第8話 すいえい

(そう言えばもうすぐ水泳の授業が始まるな…)


「結人、来週から水泳の授業始まるでしょ?新しい水着買わなくちゃね」


母さんはベランダの服を取り込みながら、そう言った。


「あっ、コノハちゃんのも買わないとね」


俺は、黙々と本を読む博士の方を見た。


「あのさ、博士って泳げんの?」


顔を上げ、目線をやや上にあげる。


「水を泳いだこと自体ないのです」


(元が鳥なら泳げそうなもんだけどな…)


と、俺は思った。




翌日、隣町へ母と博士と一緒に買い物へ出掛けた。

博士と俺が一緒にいる事を他人に見られたら説明が難しい。

だから、態々隣町を選んだのだ。


店に着くや否や、


「結人は自分の選んでらっしゃい」


と言われた。

俺は勿論そうした。


深い意味はない。言われたから、そうしただけだ。


それに、今この場所で彼女の水着姿は見たくない。やはり、プールでないと。

部屋の中で弁当を食べるより、屋外で食べた方が弁当はより美味く感じるだろう?それと同じ理屈だ。

この気持ちが伝わったかはともかく、

少し時間を置いて母の元へ行った方がいい。5分くらい時間を潰してから行こう。


因みに俺は水泳は得意な方だ。

25m位は軽々泳げる。

博士がどれ程泳げるか、楽しみだ。



体内時計の架空アラームの合図で母の元へ行った。

カゴに自分のモノを入れた。


「どうだった?」


「もう決まった」


と短い返事だった。

同じタイミングで試着室から博士も出てきた。


「コウテイとか着てる服は、意外とキツいのですね...」


愚痴を零した。確かにコツメカワウソや

コウテイはそっちの部類の衣服だ。


「本番はそれで泳ぐんだからな?」


「気が重くなるのです...」


彼女が弱音を吐いたのを初めて耳にした。





当日、5時間目

灼熱の太陽が照り付ける中、プール前に集合した。


「あっつ...」


じっとしてるだけでも汗が垂れてくる。


「これじゃあ日に焼けるね...」


苦笑いしてきたのはスバルだった。


「ニホンの夏は暑いのです...」


博士も額を軽く手の甲で拭った。

暑さであまりテンションの上がらない俺達の元に、テンション上がりまくりの

アイツがやって来た。


「あっつー・・・、あっ、はーちゃんにすばくろーにゆいピーじゃん!」


1組の野蒜だ。

俺らのクラスは5組

そういや先生が水泳の時は組み合わせを変えるとか言ってた。


「おい...、俺にお笑い芸人みたいなあだ名付けんなよ...」


「僕は球団マスコットみたいだったけど...」


俺もスバルも微笑するしかなかった。

彼女の渾名センスは独特だ。

だが、暑さで突っ込む気すら起きない。


「あー早く、プール入りたいなー」


そう、口にした。


まあ、授業は時間通り始まる。

里奈がいくら口にしたって時間は変わらない。


そんなこんなで授業開始になり、炎天下で先生の注意事項とかの説明があり、

着替えてプールサイドに行くわけだ。



何故か里奈と博士は横に並ぶわけだ。

あの女め...。

やはり遠目から見ても“その差”が歴然である。

せっかくのスク水博士だが、その差のせいで里奈の方に気が取られる。



「なあ、結人、さっきから女子の方チラチラ見てどうしたんだよ」


「いや、見てないよ」


「嘘つけ…、絶対見てたよ」


「何で見る必要があるんだよ...」


と、言ったのだが、結局

スバルからの冷たい視線を浴びながら

体操をするハメになった。


体操が終わった後

早速耳打ちをしてくる。


「結人、博士が気になるのはわかるけど...」


「あの野蒜のせいで集中出来ないじゃないか...。付け合せが目立ち過ぎだよ。あれじゃ博士が可愛そうだよ」


「暑さで頭がやられたの?

