こぐまちゃんとお菓子の国

鮎川 拓馬

こぐまちゃんとお菓子の国

 夢のようなお菓子の国の、憧れの職業に就いたこぐまちゃん。しかし、その夢の国には、残酷な真実があった。


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 むかしむかし、あるところにお菓子の国がありました。その国は皆お菓子でできている、夢のような国でした。建物や家はビスケットやクッキーでできています。道を覆うタイルもキャンディでできていました。街路樹もお菓子でつくられています。その中でも、一番美しく有名なのは、国の真ん中にあるお菓子のお城でした。


 その国の田舎に住んでいたこぐまちゃんは、小さい頃からそのお菓子のお城をつくる職人になりたいと夢見ていました。あんなに素晴らしいお城をつくれるなんて、とてもすごくて憧れることだからです。それに、お城づくりは、国のみんな誰もが憧れるお仕事でした。だから、こぐまちゃんは職人になるために、毎日学校のお勉強を頑張りました。


 そして、やがて大きくなったこぐまちゃんは、難しい試験に合格して、お城をつくる人たちの仲間入りをすることができました。


 こぐまちゃんたちのお仕事は、お城の補修でした。お菓子のお城はとても綺麗ですが、その分とてもデリケートで弱いものでした。雨が降れば、飾りは落ちて、クリームは流れていってしまいます。そして、クッキーの壁は水を含み、ぼろぼろと崩れて行ってしまいます。その度に直すのが、こぐまちゃんたちのお仕事でした。

 新人のこぐまちゃんはまず、こぐまちゃんより2年早くからお仕事をしていたうさぎちゃんに付いてお仕事を覚えていくことになりました。


 お仕事はとても複雑で難しいものでした。少しでもクッキーとビスケットの位置を間違えると、建物全体がゆがんでしまいます。また、少しでもクリームの成分を間違うと、壁に塗るなり垂れていってしまいます。

 そして、とても大変なお仕事でした。雨が降らなくとも、クッキーの壁は湿気を吸って、傷んでしまいます。チョコレートやクリームはお日様の光を浴びて溶けて行ってしまいます。だから、一生懸命に修理した場所も、次の日の夕方にはぼろぼろになってしまいます。だから、毎日ずっと働き続けなければなりません。こぐまちゃんは、毎日朝早くから夜遅くまで働き続けました。お家にいる時間は、ほとんどありませんでした。


 それでもこのお仕事は、こぐまちゃんの小さなころからの夢でした。そして、みんなのあこがれのお仕事です。こぐまちゃんは、そんなお仕事に就けていることが何よりの誇りでした。だから、こぐまちゃんは、そんな苦労などものともせず、毎日必死にお城をつくり続けました。


 こぐまちゃんは物覚えが速く、やがて上司のたぬきさんから一目置かれる存在になりました。たぬきさんはこぐまちゃんに、難しいお仕事をまかせていくようになりました。

 それが面白くなかったのはうさぎちゃんです。うさぎちゃんには、こぐまちゃんよりも早くからお仕事に就いているというプライドがありました。うさぎちゃんは自分の後輩であるこぐまちゃんが、自分にまかせられるはずだったお仕事をどんどん奪っているように見えました。

 だから、うさぎちゃんは、こぐまちゃんをいじめるようになりました。

 こぐまちゃんはかなしみました。優しかったうさぎちゃんが、自分につらく当たってくるようになったからです。こぐまちゃんは理由がわからず、ふさぎ込むようになりました。だけど、自分の夢のために、そして自身の誇りのために、いくら悲しくとも目の前のお仕事を続けなければなりません。こぐまちゃんはどんなに辛くても、うさぎちゃんに前と同じ態度で接し続けました。

 うさぎちゃんは、そんなこぐまちゃんの反応が面白くなかったのか、やがてこぐまちゃんをいじめることをあきらめました。その代わり、自分にあたえられたお仕事を理由をつけては、こぐまちゃんに押し付けるようになりました。


 こぐまちゃんは、先輩からの命令を断れませんでした。だから、仕方なくうさぎちゃんのお仕事もしていました。ですが、自分のお仕事と、たぬきさんから頼まれるお仕事も合わせると、こぐまちゃんのお仕事の量はとても多くなりました。毎日、どうしてもできない部分が残ってしまいます。

 そんなこぐまちゃんを呼び出し、うさぎちゃんは言いました。


―できないのは君が無能だからだ。僕も最初の頃はこんなぐらいの量の仕事をやっていたんだ。今の時代は、新人に甘いからね。だから、わざわざ僕が鍛えてやっているんだ。ありがたく思え。


 そして、「僕の仕事だけはちゃんと全部終わらせてよ」と強い調子で言うと、うさぎちゃんは帰り支度を始めました。そして、「それが、後輩の責務だからね」と帰ってしまいました。


 たぬきさんには怒られました。自分がこぐまちゃんにまかせた仕事が、ほとんどできていない日が多くなったからです。

 たぬきさんは、なまけているのかと言いました。「出来がいいと思っていたのに見損なった」とも言いました。


 だから、こぐまちゃんは自分のお仕事と2人からまかされたお仕事をすべて終わらせるため、必死で夜も昼も働きました。お風呂に入る時間も、来ている作業服を洗う時間もありません。ある日、そんなこぐまちゃんをたぬきさんが呼び出して、こっぴどく怒りました。清潔第一のお仕事なのに、どうしてそんなに不潔にしているのかと。


