第二十話 旅立ち


退院した翌日


シルキーさん曰く、行商人たちが出入りしていた迂回路の方にもオーガが下りてしまった可能性があって通行規制が行われ、

久しぶりに出てきた王国の城下町は営業しているお店も、歩いている人も少なくて少し活気がなくなったように感じる

そのせいで食料品などの物価は高くなるどころか、

王族や貴族に優先的に供給されるようになってしまったとシルキーさんは言う


もちろん、それを知っているのは王族と一部の貴族だけで、ほとんどの人達は知らないまま、高騰した値段で食料を買い求めていて

それがまた、食糧事情を悪化させてしまっているらしい


「ですので、お二方がここを立たれるのは良いご判断かと思います」

「そんなことないわぁ、私と一緒にいた方が良いわよぉ

 お金も住むところも食べ物だって十分に手に入るんだものぉ」


フレシアさんと、シルキーさん

私達が王国に助けを求めに来てから、村のことや私達のことで凄くお世話になった人達

お屋敷にいるメイドさんにだって、リンの事で凄く助けられた

その恩返しをしたいとは思うけれど

今の王国にいたら、余計に迷惑をかけるだけになってしまうから、頭を下げる


「すみません。フレシアさんのお気持ちは凄く嬉しいのですがこれ以上迷惑かけたくないんです」

「迷惑だなんてぇ~私としてわぁ~子供が出来たみたいで嬉しかったのにぃ」

「私も嬉しかったです。フレシアさんに出会えて」


入院していた期間が長いからか、フレシアさんの甘ったるい匂いに慣れる事は出来なかったけれど

でも、少しだけ好きになれたような気がする

フレシアさんがとてもやさしい人だからかもしれないけど

私にとっては、何となく安心できる匂いになりつつあった


「いつか必ず、また王国の方に戻ってきます」

「お手紙ぃ、くれても良いのよぉ?」

「届けられる範囲内に落ち着くことが出来たら、絶対に」


この世界には当然電話もメールもないし、そもそもインターネット環境自体存在しないので

手紙は本当に、手書きの紙になる

それを届ける郵便屋さんというのも、定時に回収と運搬を行ってくれるようなものではなく

行商人さんや、信頼できる旅人さんにお願いするというのが基本になってくる

そのためお金持ちな人は、専属の行商人や旅人さんを雇って手紙を届けて貰うらしい


「ミスティ様、旅の資金として金貨十枚分の融解金と銀貨十枚分の融解銀をお持ちください」

「そんな頂けません!」

「いえいえ。馬車を用意できなかったせめてものお詫びとしてぜひ。

  それに、功績をお隠し頂く口止め料ということでもあるのですよ」

「それは私の……」

「ううん。違うのよぉ、この件はねぇ~? なぜだか、私達の功績になっちゃってるのよぉ。

 多分ねぇ~? 報告したのが、シルキーちゃんだったからだと思うのぉ」


だから、名を上げさせてもらった代わりに受け取ってほしいと、フレシアさんまでがお願いする

それに、馬車が用意できていたら三倍以上の金貨銀貨を用意するつもりだったと言われては

流石に、断り切ることは出来なかった


「分かりました、ありがたく頂きます……本当にありがとうございます」

「シルキーさん、フレシアさん。ありがとうございました」

「うふふ~、良いのよぉ、私の可愛い子供たちだものぉ~」


リンの丁寧なお礼に、フレシアさんは本当にうれしそうな笑顔を見せる

この甘ったるい口調も、この匂いも、くねくねとした変な動きも

これから見ることが出来なくなると思うと、少しだけ寂しい気持ちもわいてきてしまう

けれど、別に死に別れするわけではないのだから……お母さんたちほどの寂しさはない


「旅人の方たちのお墓には行かれるのでしたね」

「……はい」

「では、終わり次第城門にて商人の方にフレシアの遣いです。とお声掛けください」

「行商人ですか? なにかあるんですか?」

「村まで出来る限り早くお運び頂けますから。お二方で今一度、ご挨拶を」


その、シルキーさんの優しい笑顔が……本当に、本当に暖かくて


「シルキーさん!」


思わず抱き着いた私を、シルキーさんは優しく受け止めてくれた

近くで何か言うフレシアさんにはリンが飛びついたのだろう

よしよし。と、なだめるような声が聞こえてくる


「ミスティ様。どうかご無事で。どうかお元気で。一生において短い期間ではありましたが、

 貴女達のような未来ある若者の姿を見られたことを心より、喜ばしく思っております」


苦しくない、でも、私の声が漏れないような力加減で抱きしめてくるシルキーさん

私はその力強い温もりに身を委ねて、ずっと我慢してきた悲しさを吐き出した

その間も、シルキーさんは私の事を慰めるように触れてくれていて


「願わくば、この少女に我が神、わが星の守りがあらんことを」


そう、祈りをささげてくれた


―――――――


「みなさん、本当にありがとうございました」

「お姉ちゃんを守ってくれて、ありがとうございました」


王国内にある集合墓地、フレシアさんたちのご厚意でお墓を作られたロロさんたちのお墓参り

私が入院中もシルキーさんやリンが手入れをしていてくれたらしく

すでに手向けられていた花はまだまだ綺麗だった


旅人となった人は学生証のような身分証がないため

基本的にはお墓を作られず埋葬されて終わるか、魔物に負けた場合はそのまま無くなってしまうので

ロロさんたちはまだ、恵まれている方かなと私は思う

でも、生きている方がずっとよかった


「もう知ってるかもしれないですけど、妹のリンです。この子と二人で旅人になります。

