第16話 かぞくりょこう(前編)

「結人、木葉、ちょっと来てくれ」


父は完全に博士を家族の一員として扱っている。

俺はふと、カレンダーを見る。


(そうか...、もうすぐ次の行事か...)


そう。この川宮家では、縁日の他にもう1つ行事があるのだ。


「何が始まるんですか?」


博士が小声で尋ねる。


「待ってればわかるよ」


このイベント。毎回独特な方法で行き先が発表される。去年は宝探しだった。

今年はなんだろう。


そう考えていたら卓上にケーキが出された。


「食べていいけど、ちょっとずつ食べてね」


母はそう言った。


(ちょっとずつ?)


俺はもしやと思った。

隣を見ると博士は遠慮なくケーキを食べてる。


「...ん」


博士がフォークを置く。

ケーキの中かから細く丸められた紙を取り出す。


(フォーチュンクッキーかよ!!)


「なんなのです?」


「開けてみなよ」


俺の言った通り博士はその紙を広げた。


「さんいん...?」


父は笑った。


「今年の家族旅行は山陰に行くぞっ!」


「マジか...!」


「ユイト、何処なのですか?」


博士に色々教えてあげなくちゃ...




当日



「博士、起きて」


「ふぁ~...」


目を擦りながらあくびをして起きる。


「もう広島に着いたのですか...?」


「まだだよ。この列車降りないと」


「ふぇ...」


「岡山で乗り換えるんだよ。ほらほら、顔洗って!」


無理矢理博士の降りる支度をさせた。

昨日の夜“サンライズ出雲号”に乗って

岡山まで来た。俺は姫路から起きてたけど。


《6:34 岡山駅》

薄く明るくなっている。

ここから広島までは6:50発、

みずほ601号鹿児島中央行きで広島まで行く。


博士の手を引き歩くが、目をトロンとさせて眠そうだ。

新幹線に乗ったら、寝かせてあげよう...。




いくつもトンネルを抜けると、豪華な車内メロディが流れる。

九州車のメロディは如何にも冒険が始まりそうな雰囲気がして好きだ。


もうすぐ広島だ。隣の博士を起こし...

っていない。


良く見ると母と父が座る3列席の方にいるじゃないか...

で、何だあれは?


朝っぱらから、

シンカンセンスゴクカタイアイスだと...!?


俺は目を疑った...。



《7:25 広島駅》


列車は広島に到着した。

人口119万、中国地方最大の都市。

世界遺産が2つもあり、とても活気のある街だ。


「朝ご飯がまだなのです」


流石食通。ちゃんと朝食を取っていないことに気付く。


「木葉ちゃん、お父さんに任せてれば大丈夫よ」


母はそう言って宥めた。


07:39、広島駅から路面電車、広島電鉄に乗る。行先は宮島口だ。


「新幹線とは違いますね...」


「まあ、道路走るからな」


関東で見られるのも都電と江ノ電くらいだし。

自動車と併走しつつ、朝の広島市街を抜ける。時々交差点で詰まって、また急加速するのが、なんとも言えない。

電車内から原爆ドームの屋根を見ながら、西広島へ。そこから先は普通の電車と同じ線路に入る。JRとバトルしそうな勢いでかっ飛ばす。


そして、08:46。宮島口駅へ到着する。

08:55の日本で唯一となったJRが運営するフェリー宮島航路に乗って行くのは

日本三景でもあり、世界遺産もある宮島だ。


「船は初めて乗るのです...ところで、

朝ご飯はまだなのですか?」


「まだそれ言うのかよ...

この時間に宮島ってことは、朝食はあそこだよ」


「どこですかー...?」


09:05、宮島に到着した。

観光客が多い。


そして、出店が立ち並ぶ通りを過ぎる。

博士が目を輝かせていたが、我慢してもらった。


「待たせたな、朝飯だ」


やって来たのは炊き込みご飯。

いや、ただの炊き込みご飯じゃない。

香ばしい香りを漂わせその厚い身とタレの組み合わせが国宝級しかも熱々。

黄金比を兼ね備えた広島県民の心の味、

牡蠣、お好み焼き、そしてこのあなごめし!


