OUTLINE&REVIEW 二重夏時間

二重夏時間 小説JUNE1990年6月号


 修一は旅館に勤めているヒロトに会うために八丈島を訪れる。ヒロトは13のときに自分を疎んじる母親を刺して、少年院に入っていた。ヒロトの知恵遅れの妹、えりは10のときに行方知れずになったまま、いまだに帰ってきていない。そのときから、ヒロトには冬が来なくなった。かわりにヒロトには二つの夏が来るという。ヒロトやえりのよき理解者が、三好時計店を営んでいる修一の父と祖母だった。修一も、家ごと母親に捨てられた子供だった。

 ヒロトが三好時計店のある浅草へ帰ってくる。ヒロトは自分を受け入れてくれた三好時計店を第七天国と呼び、「おまえの家が、おれとえりの、最後の砦だった」という。


 挿し絵はハルノ宵子さん。修一とヒロトとばあちゃんのやりとりと、最後のシーンがとても好きです。

 修一はヒロトのことが好きですが、恋愛の要素はあまりないです。人間の絆のようなものが書かれているような気がします。

 文庫で出してもらえないかなとずっと思っています。


 以前はこの話がいちばん好きだったのだが、読み返してみたらこの作品は嶋田さんにしては完成度の低い話だった。

 話はおもに二つに分かれている。修一がヒロトの働く八丈島に訪れたシーンと、修一がヒロトといっしょに家に帰ってからの学生生活のシーンである。だが、話のパーツがつながっておらず、途中で投げ出されている伏線も多いため、この話はまとまりのない青春群像であるように見える。

 ヒロトは大人と子どもの両面をあわせもつ少年である。母親に捨てられ、十三歳で母親を刺して少年院に入れられる。のちに居場所を転々とするようになる。「おまえの家が、おれとえりの、最後の砦だった」と子どものころの自分をふりかえる視点をもち、最終的には、母親を刺したのは間違っていたという。修一にはサイダーが出されるのにヒロトにはビールが出るところも、ヒロトが大人になりかけた子どもだということを表している(穿った見方をすると)。

 修一も同じように母親に捨てられた子どもである。が、父親とばあちゃんの愛情ですこやかに育ち、いつか自分のもとからヒロトがいなくなると予感しながらもヒロトのことを想っている。

 この話のなかでキャラクターが際立っているのはばあちゃんである。「これでもあたしには超能力があったんだよ」といって、子どものころのふたりが遊んでいるところが見えた、といい、「いまはまるっきりわからない。どんどん遠くへ去ってく。あなたたちば――ほんの小さな男の子だったんだよ」と呟く。

 ばあちゃんは「このまえ、戦争いく相談してたでしょ」とふたりが戦争の夢の話をしていたことを挙げ、「ふたりがいくなら、あたしもいけるとこまでついてこうと思って、すごいもん買っちゃった」とふたりに黄色いヘルメットや巨大な懐中電灯を見せる。それを聞いたヒロトはばあちゃんに結婚を迫る。

 このばあちゃんの愛情がおかしくて切ない。大好きなシーンのひとつだ。


 以下は好きな文章のピックアップ。


「――おれ、ひそかにおまえの家を、第七天国って呼んでたんだ。仏具屋のとなりを天国って呼ぶのは気がひけたけど、西浅草二丁目にたしかに第七の天国があった。おまえの家が、おれとえりの、最後の砦だった。あそこだけ、なんか、時間の流れかたがちがってたよ。眠れるだけ眠っても十五分しかたってなかったりさ、扇風機の羽と蚊取り線香の火が、おんなじ速度でまわってたり。足踏みオルガンとか、石油ランプ。部屋にあるもの、ひとつひとつ、不満のもちようがなかったよ」


 いいよ。結婚しろよ。いますぐしてくれよ。一日に一回もいやなことがない、ユートピアみたいな日が、ばあちゃんにもあるはずだ。あったっていいのだ。神さま、そういう日をばあちゃんにください。ぼくはいつまでも、まわれまわれと腕を振りつづけるから。たしかな速度で時を重ねていくにしても、ぼくはこれからゆっくりとぼくになってゆくから。


 ねえ、ヒロト。ぼくらはきっと遠い夏からきたんだ。そしてまた、夏はくる。いくつもいくつも、二重にも三重にも。光とともに。きみの道のはるかさきのほうに夏の光が揺れているのが、ぼくにはくっきりと見える。きみはかならずそこにたどりつける。それまでに、きみがぼくのなかに蒔いてきた、目に見えぬほどの種を育てておく。ずっと夏ならば芽はぐんぐん伸びてゆくだろう。だから、ぼくもその二重時間に加わるよ。


 ヒロト。

 きみの夢みる、荒れ果て、ぬかるんだ道の話を聞かせて。かならず帰ってきて、ぼくに聞かせてください。ありとあらゆる想いや痛みをひきうけて、生きようとしてください。生きていることなどすべて忘れて。

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