里奈が博士より撓わなのはわかるけどさ...。やっぱ、博士の事が好きだからじっくりと...」


慌てて俺はスバルの口の前に人差し指を出した。


「いやそれはさ、そういう以前に、

俺は責任者として、見守る義務があってだな…」


「アルカトラズ島の警備員かな...。

ま、取り敢えずわかったよ。君は責任者なんだね。はいはい」


呆れた様な口調だった。


さあ、皆さん。プールと言えばアレである。入る前の苦行の時間だ。

あの“異常なまでの冷たさ”を誇る

“シャワー”である。

博士は初めてである。


「な、なんなのですか...、こ、これ」


「はーちゃん早く行きなって!」


里奈は博士の背中を押した。


「ああああっ!!」



急いでそのシャワー地帯を通った。


「な、な、お、おそろ、恐ろしいのです...」


「何?これぐらいで、大げさだなあ」


里奈は博士の肩を笑いながら叩いた。


「わ、笑い事じゃないのです...」




「あっ!あっ!あっ!うおっ...」


このシャワーを何とか潜り抜けた。

しかし、スバルは冷たい目で見ている。


「な、なんだよ...」


「もう1回入り直したら?

煩悩が洗い流せるんじゃない?」


「よ、余計なお世話だよ...」




そして、いよいよプールに入る。

この入る時も、ヤバい。


「あっ!!」


冷たさだ。

一方博士は、


「ううぅぅ...、あっ!げふっ!」


慣れてない為か、浮き沈みを繰り返す。


「あはは!何それ!もっと月面飛行みたいに出来ないの?」


「お、溺れっ...、溺れるのですっ!」


「だったら壁つたいに行けばいいでしょ?ホントに大げさなんだから〜!」


里奈に言われた通り、片腕でプールサイドの縁を持った。


「ハァ...、た、助かったのです...」


安堵の息を漏らした。


「はーちゃんってカナヅチなんだね」


クスクスと笑った。


「と、得意なことは人によって違うのですよっ!」







一通り遊泳の時間が終わると、招集がかかる。居るよな、こういう時に限って手すりの所でわざと滑り降りるヤツ。


バシャン!


ほらいたよ。一体誰だ?


「て、手が滑った...」


(あれは博士だな...って、お前かよ!!)



「ふふふっ!」


「...リナ、覚悟しとくのです...」


嘲笑った里奈に対し、怨念を込めた低めのトーンで小さく呟いた。




「よし、これから代表者に泳ぎ方の手本を見せてもらう。川宮、お前水泳得意だよな。じゃあ平泳ぎを皆に見せてくれ」


体育教師は唐突に俺の名前を呼んだ。

まあ、問題は無いが。


「プールの見える位置に来い」


(ユイトは本当に得意なのですか...?)


博士も疑念を抱きつつ、プールを見つめた。


平泳ぎぐらいなら、簡単だ。

俺はいつも通り、端の方まで滑らかな泳ぎを行い向こう岸に辿り着いた。


「じゃあ、今度はクロールで戻ってこい」


先生の指示に従いクロールで戻る。


こっちは少し腕が疲れるが、まあ、頑張ってみよう。




「...」


博士はその泳ぎに唖然としていた。

まさか、こんなに泳げるなんて思いもしなかった。


そして、また元の位置へ戻った。


「ありがとう、川宮。

今後の授業ではさっきやってもらった

物をマスターしてもらいたい。

水泳なんて関係ないって思っちゃダメだぞ。頑張って泳げるように。

それじゃ、全員シャワー浴びて着替えて教室に戻れ」


初回はこんな感じで終わった。


帰り道


「私に水泳を教えるのです」


と、真剣な顔で頼まれた。


「別にいいけど...?」


「リナをぎゃふんと言わせてやるのです...!島の長として、泳げないのは痛手ですからね」


そう、決意表明したのだった。

ああ、わかったよと相槌を打ち、前を向いた。


(今度はゆっくり博士とプールに入れるな...)


(あのカッコいい姿をもう一度見られるのです...)



お互いの野心の進む方向が、奇しくも一致した。しかし、気持ちはまだ、伝えられない。










「アツイなぁ...、二人とも...、

ふふっ。この事を彼女に伝えたらどうなるんだろう?ねぇ、博士?」

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