「どうしたのです。食べないのですか」


博士は既に食べ始めてる。

おい、感想はないのか感想は。

これだから素人は...

香りを楽しんでから、タレの染み込んだご飯とアナゴを口の中に入れる。

鰻とは違った感触...、じわっと広がる

アナゴの味...、米の甘み...

広島に生まれたかった...。いや、他県民の視点で食べるからこその美味しさがあるんじゃないか。


「はっきからなんなのですか...」


「結人、五郎さんのマネか?」


「ち、ちげーよ!!」


博士と父さんから変な目で見られた。

こんなの理想とは違う。


そんな感じで朝食を食べ終えた後、

厳島神社へ向かう。


道中。


「ユイト!どうして私のところに鹿が寄ってくるのですか!?ちょっ、服を食べるなですっ!!」


「ははっ、元が動物だから長に寄って来てんじゃない?」


「...言われてみればそうかもですね

長は人気者で困まったものです」


(ちょっと違う気がする...)



厳島神社。海の上にある珍しい神社だ。

ここの鳥居の風景は誰しも見たことあるだろう。

でも、やはり博士は...


「もみじ饅頭を食べたいのですぅ...」


「おいおい...、三女神が嫉妬するぞ

...」


小声でそんな冗談を飛ばした。


帰り道、博士はもみじ饅頭を嬉しそうに頬張っていた。彼女曰く、『揚げた奴が美味しい』とのこと。おいおい、それハマると太るやつだぞ...と、指摘したかったが観光地で俺が殴られたら困る。


宮島を観光した後、船で本土に戻る。

瀬戸内海に浮かぶ美しい島は実に魅力的だった。JRで広島まで戻った。

昼食は勿論、広島風お好み焼き。

関西のお好み焼きとの違いは最初っから生地と具材を混ぜるか否からしい。こっちの方が弾力ある。


博士は鉄板で焼かれるお好み焼きの工程に興味津々だった。


「これならかばんやヒグマでも作れそうですね!」


「おっ、そうだな」


お好み焼きを満足に召し上がった。

まあ食べ物なら何でも満足に彼女は召し上がる。


「さて、こっから三次に向かうぞ」


三次...ということは、芸備線だ。

芸備線はキングオブ秘境路線とも言われている。

こんなところも広島市かよ、デカくない?と思わせてくれる。やはり、大合併は恐ろしい。

芸備線の車両は国鉄時代の気動車だ。


「随分古いですね...」


「まあシートは柔らかいから。まだマシだよ」


そう話をしつつ、乗り込んだ。

ローカル線の旅だ。


戸坂(へさか)から市街地を抜け、

中深川(なかふかわ)辺りから徐々に人が減る。


どんどん山の景色が広がり、ド田舎になる。ちなみにまだ広島市だ。


井原市(いばらいち)という所から広島市をおさらばする。


博士はこのローカル線に文句を言うと思えば、俺によりかかって寝てる。

食って寝て、ほんとに気楽なやつだ。


「しかし、ほんと結人と木葉は仲良いよな」


「兄妹みたいじゃない」


父と母はそんなことを言う。


「まあ、頼れるの俺ぐらいしか居ないし...」


暗いトンネルで窓に反射して映る姿を見て、あのバスの車内を思い出した。

あの時から特別な感情は彼女に対して俺は抱いていたのかもしれない。




「まもなく、三次です。お出口は右側です」


16時頃に三次(みよし)に到着した。

かつてはここから島根の江津(ごうつ)という所まで三江線(さんこうせん)という路線が伸びていたが廃線になった。

雰囲気が良いと聞いていたので、一度は乗ってみたかったと思う。


今日はここのホテルで1泊する。

広島市を避けたのは父曰く、“野球があるから”だそう。カープは人気高いからな。納得した。


「今日何が美味しかった?」


という俺の質問に


「やはり揚げたもみじ饅頭が美味しかったのです。また食べたいですね...」


「揚げたスイーツは体に毒だぞ?」


「何ですか。美味しい物を食べてこその人生ですよ。いちいち毒かどうかなんて気にしてたら死んでますよ」


と、俺が論破されてしまった。

口も達者になったものだなと、感心した。


1日目はあっという間だった。

翌日は遂に島根だ。


島根といえば...、“縁結び”だ。

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