか?」

「キミの存在が、俺の愛馬にまた新たな力をくれるかもしれないって思ってさ」


 俺の言葉の意図を、彼女は瞬時に理解した。


「下り坂を利用して私の前方に向けての荷重を、逆にアンスリウムの推進力に変えるのですね。この子の体力は消費しますが、でもここを勝負所とするならば――」

 悪くない判断だと、彼女の目が言ってきていた。


 この目力、そして風に揺れる彼女の青い髪が、俺に強さをイメージさせる。

 その強さのイメージが、俺の思い付きを後押ししてくれた。


「やろう。これはチートとはまた違う、俺とキミとアンスリウムの三つの力の新たな融合の形だ」

「はい。私、レン様のそういう言い回しがとても好きですわ」


 よし、腹は決まった。一気に行くぞ!


 二度に渡る次元の狭間の突破で、流石に俺とアクアレーナの手の痣の力も限界に来ていた。

 だけど俺の膝の上でしっかりと姿勢を安定させて座るアクアレーナの騎乗のスキルが、アンスリウムに新たな力を付与してくれる。

 経験に基づく創意工夫だって俺達は欠かさないのさ。


 下り坂で俺達は一気に速度を上げていく。


 ――捉えたぞ。先頭を行くあいつの姿を、間際まで!


「イルベール卿、勝負だ!」

「くっ、妖術師は何をやっていたのだ!」


 あの妖術師はお前の差し金だったのか。他の選手まで巻き込んで岩盤なんて落とさせて……!


「正々堂々勝負しろとまでは言わないけれど、せめて自分の知恵と力を駆使して戦って欲しかったと俺はそう思うぞイルベール!」

「異界から来たイレギュラーが偉そうに。貴様などは存在そのものが卑怯ではないか!」


「イルベール卿! レン様に対してそのような仰りようは許せませんわ!」

 アクアレーナの瞳が怒りの気迫に燃えている。青い髪が、今は美麗に燃え盛る青い炎みたいに見えた。


「アクアレーナ! キミはエンゲージリンクなんてものを使ってからすっかりおかしくなってしまった。このレースでそのニホン人を打倒して、キミの目を覚ましてあげるからね!」


