2-20:密絡の密談


 ヴァルズ砦攻略隊の騎士たちがギアシ・トリアに帰還した。



 盗賊どもをほぼ根こそぎ生け捕りにし、その上予定された日程の半分ほどで任務を成し遂げたことに駐屯地の面々は大いに驚き、この偉業をたたえた。



 一方の攻略隊の幹部たちはギアシ駐屯地司令から直々に褒賞ほうしょうを与えられ、さぞ上機嫌かと思いきや、その表情は皆一様に複雑なものだった。



 事情を知ってか知らずか、駐屯地司令カラヴァンは一言、「気にするな、これまでどおり任務にはげめ」と彼らに言い添えたという。



 そのカラヴァンからエゼルが呼び出しを受けたのは、ヴァルズ砦攻略から二十日が経過した日のことだった。






 夜も更けようというこの時間、駐屯地司令が建物の屋上でひとり待っている――とても任務の呼び出しとは思えなかったが、あのカラヴァンのことだ、単に夜語りに付き合えという話ではあるまいとエゼルは考えていた。



 簡単に身なりを整え、屋上へと続く階段を登る。他と違い、妙に小綺麗な造りだ。登り切った先、重厚な鉄の扉は錠が外されており、わずかに外に向かって開いていた。



 扉を押し開き屋上に出る。



 流輪の輝きが周囲を照らし、ぼんやりとした陰影を作っていた。



 ここは駐屯地で最も高い位置にあり、敷地内はもとよりギアシの街の様子を遠く眺めることができた。



 さらさらと吹く夜風に目を細めエゼルは周囲を見回した。目当ての人物は屋上の端に立っている。ゆっくりと近づくと、カラヴァンは振り返ることなく言った。



「すまんな。こんな時間に呼び出して。どうだ、ここの景色は。なかなかのものだろう?」


「ええ」



 短く頷きながら、エゼルはカラヴァンの横に立つ。見ると彼の側には頑丈そうな椅子と小さな丸机が揃って設えられていた。



「ギアシは元々巨大な干拓地だから、こうして高い所に登れば街が一望できる。昼間の雑然とした空気も捨てがたいが、こうして流輪に照らされ、ひっそりと息を潜める街を見下ろすのもまた格別なのだ」



 大仰に両腕を広げカラヴァンは満足気にのたまった。夕食時を過ぎまばらになった街の灯りを見つめ、エゼルは応じた。



「意外です。司令にそういうご趣味があったとは」


「精神衛生を保つためにはいかなる手も使うこと。私がギアシの長になって学んだことだ。そのために増築させたようなものだからな、ここは」


「あなたが造らせたのですか」


「そうだ。だから他の者たちは滅多なことでここに近づこうとはせん。ま、私という人間をよく理解しているということなのだろう」



 喉の奥で笑うギアシ駐屯地司令にエゼルは呆れた。思えばヴァルズ砦攻略の際の無茶な動員も、彼のこうした性格が影響したのかもしれなかった。



「それで、司令。わざわざお気に入りの場所に私を呼んだのはどういった御用向きがあってのことでしょうか」



 わずかに間を置き、視線を鋭く細める。



「……まさか私に、ここでの密談に加われと仰るおつもりで?」


「ほう。さすがだな、気づいていたか」


「『彼ら』の存在はよく存じていますから。良くも悪くも」



 エゼルは言い、屋上の隅に目を向けた。



 そこに、夜の闇に紛れるようにを頭から被った男たちが控えていた。気配を巧妙に消していたが、エゼルの目は誤魔化せない。彼らの耳には例外なく、



 ――密絡みつらく



 もともとは都市トリア間の情報伝達役だったが、都市間競争の表面化により探偵能力を特化することによって生まれた、言わば陰で動く職人集団。



 その存在は法に明文化されておらず、騎士団も公には認めていない。都市間の対立をあおるような職を表だって容認するわけにはいかないからだ。



 ゆえに彼らは晶籍持ちであるにも関わらずその身分を明らかにすることはなく、戸籍にも記載されていない。多くは子飼いの兵として幼少の頃より主の元で専門の教育を受けるとエゼルは聞いていた。



 彼らの晶籍は塗料よりも黒く染まっている――そういった噂をエゼルはたびたび耳にしてきた。人の手により意図的に道を踏み外させられた者たち、それが彼らに対するエゼルの印象である。



「七人……ずいぶんと多いですね」


「普段は近隣の都市に潜伏させている連中だよ。今は別の任務に就かせているがね。これでも少ないくらいだ。ここはギアシ。リテア第二の都市としての矜持きょうじは保たれなければならない」


「矜持とは密絡の数で決まるものではないでしょう。それに、たかが罪従者一人を相手に頭数を揃えて威圧する必要もない」



 きっぱりとエゼルは言った。カラヴァンはただ苦笑を浮かべただけだった。



 近くにある椅子に座るよう促され、エゼルは腰掛ける。カラヴァンは「おい」と密絡に声をかける。先頭でひざまずいていた男が顔を俯けたまま、奇妙に上ずった声で報告を始めた。



「我らはこのところ頻繁に出現する盗賊どもの拠点を探るべく、各地に赴いておりました」


『その中で、とある地下組織の存在をつかんだのです』



 エゼルは眉間に皺を寄せた。魔法による思念伝達を混ぜている。この闇夜では読唇術も難しいのに、大した念の入れようだと思った。



「どうやら盗賊どもは、その地下組織の援助を受けていたようです」


『彼らは地下闘技場を運営している集団だということもわかりました。もちろん正式な手続きなど踏んでいない、非合法の組織です。そこで彼らは金品だけでなく数々の禁制品を賭け、人や武器を集めているのです。先だってのヴァルズ砦攻防戦でも、くだんの地下組織は蓄えた武器を盗賊どもに横流ししていたとか』



 大まかな話が読めた。エゼルはカラヴァンに向き直る。



「つまり司令は、私にその地下組織を討伐せよと仰るのですね」


「その通り。だがそれだけの単純な話ならば、わざわざ君をこの場に呼んだりはせんよ」



 カラヴァンは上機嫌だった。椅子に深く座り直し、まるで悪戯を思いついた子どものように口元を歪める。



 その様子を見咎めた男が「カラヴァン様」とつぶやくが、彼は黙殺した。



「実はな、地下組織の連中が扱っている禁制品の中にとてつもなく重要な物が混ざっていることを突き止めたのだ」


「重要な物?」


「……カラヴァン様」


「やかましい。お前は黙っていろ」



 再度の諫言かんげんにカラヴァンは一転して不快感を露わにして吐き捨てた。それからは完全に密絡の男を無視して話を始める。



「エゼル、君にとってはある意味、非常に馴染み深いものだ。どんなものかわかるかね。リザだよ。六年前、このアクシーノ・リテアを震撼しんかんさせた偽りの女王、リザの晶籍を奴らが握っているのだ」


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