とある男の恋愛遍歴①

 ベンヴェヌート・チェッリーニは16世紀の芸術家。フィレンツェに生まれ、イタリアとフランスをまたにかけて活動しつつ、重要な作品を残した人です。

 カッとなりやすい性格で、トラブルになるとすぐ剣を抜く武闘派でしたが、同時に恋多き男でもありました。

 そこで今回は彼の自伝から恋バナを抜き出してご紹介。恋愛エピソードとはいえないものも混じっていますが許してね。


💗貴婦人とのプラトニックな恋

 チェッリーニは若い頃、ローマで修行の毎日を送っていました。あるとき、デッサンに励んでいるところへ上流階級の女が近づきます。


「お上手ね」


 貴婦人にいきなり話しかけられ、うろたえるチェッリーニ。まだ初心うぶな20代の若者です。


「私でよろしければいつでもお仕えいたします、奥様マドンナ


 緊張に顔を赤らめて騎士道チックな台詞を吐けば、婦人もポッと頬を染めた。


 女は大銀行家アゴスティーノ・キージの弟の妻、ポルツイア。彼女の援助でチェッリーニはローマに自分の工房を開くことになります。

 ポルツィアとの出会いを、彼は「飛び抜けて美しい女だった」と回想しています。パトロンと芸術家の関係だった二人が実際どこまで親密になったかは誰も知りません。貴族の妻と職人の若者。何かあったとしても秘密は墓までもっていったことでしょう。


✨徒弟の美少年

 工房には下働きの少年がいました。名をパウリーノといい、14歳ぐらい。この子は彼が「人生で会ったなかで一番美しい男の子」でした。チェッリーニは仕事の合間にコルネット(笛の一種)を吹き鳴らし、憂いに沈みがちな少年の顔がほころぶのを見ては喜んだといいます。再び自伝からの引用。


「私がコルネットを手に取ると、彼は美しい顔に笑顔を浮かべるのだった。そんな様子を見ていれば、ギリシャ神話がまったく馬鹿げたものではないと思えてくる。あの時代に生きていれば、この子は人の心を狂わせただろう」


 彼が自伝の執筆にとりかかったのは58歳。老境に差しかかっても鮮明に覚えているということは、まさにガニュメデスのような美少年だったのでしょう。


 ルネサンス時代の職人は年端のいかない少年を工房に置いていたのでソドミーの疑惑をもたれることがありました。かのレオナルド・ダ・ヴィンチも、24歳の時に17歳のモデルと関係をもった嫌疑をかけられています。チェッリーニは常習犯としてフィレンツェ当局にマークされ、1557年には実刑4年の判決を受けました。


🥂女装男子とパーリーナイト

 パリピはいつの時代もいます。チェッリーニも週に2回は芸術家仲間と飲みに出かけ、ナイトライフを満喫していました。

 ある晩、仲間が次の日曜に飲み会を企画します。参加には次の条件が。


①女を連れてくること。

②一人で参加する場合は飲み代を全額負担すること。


 つまりカップル限定で、一人参加も可だがその場合は全員におごる、というぼっち死亡案件。日頃から女の子に縁がないメンバーは一緒に行ってくれる子を慌てて探しはじめます。


 チェッリーニは当時つきあっていたパンタッシレーアという娼婦を連れて行くつもりでしたが、わけあって彼女を画家のバッキアッカに譲ってしまい、当日になって連れて行く女がいませんでした。


 そこで彼は隣に住む16歳のスペイン人に目をつけた。名前はディエゴ、彫りの深い容貌がかのアンティノウスよりも美しい、色白の美男子。アンティノウスはローマ皇帝ハドリアヌスの寵愛を受けたという青年です。


 チェッリーニは彼を家に呼んでドレスを着せた。メイクもして耳には大粒の真珠、首にはゴールドとジュエリーの首飾り、手にはブレスレットという念の入れよう。


「これが、僕……?」


 鏡の中の自分に驚くディエゴ。飲み会に出てほしいと頼まれると彼は絶句したが、やがて言った。


「わかりました。行きましょう」


 飲み会に集まったメンバーはチェッリーニの連れが男だとは気づかず、その美しさを褒めちぎった。


 しかし、ふとしたきっかけで正体が露見してしまいます。ふたりの娼婦がディエゴを「いつからローマにいるの?」「どういうわけでこの道に?」などと質問攻めにし、彼はそれを逃れようと腹痛で具合が悪いフリをしました。女たちが気遣って体を触ると、ないはずのアレが。あの、触るとこ違うんじゃないですか。


 娼婦たちは「最低!」と叫んで立ち上がり、その場は驚きと爆笑の渦に包まれた。猥雑な16世紀のローマ。夜はこんな馬鹿騒ぎがあちこちで繰り広げられたのでしょう。


 一方、ほいほいとバッキアッカに譲られて心中穏やかでなかったパンタッシレーアはチェッリーニを捨て、ルイジ・プルチというフィレンツェ人の青年とつきあいはじめた。


 これが後に惨劇を引き起こす。

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