九重波留は、電波にモテる。

渚乃雫

第1話 九重波留はガーディアン


 例えば君のその手のひらのスマホや、ポケットwifi、電子レンジにテレビやラジオ、ICカードもそう。


 そこには、長いにしても、短いにしても、電波が存在している。


 もはや、現代の我々にとって、電波は欠かせないもので、電波があることで、どれほどの技術が進歩してきたことだろう。


 けれど、君たちはまだ知らない。

 その電波達には、姿形があってそれぞれに異なった性格を持っていること。


 君たちはまだ、知らない。


 その電波たちを巡って起きているいざこざから、電波たちを護る【彼ら】がいることを。




「よし、ここまで来ればアイツラに見つからないだろ」

「兄貴、本当に大丈夫ッスか?」

「そんなビビってる暇あるならさっさと終わらせて帰るぞ!馬鹿野郎!」

「ハイいぃー!」


 真夜中だというのに消えることのない都市のビル郡の明かりが、暗闇で焦った声を出す彼らの横顔を薄っすらと照らしている。

 建設中のこのビルは、剥き出しのコンクリートや、鉄筋のままの階段など、まだ作業途中のようだった。


 窓ガラスも無ければ室内を明るく照らす灯りももちろん取り付けられていない。

 そんな中、手元と街の明かりを頼りに作業をする彼らは、もう冬になるこの季節だというのにダラダラと汗をかいている。


「兄貴っ出来まし」


 た、と続く言葉はガチャ、と機械音が彼らの耳に響き、声にならずに喉に留まる。


「はいそこまでー」

「なっ?!」


 聞こえてきた少女の声に、バッと振り返った彼らは驚き固まる。


「ソレ、渡してください」

「お、お、お前らいつの間にそこに……!?」


 銃口を自分の頭に向けて立つのは自分たちよりも若い青年で、先の声の少女は、この青年のすぐ近くの棚に腰をかけ、こちらを見ている。


 確かにビル内にも、このフロアにも自分たち以外の人間は居なかったはずだ、と彼らは互いに顔を見合わせる。


 彼らの問いに「そうですねぇ」とこの場に似合わないのんびりとした青年の声が部屋に響く。


「まぁまぁ前からですかね。あなた達がワタワタしながらやってきた時には僕らはもうここにいましたが」

「…んなわけっ」

「なんなら、ここにきてからのあなた達の会話、一言一句お伝えしましょうか?おい、お前、先に入れよ!え、や、やですよ!兄貴から……っ」

「ねぇ、何を記録してるの」

「そういう性分なんです。知っているでしょう」

「本当、変なヤツ」


 呆れた少女の声に、会話の再現をしていた青年が困った表情を浮かべる。


「まぁ、そのようなわけで、そのコがいま外に出るのは困るんです。渡してもらえませんか?」


 眉をハの字にして困った顔をしながら問いかける青年に、彼らは焦った顔をして口を開く。


「し、失敗したらオレたちが殺されるんだ!そんな簡単に渡せるか!!」

「は?この仕事受ける受けないの選択したのはオジサン達でしょ、私たち関係ないし」

「このガキ、ッがぁっ?!」


 ガキ、と男が言い終わると同時にドゴォッという音が響く。


「誰がガキだって?」

「ひっ」


 少女にガキと言った男は、ここに置き忘れられていた土嚢袋を投げた彼女の一撃が背中に直撃しその場に倒れ込み、もう1人の兄貴、と呼ばれていた人間は小さな悲鳴をあげて固まった。


「あぁ、もう。貴女はすぐにそうやって」

「そのまま頭撃ち抜け」

「この任務に殺しは不要でしょう?」

「……別に構わなくない?そのコが世間に放たれるよりよっぽど健全的だと思うけど」

「何と言われようと殺しませんし、殺させません」

「……相変わらず面倒くさい奴。好きにすれば」


 吐き捨てるように言った少女に、青年は「そうします」と笑顔を浮かべながら返事をした。




 ガチャ、と重厚な扉を開け、部屋へ足を踏み入れる。

 ほの暗い室内には、オレンジ色の灯りが点いている。

 壁一面を埋め尽くす本と、中央に置かれた一組の応接テーブルと椅子。部屋にはそれ以外のものは置かれておらず、足を踏み入れた僕と彼女は、それらには目もくれずに、そのまま部屋の奥へと進んでいく。


九重ここのえ六沢ろくさわ、ただいま戻りました」


 部屋の奥の壁の前へとたどり着き、壁に向かって声をかければ、ピピ、と小さな音が聞こえるとともに、目の前にあった壁が、ヴン、と微かに波打つ。壁の歪みを確認し、六沢さんがぐんぐんと先に進んでいく。彼女に続いて壁の中へ足を踏み入れれば、景色は一変し、パパパ、と短い廊下に灯りが点いていく。

 カツカツ、と妙に早歩きな六沢さんの靴のヒール音に「六沢さん?何かありました?」と声をかければ彼女からの返答は「眠い」と短いものだけで、彼女は振り向くことなくそのまま廊下の突き当りへと進んでいく。先に到着した彼女に反応したドアがスッ、と開き、そのドアの向こう側から、「おかえりー」とのんびりとした声が聞こえてくる。