  簡単なことじゃないのはわかってるけど、このままフレシアさんたちの迷惑になるわけにはいかないので……頑張っていこうと思います」


旅人の先輩としての話を聞いてみたかったと今は思う

もう少し仲良くできたらなとも思う

でも、もうそれはすることはできない


「どうか、私達のことを見守っていてください」

「よろしくお願いします」

「…………」

「お姉ちゃん?」

「ん……なんか、頑張らなきゃなって。思っただけ」


あの時、ロロさんがいるときに逃げずに向かっていられれば何か変わったのだろうか

怪我をせず、武器も持ったままのオーガと敵対して、私は生き延びることが出来ただろうか

どう考えても、死ぬ未来しか見えない

けれどこれからは、

そんな状況でも妹を逃がせるだけの力を、守れるだけの力を持たなくちゃいけない


「……行ってきます」


四人のお墓にもう一度挨拶をして

私達は城門前で行商人さんと合流して村の方に向かうことにした


―――――


「シルキーさんたちがね、お姉ちゃんが寝ちゃってる間に色々やってくれたんだ」

「……本当、お世話になってばっかり」


残骸の山が積み重なっていた村は綺麗に片付けられて、

皆のお墓があった場所の周辺もしっかりと整地された後に、立派な石碑が立てられていた

リン達から名前を聞いて一人一人の村の人達の名前を彫られ、

そこにはちゃんと、お父さんとお母さんの名前もあった


「本当はね、シルキーさんが王国の方に作ろうかって言ってくれたんだけど」

「うん、これでよかったと思うよ」

「そう、だよね……」

「ありがとね、私がいないときにシルキーさん達とお話ししておいてくれて」


隣に並ぶリンのことを少しだけ、抱き寄せる

これから、ここが新しい村として発展していくことはないかもしれない

けれど、シルキーさんたちはここの維持もしてくれるらしい

本当に、本当に至れり尽くせりだと思う

これを思えば、オーガを討伐したなんて功績は私にとってはちっぽけだ


「……お父さん、お母さん。村のみんな。私、旅に出ます」


日本式のお参りの仕方で手を合わせて、心の中で全部を報告する

敵討ちを行ったことや、王国にはいられないから旅に出ること

それにはリンも連れていくこと、シルキーさんたちにお世話になったこと

ちゃんと全部話しかける


「危険だって分かってるけど、でも。いられる場所もないし、迷惑かけたくないから」


王国では払いきれない徴税違反で捕まるし

そうでなくてもシルキーさんたちに迷惑をかけることになっちゃう

恐らく、ほかの大きな国でもそれは 変わらない

だから旅人として、魔物から得られる素材などを売ったり

町などで依頼を受けながら、どこかこの村に似たのどかな場所で暮らせたらなと、思う


「簡単に言うけど、大変だよね……ねぇ、リン」

「なに? お姉ちゃん」

「本当に大丈夫? シルキーさん達と残らなくて平気?」


人攫いに出会ったり、魔物に出会ったときに無事に守り切れるのかどうか

国と国、村と村を行き来する長い道のりを耐えられるのかどうか

一度は連れて行くと話したけれど、やっぱり不安はある

けれど、リンは私にとっての太陽のような明るい笑顔を見せた


「ついていく! ずっとお姉ちゃんと一緒にいる。そう決めたもん!

 大変だって聞いたよ。危ないって聞いたよ。でも、いなくなっちゃうよりはずっといいもん」

「……そっか。そうだよね。ごめんね、変な事聞いて」


一緒に行くために魔法を習っているって聞いていたから

リンが何が何でもついていく覚悟があるって言うのはわかってた

だからきっと、これは弱い私が旅立つための覚悟をする為の最後の一言


「それじゃぁ、行こうか」

「うんっ」

「王国まで戻るかい?」

「いえ、このまま南にある港町に行く予定なので……すみません。ここまでありがとうございました」

「良いってもんよ。こっちも商売の一環。フレシアさんに頼まれたからな。

  嬢ちゃん、これはメイドの姉さんからの餞別だ。持っていきな」


行商人のおじさんはそう言って一冊の本をリンへと手渡す

魔法を勉強するための、いわゆる魔導書と呼ばれるものだった


「良いんですか?」

「持って行ってくれなきゃシルキー姉さんに返すだけだ。悲しませたくはねぇだろ?」

「うん、ありがとうって、シルキーさんにお願いします」

「承った。じゃ、達者でな」


行商人のおじさんも居なくなって、また、私達は二人きりになった

お金や食料の入ったリュックの重さを肩に感じて体を揺らすと、シルキーさんが用意してくれた軽装備一式が小さく音を立てる

リンにも少し小さなリュックが渡されていて、装備は魔法使いに適したものをくれた

この一杯一杯の優しさと思いを無駄にしないために。

これからの不安と恐れを期待に変えて一歩踏み出すと、リンの小さな手が私の手を掴んだ


「手、繋ぎたい」

「草原地帯を抜けるまでね? そこから先はまっものが出てくる可能性があるから」

「うん」

「それじゃぁ、しゅっぱーつ!」

「しゅっぱーつ!」


この手に感じる温もりを失ってしまわないようにしっかりと握りしめる

これからを精一杯生き抜くために、失った悲しさと与えられた喜びを胸に、私達は元気よく旅立つ

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死と生を望んだ少女の成長譚 @MK0606

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