 彼女に対しては何処までも紳士然とした言い方を心掛けてはいるけど、俺にはこいつの考え方は到底認められやしない。


「彼女の自分を掛けたこれまでの頑張りを、そんな風に言うお前に! アクアレーナは渡さない!」

 俺の言葉に過剰反応したアクアレーナの体が、一瞬激しく硬直した。


「――くぅん!」

 子犬みたいな声を上げて、俺の胸に顔を強く埋めるのがやっとだったらしい。


 ……改めてこう思うのって恥ずかしいけどさ。可愛いよ、アクアレーナ。


「く、くそぉ……。絶対に負けんぞー!」

 イルベールが顔を真っ赤にして自分の馬に力を注ぐ。


 正直、今の俺にはこいつに対して勝ち誇るっていうような気持ちは無かったよ。ていうかさ、このレースを走る内に、もっとずっと大きなものが見えていた気がするから。


 ケンガレイの街の大門を潜った。後は街道を真っ直ぐ進むだけだ。


 リサベルさんのナビが聞こえる。

「レースは遂に最終地点ケンガレイの街道! ここまで来れば優勝争いはイルベール選手とレン選手の二人に絞られます!」


 その通りだ。しかしイルベール卿は自身の走りの技術も良く、そして乗ってる馬も良い。このストレートコースで前を走られると、追い抜くのは至難かもしれない。


「――あっ?」

 頬に触れるハンカチの優しい感触。アクアレーナが俺の顔に流れる汗を、そっと拭ってくれているんだ。


「……」

 彼女は何も喋らなかった。ただじっと、俺の顔を見ているままで。


 彼女のこの顔、前にも見た記憶が有る。――俺がこのゼルトユニアへとやって来たあの日、教会の傍で俺を見つけた時の、俺に全てを委ねて信頼して走って来た時のあの顔だ。


 そうだ。その時俺は、自分でもまだ素直に認められてはいなかったけれど、でも自分の右手の小指に運命の赤い糸が結ばれたのを確かに感じ取っていたんだ。


 アクアレーナとのこれまでの日々がフラッシュバックする。大変で、でも俺一人だけじゃ絶対に得る事の出来ない充足感。

 理屈じゃないんだ、これは。彼女の為の行動は俺の為で、彼女が俺にしてくれる行動は彼女自身の為でもあって――。


 日々の映像が過ぎ去って、暗闇になって、俺と、そして花嫁姿のアクアレーナだけがそこに居て。でもその暗闇がちっとも嫌じゃなくて、それはきっと彼女が一緒だからで……。


 そして、闇の中でただ荘厳な音色だけが響いていく。


 ゴォーン……ゴォーン……。


 良い音色だ。この荘厳な鐘の音はそうか。

 ウエディング・ベルだ――。


 鐘の音の方へと一心不乱に走ったんだ。他の事は何も考えず、ただ只管に。


 そしたら、なんかぎゅっと俺を強く抱き付いてくる感触を受けて、視界が開けた……。


 俺の視界の端で、なんかイルベール卿が後ろに過ぎ去りながら、物凄い驚愕の顔でこっちを見てきてるのが微かに見えた。それでも彼の事は別に、本当にどうでも良かったけど――。


 ゴールを抜けてから、やっとはっきりと、アクアレーナが俺にハグかって位に抱き付いてきてるんだと気が付いた。


「ゴーーール! カガミ・レン、カガミ・レンだぁーーー! 優勝は最後の土壇場に怒涛の猛追でトップの座をもぎ取った、カガミ・レン選手だーーーっ!」


「えっ!? 俺達、勝ったのか?」

 辺りを見回すと観客ギャラリー全員、なんか俺達を見て感動の顔をしてきてる。


「レン様ぁ!」

 やっとアクアレーナが顔を上げた。


「アクアレーナ、優勝、したっぽいね?」

 俺はまだはっきりと自信が持てなくて聞いたんだけど、そしたら今度は彼女、と目に涙を溜め出してた。


 ちょっと、その顔……めっちゃドキドキするじゃないか!


「レン様っ、好き! 好き! だぁーい好きですぅっ!」

 い、いや、なんか物凄く恥ずかしいし、全然質問の答えになってないんだけども!


 あーでも、もういいや! 細かい事は後だ後!


「アクアレーナ、俺もキミが好きだっ!」

「――はいっ!」


 俺とアクアレーナは、とにかく強く抱き合っていた。二人でここまで全力で戦ったんだから、誰に遠慮なんかするもんか!


