第2話 IUCSIG創設の理由


「今度の子はまた随分と可愛らしいコだね!」


 ドン、という衝撃とともに僕の背中から皐月さつきくんが顔を出し、皐月くんに驚いた保護したコが、ビクゥッ、と肩を揺らす。


『?!!!』

「あ、ごめん。驚かしちゃったか。ごめんごめん」


 へら、と笑った皐月くんに、保護したコは、思い切り「誰?!」という表情を浮かべ固まっている。


「さっき言った通り、ここにいる人たちは君を傷つけないですから。安心してください。彼も良い人です。大丈夫ですよ」


 にこり、と笑い、部屋へ近づきながら、保護したコに声をかける。


「ですから、まず、君は身体を休めることに専念しましょう。力のコントロールを考えるのはそのあとです」


 カチャ、とケースの蓋を開け、保護した子たちのために用意された周りが見えるようにと床と天井以外の壁を透明にしている部屋へ静かに下ろす。


『……』


 不安そうな表情を浮かべたままのそのコに、「大丈夫だよ」ともう一度声をかければ、緩めておいた蓋の隙間から恐る恐る部屋の中へと歩いていく。

 その瞬間、パリ、とそのコの居る部屋から小さな音が響く。


「元気なコね」


 優しい声で、保護したコと目線を合わせて声をかけたのは、皐月さつきくんの妹の文月くんで、『ね』と文月ふづきくんの肩に乗るマイくんが、頷きながら答える。


『大丈夫だよ。皆、怖くないから』


 キャスだけでなく、マイくんからも、そう言われ、やっと落ち着いたそのコは、未だ、パリ、と時折小さな音は漏れてはくるものの、ころん、と床に転がって、また眠りについた。



「今回の保護も、やっぱり波留はるたちの組だったねぇ」

『ねぇー』


 こてん、とマイくんと一緒に首を傾げる課の最年少の文月くんに「六沢さんが切れたりもしたけど」とは告げられず「ははは」と笑い声だけで応える。


『波留とそらの二人で行ったんだもの。二課、三課の人間とは訳が違うし』


 僕の曖昧な返事とは違い、何故か胸を張って答えたのは、僕の相棒の電波、キャスだ。


「いやいやいや……何でキャスが自信満々なんですか。そもそも二課のかたも、三課のかたも、皆さんとても優秀ですから。保護までに二日間もかかっている時点で、僕はまだまだですよ」


 もっと早く着いていれば、もっといい方法があったのかもしれない等、任務に出たあとはよくそんな風に考える。


「でもさぁ、きちんと保護出来たわけじゃん?見てみなよ、波留ちゃん。このコ、安心した顔で寝てるじゃん。結果オーライでしょ」


 皐月くんにそう言われ、「皐月の言う通りだよ!波留」とキャスにも力強く言われ、「だと良いんですが」と答え、保護したコの部屋に視線を戻す。

 すうすうと眠る姿に、ほっと小さく息を吐いた時、自身の胸元の1つのピンバッジが、部屋の光を反射し、キラ、と光る。


 ピンバッジに刻まれたその文字は、英語で6文字、【IUCSIG】と刻まれている。


【IUCSIG】とは世界的規模を持つ機関で、国際連合の中に立場をおく。

 国際電波保護連合、International Union for Conservation of SIGNALは通称、IUCSIGと呼ばれ、違法電波の取締や、電波の不正利用、不正搾取、電波帯の不正売買など、人間の手によって正しく扱われずにいる電波達を守るための国際機関である。


 そもそも、「電波を護る」とは一体どういうことなのか。


 電波は、電磁波の一種だとはいえ、無限に使えるもの、ではない。

 1968年に、ポケットベルサービスが始まり、1979年には自動車電話サービスが開始され、その後は、携帯電話サービス、そして、携帯電話からのインターネット接続サービスへと、通信分野での電波の利用は、利用機器の発展とともに急速に需要が増加をしている。


 昨今の日本で例えるのであれば、日本人の1人に1台、もしくは、それ以上の携帯電話や、タブレット端末を所持しており、1G、2G、3G、4Gと回線数や、利用端末の進化により、必要となる電波帯もどんどん増加しており、増え過ぎた需要による相互干渉や、混信等の問題が起こらぬよう監視が必要であったり、新たな電波帯の使用検討が必要な状況にもなっている。

 そんな中で、企業利益のための、違法な電波オークションや、その電波帯の必要な機器の権利買い占めなど、深い闇を抱える問題も、世界のあちらこちらで起こり始めた。


 そんな時、世界で、皆が平等に、電波を使うことが出来ないか。

 それが、IUCSIGの創設検討のきっかけとなった。

 だが、その創設者会議の時に、「人間の目には見えない電波を、どうやって護るのか」「文明の進化はどんな場所でもあっても進んでいく。イタチごっこになるのではないか」と、様々な意見もあがった。

 けれど、本当に、電波は目に見えないもの、なのだろうか。

 本当は、自分が見えなくても、誰かには、視えているのだとしたら。

 、そのような考えを持つ人が、居たらしい。

 そして、もし、電波の姿形が視える者がいるのであれば、視える者と見えぬ者が協力しあえば、不正に使われる電波たちを護ることが出来るのではないか。

 そのような話しが、会議の場で、行われた。

 だが、そんな夢物語のような話、あるわけが無い、と多くの人間に反対をされる中、事態は急展開を迎える。

 電波の姿形が視える人間が、存在したのだ。

 その者は電波たちと意思を交わし、彼らの言葉を、創設者たちに伝えた。

 1888年、物理学者ヘルツ博士が、電磁波の放射の存在を証明してから約100年後。


 スイスに中央本部を置きIUCSIGは、誕生した。


 そして、僕、九重波留や、六沢さん、皐月くん、文月くん、八嶋さんや、同じ一課で先輩でもある三國みくにさん、そして一課の課長でもあり、日本支部の支部長でもある野矢のやさんらが、電波の姿形が視える人間として、IUCSIG、日本支部、一課に所属している。

 さきほどの二井ふたいさんも、一課所属の優秀な先輩だが、二井さんは電波の姿形を視ることは出来ない。

 もう1人、一課には柳屋やなぎや四季しきという先輩もいるのだが、二井さん同様、柳屋さんも電波の姿形を視ることは出来ない。


 けれど、電波には色々な種類がある上に、文明も進化していく今日こんにち、電波たちの協力もあり、IUCSIGの日本支部スタッフはもちろんのこと、他国のIUCSIGスタッフは彼らの姿形をデータを通して電波たちの容姿が目視できるようになった。


 日本を含め様々な国での活動はあるものの、僕たちの組織の知名度は、日本ではかなり低い。むしろIUCSIGを知っているという人は、関係者か、もしくはよほどのマニアックな方々なのだろう。

 けれども、知名度がいくら低かろうが365日、毎日なかなかに色んな事件は起こっていて、そんな数ある事件の1つが、今回の僕と六沢さんの出動だった。


『波留たちが居なければ、このコも、私たちも、酷く扱われていたかも、しれないんだから』


 ペッタリと、保護したコの部屋に張り付いたままのキャスが、少ししょんぼりとした声で呟く。


「そんなこと、させません」


 小さな声に、軽く頭を撫でれば、キャスが『知ってるわ』とくるり、とこちらへ向き直る。


『だから、波留も、皐月も文月もIUCSIGに入ったんだ、って、知ってるわ』


 ふふ、と嬉しそうに笑うキャスに、「だな!」「そうだよ!」と皐月くんと文月くんが眩しい笑顔で答えた。







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