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 東京タワーの残骸のおかげで、今いるのが芝公園だと判った。ずいぶん迷走してしまったようだ。


 もう少し気をつけて西寄りを走ろう。これより東側に行き過ぎると東京湾に追い詰められることになる。


 鮫川は再びバイクを走らせた。遠く後ろの方でサイレンが幾つも鳴っているのが聞こえたが、それほど心配する必要はなさそうだった。


 バイクは幹線道路を避けて、住宅街の残骸の中を進んだ。

 住宅街も完全に破壊され、木造の住宅は炭化していた。燃え落ちた柱や梁が道路にまで崩れ掛かっていて走りにくかったが、四輪車には走行不可能な道だったので、逃走経路としては理想的だった。


 どこまでもどこまでも廃墟の町並みが続いていた。

 煤だらけのコンクリート壁の残骸と錆びた鉄筋。小さなクレーターがあちこちに穿たれていた。


 残骸の破損程度が少なくなった街の中に復興された住宅街が見えてきた。


 すべて同じ規格のユニット住宅が建ち並んでいた。家ごとにユニットの数や組み合わせは様々だったが、全て同じ規格のユニット居住ボックスが組み合わされた、画一的な住宅の集まりだった。

 住宅街の近くには人間がチラホラ見えた。皆、足を引きずるように気だるそうに歩いていた。


 鮫川はこの住宅街にも危険な香りを感じ取り、住宅街を避けてバイクを進めた。


 細かく砕かれた残骸がだんだん多くなってきた。人間が住んでいた形跡は段々少なくなってきた。焼け野原やクレーターが目立つようになってきた。


 再び住宅街や町工場の残骸が判別できるほど破壊されていない地域に辿り着くと、目の前に干上がった大きな川が立ちふさがった。


 恐らく位置的に見て多摩川だろう。


 完全に干上がっていて見る影もないが、遠くにある橋や鉄橋は鉄筋や鉄板で補強されて辛うじて通ることが出来た。そこで鮫川は線路の沿いを走った。


 ここがどの辺なのかは、さっぱり判らなかったが、目の前の干上がった河が多摩川なら、その先は川崎市の筈だ。


 線路を渡す鉄橋の近くに列車が残っていれば、どの辺りなのか見当がついただろうが、列車の残骸はどこにも見えなかった。


 少し走れば橋を渡れそうだったが、オフロードバイクで枯れた川底まで降りていけそうだったので、そのまま川底に降りて干上がった河を渡った。


 河を渡った先は「再建された新しい建物」は殆ど無かった。遠くの方でキラキラ輝いているのが時々見えるだけだった。


 鮫川は瓦礫を避けながら住宅街を進み続けた。


 すると、前方にかつて大きな街だったと思えるようなビル群が見えてきた。外壁は全て剥げ落ちて、バラバラな方向に少し傾いていたが、かつての商業区画のように見えた。新しい建物は全く見えなかった。

 鮫川はその街の残骸にバイクのノーズを向けた。


鮫川はゆっくりとバイクを走らせ、地下駐車場の中を観察した。


 誰もいない、何もない空間だった。

 あちこちで天井パネルが落ちて、ダクトやパイプが露出していた。地下水が天井から落ちていて、その下に水たまりを作っていた。



 地下駐車場の奥まで行くと、その先にドアがあった。地下街へ続くドアだろうか?

 鮫川は駐車場の近くで朽ち果てていた錆だらけの二台の車の間にバイクを隠し、キーを引き抜いた。


 鮫川が大きなドアを押し開けると、その先は思った通り、かつての地下街のようだった。


 天井や壁の蓄光パネルからぼうっとした明かりが暗闇を和らげていた。所々に、まだ電気が生きているのか、非常灯が僅かな明かりが辛うじてあたりの様子を照らしていた。しかし、明かりは局所的で、殆ど先が見えない真っ暗闇だった。目が慣れるまで前に進むのを待った。


 目が慣れてくると、地下街がパニックと略奪に見舞われた傷跡が沢山見えてきた。


 がらんどうで辺りにゴミが散らばる店舗、破壊された跡が明らかに見られる店、シャッターを締め切り、そのシャッターに訳の分からない落書きをされている店、煤で真っ黒な店舗。明らかに廃墟の地下街だった。



 鮫川がゆっくりと先へ進んでいると、突然後ろから声が聞こえた。


「動くな。銃を持っている。妙な真似はするな」


 



to be continued

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