一年後の後日談:アフター・デッドエンド

「よう親父、元気そうだな」


…久しぶりに聞いた気がするその声に振り向くと、我が子の幽霊が立っていた。


「なんだ、帰ってきていたのか」


「悪いかよ、俺の葬式なんだぞ」


ぶっきらぼうに言って、息子は私の横に並び立ち、私と共に目の前のそれを見上げる。それは息子…、ボーイング787-8型5号機、ZA005の骸だった。数日前から解体が進められており、カーゴドアは既に取り外され、今日は機首が切断されようというところだ。




 005はもともと787型の試験機として生まれ、旅客運用に入ることが叶わなかった機体である。昨年の今くらいの頃にこの機体に見切りをつけて、幽霊として妹である16号機の航空会社での運用入りに憑いていったから、このぼろぼろの「自身の残滓」のことなどもう見たくもないだろうと思っていたのだが、そうでもなかったのだろうか。


「お前、旅客輸送業務のほうはいいのか」


まさか勤務先に言わずに帰省してきたわけではないだろうとちょっと心配しながら訊くと、005は少しにやっとした。


「リオに任せてきた。一年経ったし、あいつも何日かくらい一人でも大丈夫だろ」


本当に大丈夫だろうか。




「それにしても、見に来なくてもよかったんだぞ、こんなもの…」


 航空機に宿る主体、機人にとって、自らの元の体がばらばらになっていくこの光景は、耐え難い凄惨なものともとれる。のだが、005は口を尖らせながら答えた。


「『こんなもの』とは何だよー! そりゃまあ長く見てたいものじゃねえかもしれねーけど、見納めだよ見納め」


 だって俺の知らないうちに俺の体が解体されてなくなってたらなんか変な感じするだろうがよー、と005は不服そうだ。我が子ながら変わった幽霊である。


 私達が見守る先で、解体はゆっくり進む。005は全ての787型機の中でもこうして最も早く解体されることになったために、解体手法、手順、リサイクルなど、多くの面で現在進行系でデータがとられつつある。それが活かされる日が、十数年後にはやがてやってくるだろう。005のきょうだい達、他の787型機がやがて寿命を迎える頃に。



「この解体が最後のテストだな。……できのいい奴じゃなくってごめんな、親父」


005がぽつりと漏らした。どうしてそんな事を言うのだろう、後ろめたいのは私の方なのに。


「…お前は試験機としての役目をしっかり果たしたさ。加えて今回の試験は他のどの787も受けたことがないもので、その結果は長く活かされることになるだろう。お前のその働きに…感謝している。」


「はは、久しぶりに親父に褒められると気分がいいぜ」


「そうか」


005が生まれた頃にそうしたように、私はくしゃくしゃと彼の頭を撫でた。うわーやめろよくそおやじ、と叫んだ声には元気が戻っていて、安堵とともに少し胸の痛みを覚えた。





春霞の空のもと、行き交う飛行機のエンジン音が遠ざかる。


ペインフィールド空港は、春の陽気だ。

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