 だから、こぐまちゃんは、何とかお風呂に入る時間とお洗濯をする時間をとりました。すると今度は眠る時間がほとんど無くなってしまいました。

 だけど、こぐまちゃんは一生懸命に働き続けました。これが幼い頃からの夢だったお仕事だからです。そして、皆に誇れるお仕事です。やっとつかんだそのお仕事を、やめるわけにはいきません。



 こぐまちゃんの月に一度のお休みの日。こぐまちゃんの家の扉を叩く者がいました。扉を開けると、こぐまちゃんのお母さんがいました。田舎から遊びにやってきたのです。

 お母さんは開口一番、こぐまちゃんを詰りました。何度家を訪ねても無人だったからです。こぐまちゃんのお母さんは、「どうせ、可愛い女の子ができて、その家に入りびたりになっているんでしょう?」と不貞腐れていました。こぐまちゃんは、そうじゃないと思いました。だけど、わざわざ遠くから来てくれていた母親を、知らず知らずのうちに何度も帰していたことになるので、こぐまちゃんは強く否定できません。こぐまちゃんは苦笑いしてごまかしながら、お母さんを家に入れました。

 お母さんは、湿気て崩れかけたビスケットの壁とほこりだらけの部屋を見て、「修理と掃除はちゃんと毎日しなきゃいけないじゃない」とこぐまちゃんを怒りました。そして、げっそりとやつれたこぐまちゃんを見て、こぐまちゃんのお母さんは「ちゃんと食べているの?」と心配しました。


―ちゃんと自分で作って食べなきゃだめよ。どうせ、面倒くさいからって出来合いばかり食べているんでしょう。だから体調がおかしくなるのよ。


 こぐまちゃんはそうじゃないと思いながらも、お母さんが自分のことを心配してくれているのだから否定してあげては可哀想だと、うんうんと頷いて聞いていました。そして、お母さんはテーブルに座ると、早速こぐまちゃんを相手に話し始めます。

 こぐまちゃんに久しぶりに会えて、積もる話を何時間も延々と続けるお母さん。こぐまちゃんはしまいには、「せっかくの月一の休みなのに。早く寝たいから帰ってくれ」とばかり思っていました。だけど、遠くからわざわざ来てくれたのです。言えるわけなどありません。

「村のみんなは皆、あなたのことをほめてくれるの。あんなお仕事に就けるなんて、とても優秀だって。あなたはお母さんの誇りだわ」

「…」

 こぐまちゃんは、にっこりと笑顔を作りました。やつれて皺の増えた顔は笑うとそこかしこに影を作って、とても不気味でした。しかし、夢見心地のお母さんは気づきませんでした。



 それから1月ほどたちました。うさぎさんは、たぬきさんの次にえらい人になりました。

 たぬきさんは皆の前でうさぎさんをほめたたえました。普段の雑務と自身の業務に加えて、私の仕事まで完璧にこなしてくれる。彼こそ、私の右腕となる人材だと。

「……」

―夢ってなんだろう。

 こぐまちゃんは、拍手喝采を受けるうさぎちゃんをぼうっとした心地で見ながら、思いました。

―きっと、夢を叶えるということは、現実を知るという事…。



 翌日。こぐまちゃんは、片道分の交通費と一枚の便箋を持つと国を出ました。

 そして、隣の国に行くと、石の建物からレンガの地面へと身を投げたのです。

―これが、夢から目が覚めるということか。

 目を覚まさせるどころか、意識をもうろうとさせる痛み。しかし、体を確かに伝わってくるその痛みに、こぐまちゃんは安らかな顔をすると、意識を手放しました。





 むかしむかし、あるところにお菓子の国がありました。その国にはお菓子でできた大きなお城がありました。

 そのお城はとても綺麗でしたが、とても脆く実用的なものではありません。その他のお菓子でできた建物や街並みも、同様でした。

 なのに、その国は、お菓子のお城づくりと街づくりをやめませんでした。

 それはそのお菓子のお城があるだけで、その国は周りの国から一目置かれたからです。

 そして、お菓子の国と言うだけで、周りの国から人が寄ってきて、お金が集まったからです。


 そんなお城と街並みを維持するためにはお金と人が要ります。しかし、お金は観光客が落としていってくれるもので、十分賄えました。そして、人も心配はいりませんでした。なぜなら、綺麗なものには、勝手に人が寄ってきます。そして、綺麗なものは、人々が勝手に崇高なものとして祭り上げてくれます。外面そとづらさえ綺麗であれば、いくらでも無知な者が寄ってくるから、心配などいらないのです。



 この国の国王様は、お城の窓から壁を塗っている職人を見降ろしながら、ぼそりとつぶやきました。


―綺麗は幻想。目を凝らせば地獄だと簡単にわかりそうなものなのに。


 国王様は、『まあそれが分からない馬鹿が沢山いてくれるからこそ、この国は栄えるのだ』とにんまり笑ったのでした。




―こぐまちゃんとおかしな国

 おしまい

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こぐまちゃんとお菓子の国 鮎川 拓馬 @sieboldii

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