第2話


 ー寝不足のアイドルとか、引くわー

 ーアイドルはアイドル。彼女じゃないよねー

 ーY氏、ちょっと人気になって調子に乗ってるー

 ーちゃんと寝ろよ! 男に抱かれてな 草ー


 何気ない一言に傷付けられることは、誰にでもある。深く関わることで誤解がとけ結果オーライとなることもある。だが、アイドルという職業は、広く浅くの付き合いが多い。スタッフは別として、ファンとの関係は特にそうだ。優姫の投稿は、誤解されたまま数十分が過ぎた。その間に数十万件のイイネが押される一方で、別のサイトでは辛辣な言葉が綴られていた。直ぐに反応したのがASKS84シアターのマスター、丸入江だった。公演前に優姫と郁弥はマスタールームに呼び出された。ひんやりとした、重苦しい空気だった。


「郁弥くん、どういうつもりだね。炎上してるじゃないか」

「マスター、すみません。全て私の責任です」

 郁弥に代わり頭を下げたのは、優姫だった。

「それはそうだが、近くに居たんだ。止めるべきだろう」

 丸入江にすれば、郁弥に責任を取らせたいのだ。丸入江は、4代続くマスターの最後の1人として、焦燥を募らせてるのと同時に、VRアイドルの誕生に危機感を抱いている。そのVRアイドルの仕掛け人が郁弥の父親だということも知っていて、郁弥のことを快く思っていない。だからしつこく郁弥を追及した。

「謝罪だけでは済まされんぞ」

「優姫が謝罪したのは、お手間を取らせたことに対してです」

 それまで黙っていた郁弥が口を開いた。

「投稿内容そのものには、悪いことは1つもありません」

「なっ、何だと?」

 丸入江が大声で叫ぶと、奥からその何倍も大きな笑い声が上がった。

「わーっ、ははは」

 その笑い声の主に、郁弥は見覚えがあった。ASKS84の総合プロデューサーの春先清だった。TVにも出演している。郁弥と優姫、そして丸入江の視線が集まる。

「春先くん、信念を持った男は、脅しても無駄だよ」

「脅すだなんて、そんなつもりではありません」

 丸入江は春先に図星を突かれたが、優姫も一緒だったので、否定するしかなかった。そんな丸入江の立場を春先は理解していて、それ以上は何も言わなかった。

「まあ良い。それよりも、聞かせて欲しいものだな、郁弥くん……。」

 春先は、その大きな身体をさらに大きく膨らませていた。その容貌からも懐の大きさが伺えた。だが、一息入れて発した次の言葉は、今まで感じていた包容力が嘘のように、冷たく郁弥に襲いかかった。

「……。なみきの息子よ、君の信念はどこにある」

 春先の登場で一度は和んだ空気は、一瞬で前よりも冷たくなった。郁弥は、ふと今朝の太陽の問いかけを思い出した。春先の問いかけもそれと同じもののように感じられた。言葉を選ばなければ、誤解を招く恐れがある。頭をフル回転して考えた。春先も即答を望んでいた訳ではないようで、音もなく椅子に腰掛けるとテーブルに肘をついて手を組んだ。それからさらに数秒が過ぎた。

「ブッ、ブー! 時間切れ!」

「郁弥くん、不味いわ。それだけは!」

 春先は、またも空気を変えてしまった。優姫が突っ込んでくれたのも、それを手伝った。

「すみません。今朝、太陽からも同じ問いかけがあったばかりで、驚いてしまって」

「なるほど、太陽ちゃんがね。そうかい。そうだろうね」

 春先は然もありなんという表情を見せて立ち上がると、背後で手を組んだ。

「丸入江くん、どうだろうか」

「はっ、はぁ」

 丸入江は気の抜けた返事をした。春先がもっと郁弥を追及してくれると思っていただけに、丸く収めようとする春先の言動に、多少の不満があった。そんなところも春先には見透かされているという恐怖も感じていた。

「僕と郁弥くん、2人で話したいのだが」

「先生、ごめんなさい。気が付かなくって」

 優姫が最初に出て行ってしまっては、丸入江も出ていくしかなかった。こうして、春先と郁弥は2人きりになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る