 ※


 一週間後。


 俺は無事存続となったフレイラ家の屋敷で、レース優勝を祝うパーティーに参加していた。


「俺っちは兄ちゃんが絶対やってくれると思ってたんだよぉー」

 良い感じに酒の入ったダンタリアンさんが、そう言って俺の首根っこを太い腕でロックしてくる。


「痛い痛い、もうやめて下さいってば」

 苦笑いしながら頼み込むけど、今みたいなめでたい席ならまあちょっと位は構わないかなってそう思う。


 そう、敢えて日にちに余裕を持たせた分、今日は来客も有りの大盛り上がりなんだ。


「おっ、珍しいですね、トライザさんがそんなにお酒を飲むなんて」

 バナリ君がそう言って、隣に居るトライザさんがグラスに入った果実酒を一気に飲み干してるさまをガン見してる。


「――ぷはぁっ。このトライザ、今日ばかりは一人の女で居させて頂きますぅ……」

 なんか千鳥足なトライザさん。普段侍のようにかっちりとしてる分、羽目を外す時はめっちゃ外すみたいで、なんていうか凄く新鮮だ。


でも近頃はアクアレーナの母さんも体の具合が少し良くなったりと、フレイラ家に勤めている人達にとっては嬉しい事が多いから、全然良いと思う。


「ささ、料理はたーんとこさえてるから、皆様遠慮せずに食べてくださいな」

 ガンコさんも来客に料理を手際良く振舞う為にと姿を見せている。


「レン、この屋敷は温かい人が集っているな」

 やっとの事でダンタリアンさんから逃れた俺にそう言ってきたのは、レースを戦ったバロウズ選手だ。


 彼もまた名家の生まれで、フレイラ家との親睦を深めるべく今日ここに来てくれているって訳。


「うん。不思議な一体感が有るんだよ、彼らはさ」

「その主軸となるのはレン、きっとお前なんだろう?」


 彼は気さくに笑い掛けながらそう言ってくれたけど、俺はゆっくりと首を横に振る。


「主軸はアクアレーナさ。彼女は本当によくやっているからね」

「俺には謙遜にも聞こえるがな。――で、その彼女とはまだ結婚しないのか?」

 悪気無く痛い所を突いてくるバロウズに、俺は少しだけ苦い顔をしたけど、でもすぐに微笑んだ。


「そうだね。まだもう少し今の立場で、この世界の事を知っていきたいんだ。そうしたらもっと真剣に、彼女とも向き合えるってそう思えるから」

「そうか。――お前はこの世界そのものも、気に入ってくれているんだな」

「まあ、ね」


「レン様ー!」

 俺を呼ぶ彼女――アクアレーナの声だ。


「ごめんバロウズ、行くね」

「ああ、またな」


 俺とアクアレーナはお互いの元へと早足で歩き、傍まで近付く。


「ゲトセクトさんから、手紙が届きましたの」

「へえ、彼からとは驚いたな」

「レン様と一緒に読もうと思いまして」

「うん」


 俺達はそんな短いやり取りの中でも笑い合って、それからゲトセクトさんの手紙を開く。


『この度はレースを勝ち抜き優勝した事、真に喜ばしく思っております。レース自体も大盛り上がりで、運営を引き受けた私どもとしてもそれに伴う利益の恩恵を頂いております。フレイラ家のアクアレーナ嬢と、そして――ゼルトユニアを雄大に舞う冴えた綿帽子君も共に、また機会が有れば私から仕事を依頼したいと思います。頼れるビジネスパートナーとしてね。ではその時まで、御機嫌よう』


 俺が手紙の内容を読み上げると、アクアレーナは驚きに目を丸くした。

「あのゲトセクトさんに仕事の面で認めて頂けたなんて、これは凄い事ですわ!」

「そんなにもなの? 確かに俺も彼はやり手だとは思っているけどさ」


「はい! 私達がゲトセクトさんに一目置かせたと知れば、この先周辺の職人や商人、更には他の名家の方々とも交渉をする上で有利になり得ますのよ!」

 彼女にそう言われて、俺もこの重大さに気が付いた。


「そっか。それなら今後もより一層フレイラ家の立て直しを頑張れるって事だね!」

「流石レン様は、常に大局を見据えておいでですわっ!」

 言葉の勢いと共にアクアレーナが俺に抱き付いてきて、心臓が高鳴ってしまう。


「ちょっ、皆が見てるから、その、程々にね?」

「ごめんなさい、でも私嬉しくって」

 潤んだ目でそう告げられたら、俺としては彼女を引き剥がせなくなる。まあ正直、離れると勿体無いって気もしているんだけどさ。


「もう、しょうがないな」

 前はこういう時に甘さが出てしまう事を、男にとっては損になるって思ったけどさ、でも今は、その、やっぱり得なんだってそう思ってるよ。


 だって――


「レン様、これからも一緒に頑張りましょうね!」


 ――目の前で満面の笑みを見せてくれる女が居るっていう事が、それだけで男にとって大きな宝なんだって分かったから、さ。


「ああ、そうと決まれば一緒に食べて飲もう!」

「はいっ!」


 彼女と共に過ごすこの異世界ゼルトユニアでの生活は、結婚の事さえ意識する程のガチなものでさ。

 大変さも有るけれど、でもそれ以上にとっても充足感の有る、俺とアクアレーナのリアルなのさ。


 ――第十六話 完――

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異世界転移した先で、キミとウエディング・ベルを鳴らそう 神代零児 @reizi735

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