不釣り合いなカップル

 芸術作品はそれが制作された当時の価値観や常識、偏見を色濃く反映し、事実よりも鮮やかに描き出すことがあります。


 ここで再び『ラジョナメンティ』から。


 ナンナは自分の娘を修道院に入れるか、結婚させるか、娼婦にするかで悩んでいます。この作品のあらすじは彼女の相談にのっている友達のアントニアが

「じゃあ修道女、人妻、娼婦がそれぞれどんな暮らしなのか教えてよ」

 と言い、ナンナがその3つについて見聞きしたことや自身の経験を語るというものです。便宜上、修道女編はすっとばして人妻編からとりあげましたが。


 ナンナは結婚後、教会やお祭りに出かけて他の奥さんたちと親しくなり、打ち明け話の聞き役になりました。そこで仕入れた、ある年齢差カップルの話です。



ナンナ――もっとおもしろい話があるんだけど。17歳の妻を娶った、金持ちの愚かな老人の話なの。



 この17歳の妻はたいへんな美貌で教養もあり、身のこなしも完璧で、どんな男をも奴隷にできる魅力の持ち主だったのに「バカな父親」によって年老いた男と結婚させられてしまった。


 昔は出産で命を落とす女性が多く、子供の死亡率も高かったので、跡取り息子を確実に残したい男性は最初の妻が死んだあと二度、三度と結婚を繰り返すことがありました。

 その場合は夫婦の年齢差が大きく、16歳くらいの初婚の妻にたいし50歳、60歳の夫です。年の差カップル、現代でも色眼鏡で見られがちですね。


「〇〇さん、△△さんの16歳の娘をもらうんですってよ」

「20歳差くらいならまだしも、50歳差ってどうなの」

「どうせ持参金めあてでしょ」

「くそ、うらやましいぜ」


 と言われたかどうかは知りませんが、孫ほど年の離れた女性を連れている高齢の男性は揶揄の対象になりました。『ラジョナメンティ』でも、若妻をめとったこの老人がアレティーノの筆によってとことん馬鹿にされています。


 この夫は独占欲が強く、自分が不在の間は家に鍵をかけ、妻が自由に外出できないようにした。老人扱いされるのを嫌がって60歳と自称していたが、ベッドでは若かった頃の武勇伝や趣味の馬上槍試合の話をするばかりで、妻を満足させられなかった。



ナンナ――かわいそうに、彼女はで馬上槍試合がしたいのにできなくて絶望していたの。だから腹いせに夫を四つん這いにさせて馬みたいに紐をくわえさせ、背中にまたがってお馬さんごっこをして遊んでたんだけど、そんな惨めな日が続いたあるとき、粋なことを考えついたの。


アントニア――なになに? 教えて。



 妻は夜中に奇声をあげ、腕を振りまわして暴れるようになった。夫は最初は笑っていたが、彼女が寝室から飛び出すのを見ると慌てて後を追いかけ、階段から転がり落ちて片脚を骨折してしまう。

 老人の叫び声を聞いた人が集まり、医者が呼ばれた。



アントニア――だけどさ、どうしてそんなことをしたの?

ナンナ――夫が脚でも折って、自分をつけまわせなくなればいいと思っていたからよ。まさにその通りになったわけ。



 その頃、館には老人に雇われている用心棒が10人ほど寝泊まりしていた。みすぼらしい服を着たごろつき同然の男たちだったが、全員若く、いちばん年上でも24歳を超えていなかった。

 夫が2枚の副木に固定されて動けないのをいいことに妻が寝室を出て1階に降りると、男たちは消えかかった蝋燭のまわりに集まり、くすねた銅貨で賭け事に興じているところだった。



ナンナ――彼女は「こんばんは」と言って蝋燭を消し、手を伸ばして最初に触れた相手をぐいと引っぱってその男と楽しみはじめたの。そして3時間にわたって10人全員と試したのよ。ひとりにつき2回よ。そうやって欲求不満を解消し、寝室に戻って「ねえあなた、夜な夜な魔女みたいに家の中をうろつく私って嫌かしら?」と夫に言ったそうよ。


アントニア――彼女はよくやったわ、その馬鹿な爺さんにとっては苦い教訓になったでしょうけど。だいたい、100回も自分の娘になれそうな若い女じゃなく年相応の女をもらうべきだったのよ。



 妻は数多くの間男をつくり、その後1人の旅芸人の男に惚れ、ミネストラに致死量の胡椒コショウをぶちこんで夫を厄介払いしてしまった。


「死にかけている夫の前でその男と交わったんですってよ」


 お話は「人妻ってなんかすごいのね」みたいな感じで発展していきますが、このエピソードは幼妻がいる年配の男にケチをつけたいという当時の読者の意地悪な欲求を満たしたのではないでしょうか。



 年老いた男と美女というテーマは古くから人気で、最古の例がローマ時代の喜劇に見られるとか。絵画では16世紀のフランドルやドイツで風刺的な作品が大量に制作されました。醜い顔に薄ら笑いを浮かべた老人が若い女にすり寄っている構図が特徴で、北方ルネサンスの巨匠、ルーカス・クラナッハ(父)の《不釣り合いなカップル》では老人が女性の胸を服の上から触っています。


 ただ、こうした作品は必ずしも夫婦が描かれているわけではないようです。クラナッハの絵では、女性は恐らく娼婦で、微笑みながら老人の財布に手を入れています。それに気づいているのかいないのか、げへへと笑いながら胸を揉むのに夢中の老人。

 若い女の金づるになる男たちへの嘲笑が込められているのでしょうか。

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