「おー、問題児コンビのご帰還かあ」


 室内の入り口近くにあるソファでだらりと座っていた男性の声に、「はぁ?!」と僕より先に室内に入った彼女、六沢そらはピタ、と立ち止まり苛ついた声をあげる。


「誰に言ってるのおっさん。問題起こすのは皐月さつき文月ふづきだけだし」

「八嶋さん、そもそも僕たちコンビではありませんが…」

「ちょっと!おっさんって!傷つくよ!オレ?!波留はるくんも否定してよ?!」


 ガバッ、とソファに沈めていた上半身を起こしながら抗議の声をあげる男性、八嶋弘樹やしまひろきが泣きそうな顔をしながら僕を見るものの、「おっさんはおっさんでしょ」と僕と扉の間をするりと通り抜けた六沢さんは容赦なく追い打ちをかける。


「君たちオレの扱いヒドくないか?!」

「自業自得よ」

「六沢さん……」


 再度、抗議の声をあげた八嶋さんだが、六沢さんに見事なまでにバッサリと切り捨てられ、傷心のまま、またソファへと沈み込む。

 その様子を全く気にすることなく、六沢さんはスタスタと室内を歩き、八嶋さんが座るソファとは反対側のソファへ大きなため息とともに腰を下ろした。


「六沢さん、課長達への報告がまだですが…」

「九重やっておいて」

「いや、でも今回は二人行動でしたし、出発前、二井ふたいさんも二人で報告しに来いって言っていたじゃないですか」

「二日間も徹夜したんだから、少しくらい寝たって怒られないわよ。あたし、もう限界だし。というわけで九重、あと宜しく」

「ちょ、そもそも、寝るにしても女の子がこんなところでっ」


 ごろん、と言い終わると同時にソファへ寝転んだ六沢さんに慌てて駆け寄れば、もうすでにすー、と静かな寝息が聞こえてくる。


「ま、そらの言うことも間違いじゃないっしょ。波留くんも少し寝ていけば?」


 眠り始めてしまった六沢さんの反対側のソファにいる八嶋さんに、よいしょ、と体を起こし、ソファの空いたところをポンポン、と叩きながら言われるものの、僕は出来れば早く報告をしに行きたいし、この子を持ったままで居るのも色々と心配でもある。


「仕方ありません…このコにも安心させてあげたいですし……僕だけで行ってきます。八嶋さん、六沢さんお願いします」


 ソファの横を通り抜けながら、部屋に置かれているブランケットを六沢さんにかけ、部屋の奥へと進む。


「まかせろー」とのんびりとした声を聞きながら、歩を進めていけば、奥に広がる部屋の一角に目当ての人を見つけ、「二井ふたいさん」と声をかければ、「ああ、九重か」と次課長の二井明良ふたいあきらが振り返って僕に軽く手をあげる。


「このコが例のコか?と言っても、ワタシには視えないんだが」


 近くまできた僕の手に握られている筒状のケースを見た二井さんに、ケースを目線の高さまで持ち上げるものの、中に居るコは、ぐっすりと眠りについている。


「はい。とりあえず今は疲れて眠ってます」

「成る程。部屋の準備はもうしてあるぞ」

「ありがとうございます。あ、二井さん。六沢さんなんですけど」

「ああ、久しぶりの徹夜だったからな。寝てるんだろう?」

「はい…すみません…」

「九重のせいじゃないだろう?別に構わん。そのコも休ませてやってくれ。報告はその後で構わない」

「はい。失礼します」


 ペコリ、と一礼をし、二井さんが用意してくれたという部屋へと向かえば、『波留』と小さな声に名前を呼ばれる。


「どうかした?キャス」


 キャス、とそう呼んだ小さな声の持ち主は、『波留もヘロヘロなのに何で休まないの』と少し口を尖らせながら、僕の目の前で立ち止まる。


「疲れてはいるけどね。この子を先に休ませてあげたくってね」


 そう言って、手に持っている筒状のケースをキャスと呼んだモノに見せれば『それは……そうだけど…』と尖らせていたキャスの口元が少し緩む。


「僕はそのあとで構わないよ」

『波留はいっつもそうなんだから。今回だって』

「あ、あの部屋かな。おーい、文月くん!皐月くん!」

『あ!話そらした!』


 続いていきそうなキャスの説教を遮る形にはなったものの、部屋の前に居る立崎皐月くん、文月くんの兄妹を呼べば、「あ、波留ちゃんだ」と皐月くんが僕の名前を呼び手を振る。


『あ、波留。この子、起きる』

「ん?あ、本当だ」


 キャスの言葉に、ケースをもう一度見やれば、ケースの中に居たコが、んんん、と手足を伸ばしている。


『君、起きた?』


 ペタリ、とケースに触れながら言うキャスに気づいた中のコが、コクン、と静かに首を縦に振る。


「今、広いところに出してあげますね。あと少しだけ、待っていてもらえますか?」


 キャスの後ろから、中のコに声をかければ、中のコがもう一度、コクン、と頷いた。



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